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レディウム  作者: つとむュー
九日目(日曜日)
21/44

頭痛

 目が覚めるとすでにお昼だった。

 頭痛の方は……うん、もうかなり良くなったようだ。

 僕はベッドから起き出して冷蔵庫に向かう。中にサンドイッチが十個くらい入っていた。

「なにもこんなに沢山買わなくても……」

 僕は吹き出しながら、ネフィーの厚意に感謝する。

 すると玄関のチャイムが鳴った。

「ハロー、ホクトォ~。元気してる?」

「ホクト君。ちゃんとご飯食べてるよね」

 訪問者はアンフィとネフィーだった。


「どう、良くなった? ホクト」

「ああ、だいぶ良くなったよ」

 僕はサンドイッチを食べながら二人の話を聞く。

「昨日はね、シリカちゃんとミモリの森に行く途中で、偶然お姉ちゃんとライト君に会っちゃったんだ」

 ネフィーはシリカと森に行ったと思っていたが、実は三人と一匹だったという。

 新芽はちゃんと青い花を咲かせていた。

 シリカはそれを見て、ものすごく喜んでいたそうだ。

「それがね、ホクト。シリカちゃんったらね、ずっと花のところに居て動こうとしないのよ」

 興奮しながらシリカの様子を語るアンフィ。彼女もシリカの行動に興味を持ってくれたみたい。さすがネフィーの姉だ。

 シリカもシリカで、自分が必死に育てた新芽が花を咲かせているのを見て感慨深かったのだろう。花の前にたたずむ様子が目に浮かぶ。

「まるで、花とお話しているみたいだった……」

 ネフィーはうっとりと視線を宙に漂わせる。

 もしかしてトリティは、ミモリの花と会話ができるのだろうか? まさか、そんなことはないだろう。

 その時――

「うっ……」

 ダメだ、ミモリの花のことを考えると頭がうずく。

 金曜日に僕が味わった感覚は、なんとも不思議なものだった。花の香りを嗅ごうとした時に、何者かが頭の中に入り込んで来たような衝撃を受けた。今の痛みはそれほどでもないが、断続的に僕の頭を圧迫する。

「大丈夫? ホクト君!」

 ネフィーがすぐに寄ってきてくれた。

「ありがとうネフィー。大丈夫だよ、ちょっと痛むだけだから……」

 痛みをこらえてネフィーの瞳を見る。ネフィーも僕のことを見つめ返してくれた。

「…………」

「…………」

 瞳と瞳で会話する僕たちを見かねたアンフィは、シリカを抱いて急に立ち上がる。

「ほらほらホクト。あんたはまだ寝てなきゃダメだよ。ネフィー、ちゃんとホクトを看てあげなさい。私はこの子と散歩に行ってくるから」

「きゅるるるる~」

 外に連れて行ってもらえそうな雰囲気を感じて、シリカは嬉しそうに鳴く。

 そしてアンフィはシリカを抱いたまま、そそくさと靴を履いて部屋を出て行ってしまった。

「あっ、アンフィー……って、行っちゃった……」

「ダメよ、ホクト君。ちゃんと寝てなくちゃ。お姉ちゃんも気を利かせてくれたんだから」

 僕にウインクするネフィー。

 そう言われて、僕はやっとアンフィの配慮に気が付いた。


「ホクト君、まだ頭が痛むの?」

 部屋で二人きりになると、ベッド横でネフィーは僕を心配してくれる。

「まだちょっとね。あの時ほどじゃないけど……」

「あの時って?」

 ネフィーが僕の顔を覗き込んだ。

「ああ、僕が倒れた時なんだけど、頭の中に何かが入って来たような感じがしたんだよ」

 すると彼女の瞳が丸くなる。

「えっ、あの時ってそんな感覚だったの!?」

 それはまるで、異生物を見るかのように。

 いやいや、僕はそいつに乗っ取られたわけじゃない。

 でもネフィーの様子が面白かったので、ちょっと悪戯したくなった。

「あ、頭が、いたたたタタタタタタ……。ワタシワ、ミモリノ、ハナノ、セイ」

 それは魂の抜けた無機質な声と瞳で。

「えっ……?」

 ネフィーの顔がみるみる険しくなった。

「ホ、ホクト君。ミ、ミモリの花の精に乗っ取られてしまったの……?」

「キミハ、ダレダ?」

 すると彼女は僕の肩を掴み、顔を近づけてきた。

「私、ネフィーよ、わかる? ホクト君! ホクト君っ!!」

 ネフィー。君は本当に、僕のことを心配してくれているんだ。

 そう思ったとたん、愛しさで僕の心は溢れそうになった。

「きゃっ!」

 僕はネフィーをしっかりと抱きしめる。

「ゴメン、ネフィー。僕は大丈夫だよ」

「ホ、ホクト君ったら……」

 ネフィーの金髪が僕の頬をくすぐった。

 ――なんていい香りなんだ……。

 ずっとこうしていたい。

 このまま彼女を抱きしめていたい。

 するとネフィーは僕の胸に顔を埋め、静かに涙をこぼし始めた。

「よかった、ホクト君が無事で……。だからお願い、もうミモリの森には行かないで……」

 次から次へと涙の滴を落とすネイフィー。

 ――この人を大切にしなきゃ。

 僕はネフィーの髪をやさしく撫でながら、そう心に誓った。

 

 アンフィとシリカが戻って来る頃には、頭痛もかなり良くなっていた。この調子なら、明日は学園に行くことができそうだ。

「明日はどうするの? ホクト」

 アンフィがぶっきらぼうに僕に尋ねる。

「この調子なら行けそうだよ、学園に」

 すると急にネフィーが目を輝かせ始めた。

「ホクト君、覚えてる? 明日はシリカちゃんを連れてジンク先生のところに行くって約束」

 いっけねえ、すっかり忘れてた。

 確か金曜日にそんな約束をしてたっけ。

 ジンク先生はトリティの専門家だから、一度シリカを見てもらおうって話だった。

「あ、ああ……」

 僕の生返事にネフィーは口を尖らせる。

「あー、ホクト君、忘れてたでしょ?」

 微笑みながら、ダメよという顔をするネフィー。そんな仕草もとても可愛らしい。

「きゅるる! きゅるる!」

 シリカも、忘れては困ると言わんばかりに鳴き始めた。

「ゴメン、ゴメン。明日はちゃんとシリカを学園に連れて行くよ」

「じゃあ、明日の朝迎えに来るから、一緒に登校しましょ」

 僕達はしばしの間見つめ合う。

「はいはいはい、それではまた明日。じゃあね、ホクト」

 ご馳走様という顔でアンフィが立ち上がった。

「ありがとう、アンフィ」

 するとネフィーもアンフィに続く。

「おやすみ、ホクト君」

「ネフィーもバイバイ」

「きゅるるるる~」

 明日は初めてシリカと学園に行く。

 ――どんな結果が待ち受けているのだろう?

 僕はシリカの毛を撫でながら、ジンク先生の反応に期待を膨らませて眠りに落ちた。

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