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レディウム  作者: つとむュー
八日目(土曜日)
20/44

 人が光っていた。

 一人の美しい女性が。

 薄暗い小さな部屋で、彼女はベッドの上に横たわっている。その全身は青白い光に包まれていた。

 いや、光に包まれているのではなかった。彼女自身が光を発しているのだ。青白き光を。

 その光がネグリジェのような白く透き通る服を通して、部屋の中に漏れ広がっている。

 ――美しい。

 彼女と最後の会話を交わし、悲しみに心が打ち砕かれた後は、ただひたすら彼女を眺めているしかなかった。

 キリリとした眉、口元の小さなホクロ、細い首、華奢な腕、胸の膨らみの上で組まれた長い指、そしてキュッと締まった足首……。

 青白き燐光を放つ彼女の体のすべてを、僕は目に焼き付けていた。

 ――お昼までは普段通りだったのに……。

 女性は昼ごろから異常を訴え始め、次第に体が光り出した。

 まず足首。続いて膝。光が腰まで達すると、彼女は座っていられなくなった。

 ベッドに横になった彼女は、胸から首へと光の範囲が広がっていく。

 ――全身が光るようになったら、彼女はこのまま消えてしまうんじゃないか?

 そんな心配で、僕の心は張り裂けそうになった。

『私はまだ、消えたりしないから』

 女性が最後に残した言葉。

 目を閉じた彼女は、とうとうその美しい顔も青白い光に包まれた。

 それから六時間、静かに横になったまま、彼女は全身から青白い光を発し続けている。

 ――これからどうなっちゃうんだろう? 本当に消えたりしないんだろうか?

 女性から発する光が次第に強くなってくる。

 不安が最高潮に達した時、そのまぶしさで僕の視界は真っ白となり――



 周囲のまぶしさに僕は目を開ける。

 ――あの女性はどうなった!?

 ガバっと体を起こす――と、そこはアパートの自分の部屋のベッドの上だった。

 なんだ、夢だったのか……。

 僕は脱力する。すると女性の叫び声が耳に飛び込んで来た。

「ホクト君!」

 声のする方を向くと、そこにはネフィーが目を丸くして立っていた。

「きゅるるるる~」

 続いてシリカが嬉しそうにベッドに飛び込んで来る。しりきに顔を舐められてくすぐったい。

「よかった……」

 ネフィーはポロポロと涙をこぼしていた。

「ホクト君が倒れた時は、どうなるかと思って……」

 倒れたって……? 僕が?

「うっ……」

 そのことを思い出そうとすると頭がガンガンと響く。僕はまたベッドに横になった。

「まだ寝てなきゃダメよ。ホクト君はミモリの森で倒れちゃったんだから……」

 ミモリの森で……? 僕が倒れた?

 そのことを聞いて、ようやく思い出す。

 そうだ、僕はシリカが育てた青い花の匂いを嗅ごうとして、なんだかわけが分からなくなってしまったんだ。

 でも、あれからどうやってここに?

「ネフィー、僕はどうなったんだ?」

 彼女はポロポロと涙をこぼしながら、僕に語りかける。

「私、ものすごく、心配したんだから。ホクト君が、消えちゃうんじゃないかって……」

 消える? 

 レディウ人をつくるラジウム二二六の半減期って千六百年じゃないのか? だったらまだまだ大丈夫だと思うんだけど……。

「えっ、レディウ人って死なないんだろ? それに半減期だって千年以上もあるじゃないか」

 するとネフィーは真っ赤な瞳で僕をにらみつける。

「バカっ! いくら半減期が千六百年だって、数年で消えちゃう人もいるの。何万人に一人くらいだけど、その可能性はゼロではないんだから……」

 そうなのか? それは知らなかった……。

 シリカが心配そうにネフィーの顔をのぞき込む。

「よかった。本当によかった……」

 ネフィーはシリカを抱きしめながら安堵の涙をこぼしていた。


「突然、ホクト君が倒れちゃったでしょ。もしかしたらそのまま消えてしまうんじゃないかって、もう心配でしょうがなかった。だから、その場を動けなかったの……」

 やっとのことで落ち着いたネフィーは、僕が倒れた時の様子をぽつりぽつりと話し始める。

「私どうしたらいいのかわからなくて。でも、そのうちにどんどんと辺りが暗くなっちゃって。だから覚悟を決めたの。道が見えるうちにお姉ちゃんのところに走って行こうって」

 そうか、ネフィーは一人で闇の森を抜けて、助けを呼んでくれたんだ。

「お姉ちゃんはすぐにライト君を呼びに行ってくれたわ。でも、その間にもホクト君が消えちゃうんじゃないかって心配で、すぐに森に戻ってきたの……」

 ネフィーは二度も一人で森を駆け抜けてくれたのか。

 ありがとう、ネフィー。

 僕の心はネフィーに対する感謝で一杯になる。

「戻ってきたらホクト君はまだ消えずにいてくれた。もう嬉しくて、嬉しくて……。そのうちにお姉ちゃんとライト君が来て、ホクト君をアパートに連れて行ってくれたの」

 きっとライトが僕のことを担いでくれたんだ。後で彼らにお礼を言わなくちゃ。

「ネフィーありがとう。本当にありがとう」

 僕は寝たままネフィーに手を伸ばす。

「うん、うん。良かった……」 

 ネフィーは僕の手を握り、また涙をこぼし始めた。

 ふと時計を見る。針はすでに四時を回っている。辺りは明るいから午後の四時だろう。

「もしかして、今日ってもう土曜日?」

「うん」

 どうやら僕は、一日近く気を失っていたようだ。

「きゅる、きゅる、きゅる……」

 その時、シリカの様子がおかしいことに気が付いた。

 キョロキョロしながら、玄関の方をしきりに気にしている。玄関の方に行きたいんだけど、必死に我慢しているという感じ。

「ぷぷっ、シリカ……」

 僕はその様子がおかしくなって吹き出してしまった。

「どうしたの、ホクト君」

 不思議に思ったネフィーが僕の顔をのぞき込む。

「ネフィー、僕はもう大丈夫だから、シリカを連れてミモリの森に行ってきたら?」

 僕はシリカの方を見ながら、目でネフィーに合図を送る。ネフィーはシリカを振り返り、納得の表情をした。

「ふふふ、ホントだ。すぐにミモリの森に行きたいけど遠慮してるって感じね」

 彼女もくすくすと笑い出す。

「じゃあ、明るいうちに行ってくる。ホクト君もちゃんと寝てるのよ」

 ネフィーはシリカを抱いて立ち上がった。

「わかったよ」

「きゅるるるる~」

 ミモリの森に行こうとしていることが分かったのか、シリカはネフィーに抱かれながら嬉しそうに鳴いた。


 ネフィーとシリカが出かけると、僕は一人で横になりながら先ほどの夢について考える。

 女の人がベッドで寝ていて、全身が青白く光る光景。その女性は見たことがないくらい綺麗な人だった。

 その時気になったのが、その夢を見ている視線の高さだった。

 時には女性のすぐ近くで、時には部屋の中を飛んでいるようで……。

 それはまるで、自分がトリティになってしまったかのよう。

「トリティのように?」

 僕はつぶやきながらはっとする。

 ――もしかすると、あれはトリティが見た光景なんじゃないか?

 そう考えると腑に落ちることがいくつかあった。

 まず、床の上に居る時は、ベッドを見上げるような高さだったこと。

 そしてベッドを上から見ようと頭に力を入れたら、体が浮き上がったことだ。それは正に、耳を動かして宙を飛んでいるような感じだった。

 しかし、一つわからないことがある。

 その女性が視線の持ち主に向かって、僕の名前を呼んだことだった。

 これはいったいどういうことなのか?

 ――もしかして、僕がトリティだった時の夢……?

 そんなことってあるだろうか?

 でも僕は、レディウ人になる前はトリティだった。ジンク先生から聞いた話は、そのことを裏付けていた。もしその頃の記憶が蘇ったとしたら、トリティだった時の夢を見ることもあるかもしれない。

 だったらあの女性は一体誰なんだろう?

 口元のホクロは、なにか見覚えがあるような気がしたけど……。

「いててて」

 深く考え事をしようとすると、また頭痛が襲ってくる。

 ――今は体を回復させることに専念しよう。

 僕はミモリの森でのネフィーとシリカの様子を想像しながら、静かに目を閉じた。



 話し声がするので目を覚ますと、部屋の中に人が居るようだった。

 僕は目を開けてリビングを見渡す。すると、部屋の明かりの中に、ネフィーとシリカの他にアンフィとライトの姿が見えた。

「おっ、ホクト。やっとお目覚めか?」

 ライトが僕の様子に気が付いた。

 まだ頭は重かったが、彼らにお礼を言わなくちゃと体を起こす。

「昨日はありがとう、ライト。アンフィもありがとう」

 ライトとアンフィには、シリカが倒れた時も助けてもらった。そして今回の出来事。本当に彼らには感謝している。

「よせよホクト。なんだか湿っぽいぜ」

「そうよホクト。あの時のネフィーの顔を、ホクトにも見せてあげたかったんだから、ふふふ……」

「もう、お姉ちゃんったら……」

 ネフィーの顔が真っ赤になった。

 ――うわっ、可愛い……。

 その姿がすごく愛しくて、僕はもう一度ネフィーにお礼を言う。

「ありがとう、ネフィー。本当にありがとう」

「ホクト君……」

 そして僕達は見つめ合った。

「おっと、俺達はお邪魔みたいだぜ」

 たまらずライトが立ち上がると、アンフィも同調した。

「じゃあね、ネフィー。ごゆっくり」

 ネフィーは慌てて彼らを振り向いた。

「ちょ、ちょっと待ってよ、お姉ちゃん」

「じゃあな、ホクト。ちゃんと寝てるんだぜ」

「ああ、わかった」

 するとネフィーが立ち上がり、アンフィの後を追いかける。

「ホクト君、明日また来るからね。冷蔵庫にサンドイッチを入れといたから。じゃあね……」

 そして僕に小さく手を振った。

「バイバイ……」

 僕も小さく手を振り返すと、シリカも小さな声で鳴いた。

「きゅるるるる~」

 皆が部屋を去ると、シリカが僕のところにやって来る。僕はシリカの毛を優しくなでながら語りかける。

「どうだったシリカ、きれいな花が咲いてただろ?」

「きゅるるる!」

「そうか、シリカも嬉しかったか……」

 体調が良くなったらネフィーとシリカと皆であの花を見に行きたい。

 そんなことを考えながら、僕はまた眠りに落ちた。それは実現することのない願望であることを、その時の僕は知る由もなかった。

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