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レディウム  作者: つとむュー
十二日目(水曜日)
29/44

提案

「先生、僕に考えがあります」

 意を決して僕は医師に告げる。アンフィとライトもこちらを向いた。

 皆が注目する中、僕は一息置いて続ける。

「移植手術を行って欲しいのです。アンフィのラジウムと僕のラジウムを交換するための」

 それは、アンフィがトリティにならず、そして僕がネフィーと一緒に過ごすことができる、究極の選択。

 すると医師は、僕の瞳をにらむように覗き込んだ。

「いいのかね? 移植手術をすると、君がトリティになってしまうのだよ」

「構いません。明日にはネフィーはトリティになってしまう。そんな世の中に未練はありません。それよりも、僕はネフィーと共にトリティになって、彼女と一緒に過ごしたいんです」

 まずは目の前の医師を説得することだ。

 僕は真剣に医師の目を見続けた。

 すると、根負けしたように医師の表情が緩む。

「君は、本当にネフィーさんのことが好きなんだね」

「はい、愛してます」

 ちょっと恥ずかしかったけど、僕は言い切った。

「わかった、検討してみよう」

 これで医師は説得できた。次はアンフィとライトだ。

 僕が二人の方を向くと、なんとか状況は理解しているようで複雑な表情をしていた。

「ホクト、お前、本当にいいのかよ……」

 ライトが困惑しながら僕に聞いてくる。

「二人とも聞いてくれ。僕は後悔したくないんだ。ジンク先生からそのことを教わったから」

 ジンク先生は三千年経ってもマイカさんのことを忘れることはなかった。つまり、それだけ初恋は素晴らしいってことなんだ。

 僕はネフィーと一緒に居たい。トリティになったとしても一緒に居たい。

 そして、この気持ちは一時の感傷なんかじゃない。三千年経ってもきっと僕は胸を張って言える。この選択は間違いじゃなかったって。

 僕はそのことをアンフィとライトに告げる。自分にも言い聞かせるように。

「ホクト、ありがとう。本当にありがとう……」

 アンフィは今度は喜びの涙を流していた。


「じゃあ、移植手術は明日行えるよう準備しておこう。最後に一つだけ了承して欲しいことがある」

 医師は僕達に告げる。

「手術費のことだ」

 手術費――特に移植手術になると、その額は膨大になるってミューさんは言っていたっけ?

 なんとか免除してもらえる方法はないのだろうか?

「君達のような若者同士の移植手術は珍しい。普通は金持ち老人と傷心若人の交換が主だからね。なんとか減額してあげたいが、こちらもいろいろと高額な設備や薬品を使うので儲けなしでも莫大な金額になる。結局ローンになるわけだが、ホクト君はトリティになってしまうのでそういうわけにもいかない」

 そして医師はアンフィを向いた。

「アンフィさん。君が二人分の手術費を支払うことになると思うが、それでもいいかね? もちろんローンで構わない」

 するとライトが口を開く。

「アンフィがレディウ人でいられるのなら俺も払います。学園でちゃんと勉強していい成績を取って、バイトもガンガンやりますから」

「はははは、威勢がいいな。でもすごい額だぞ」

「一体いくらなんでしょう……?」

 恐る恐るアンフィが聞くと、医師はすごい金額を口にした。

「一人一千万レディ。二人分で合計二千万レディだ」

 見る見るアンフィの顔が硬直する。ライトに至っては、何年働けばいいのか指を折りながら計算を始めていた。

 その金額を聞いて、僕はあることを思い出す。

 ん? 二千万レディ?

 待てよ、あるじゃないか、僕の身分証の中に。

 そのお金を今使わない手はない。だって、初恋の相手と一緒にいることの大切さを教えてくれたのは、当のジンク先生なのだから。

「僕が全額支払います」

「えっ!?」

 僕の提案に、アンフィとライトそして医師までもが驚きの声を上げた。


「ホクト、お前そんなお金持ってるのかよっ!?」

「ゴメン、ライト。そしてアンフィにも黙っていて申し訳ない。実は僕とネフィーは、ジンク先生の遺産の一部をもらったんだよ」

 すると医師が思い出したように僕に尋ねる。

「君たちだったのか、ジンク先生の最期に立ち会ったという学生さんは」

「そうです。僕とネフィーが立ち会いました」

 さすがはジンク先生。ここまで顔が広かったとは。学園で生物学を教えているだけのことはある。

 もしかすると、この街の医師でジンク先生を知らない人はいないのかもしれない。

「ジンク先生は、僕とネフィーに初恋の素晴らしさを教えてくれました。そして僕達に、お互いを大切にするようにと言い残していきました。だから、ジンク先生のお金を移植手術に使うことになっても、先生は喜んでくれると思うんです」

 そして僕は医師に身分証を差し出す。

「この身分証に二千五百万レディあります。これを使って下さい」

「わかった。このお金は有り難く使わせてもらうよ、ホクト君」

 ジンク先生効果だろうか。医師は僕の身分証を丁寧に受け取った。

 それから僕達は、明日の移植手術に向けての説明を受けることになった。



 僕達がネフィーの病室に戻った時は、すでに外は暗くなっていた。

 ネフィーの体は、もう腰まで青白く光っている。

 病室に戻った僕達に向かって、ネフィーは大粒の涙をこぼし始めた。

「もう、ホクト君、どこに行ってたのよ。お姉ちゃんたちもひどいよ。私、一人ぼっちで寂しかった……」

 病室に一人残され、体は次第に動かなくなっていく。さぞかし心細かったことだろう。

「ゴメン、ネフィー、本当にゴメン。もう一人になんてしないから」

 僕はベッドの横に駆け寄り、ネフィーの手をぎゅっと握る。

「先生から大事な話があったんだよ」

「大事な話って、私の容体よりも大事なことなの?」

「そりゃネフィーのことが一番大事だけど、それと同じくらい重要なこと。だって君の姉さんの事だから」

 僕はアンフィのことを説明した。

 二人は双子だから、アンフィもネフィーと同じくアクチニウム化する可能性が高いこと。

 そうなる前に、僕のラジウムと交換する移植手術を決意したこと。

「ホクト君……」

 ネフィーは不安そうに僕のことを見つめる。

「心配することないよ。アンフィのためでもあるけど、本当は僕自身のためなんだ」

 だって僕は、ずっとネフィーのそばに居たいんだから。

「ほら、ジンク先生も言っていただろ? 初恋は素晴らしいって。ネフィーは僕の初恋の相手なんだ。絶対失ってはいけない存在なんだよ」

 ジンク先生はマイカさんと一緒に暮らさなかったことを後悔した。三千年経ってもそのことを忘れなかった。

 だから僕は後悔したくない。ネフィーと同じ運命を一緒に生きていきたいんだ。

 僕はネフィーの手を両手で握りしめる。

「だからネフィー、君は一人じゃない。僕がトリティになったら一緒に暮らそう」

「ありがとう、ホクト君。本当にありがとう……」

 ネフィーは今度はうれし涙をこぼし始めた。


「あっ、そうだ」

 病室で今後のことを話し合っていると、ネフィーがぽつりとつぶやいた。

「ジンク先生にもらったお金、どうしよう……」

 そういえば、ネフィーもジンク先生の最期に立ち会って二千五百レディを貰ったんだった。

「トリティになったら使い道もないし」

 そりゃ、トリティがお金を使っていたらみんなビックリだ。

「じゃあ、レディウ人に戻った時に使えばいいんじゃない?」

 僕が提案すると、ライトが口を尖らせた。

「ホクト、お前は忘れたのか? 新レディウ人の身分証は三日間フリーパスなんだぜ。わざわざお金を使うやつなんているかよ」

 それならフリーパス期間が終わってから使えば? と言い出す者は誰もいなかった。

 ネフィーが再びレディウ人になっても、その半減期は三日と十六時間。フリーパスの期間中にネフィーは消えてしまう可能性があるのだ。

 それに、その時にはネフィーは自分に関する記憶を失っている。お金を持っていることさえ忘れてしまっているだろう。

「じゃあ、アンフィにあげるしかないんじゃ……」

 僕がアンフィを見ると、それはできないと首を振っている。

「ネフィーのお金、どうしよう……」

 考え込むように僕がうつむくと、何かを思いついたようにアンフィの表情がぱっと明るくなった。

「みんな、こういうのはどう?」

 それは飛び切りの声で。

「私たちが住む家を建てようよ!」


 その提案に、沈みがちだったネフィーの表情が一変した。

「お姉ちゃん、それイイ!」

 そして瞳をキラキラと輝かせる。

「私たちみんなが住む家。素敵だわ」

「いい案でしょ? トリティになったネフィーとホクトとシリカちゃん、そしてライトと私が一緒に住むの。なんだか楽しそうじゃない?」

 すると早速ネフィーから注文が出た。

「お姉ちゃん、私がレディウ人に戻った時のための部屋もちゃんと用意しておいてよね。二階の陽当たりの良い角部屋で、お姫様仕様の内装希望だからね」

「はいはいはい、わかったわよ。スポンサーには逆らえないわ」

「じゃあ、僕がレディウ人に戻った時の部屋も用意してくれるの?」

 するとすかさずライトがツッコミを入れる。

「おいおいホクト、それは贅沢ってもんだろ? 代わりに俺がトリティ専用の滑り台を造ってやるぜ」

「あははは、いいね、滑り台。私も滑りたい~」

 こんな家にしたい、あんな設備を造りたい。

 今まで暗かった病室は、急に花が咲いたように明るく賑やかな場に変わっていく。

 みんなで住む家の構想は、笑い声と共に大きく膨らんでいった。

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