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レディウム  作者: つとむュー
四日目(火曜日)
13/44

ラジウム

 火曜日の朝は、ちゃんと起きることができた。ネフィーに会える、という楽しみが増えたからかもしれない。

 余裕を持ってシリカと朝食を食べ、筆記用具、着替え、サッカーシューズをバッグに詰めて玄関を出る。

「じゃあね、シリカ。行ってくるよ」

「きゅるるる……」

 今日もシリカは悲しそうに僕を見送った。

 部屋を出ると、ほぼ同時に隣の部屋のドアが開いてライトが顔をのぞかせる。彼もちょうど出掛けるところだ。

「お早う、ライト」

「おっ、お早う。今日はちゃんと起きれたようだな。サッカーシューズは持ったか?」

「ああ、ちゃんと持ってきたよ。ライトは……って、サッカーはまだ無理そうだね」

 僕はライトの足元を見る。

 松葉杖なしでも歩けるようになったようだが、まだ足を引きずっている。

「残念だけど今日は見学だな。でも、見学してても授業料はもらえるんだぜ」

 えっ? じゃあ、サッカー見ながら芝生で寝ててもオッケーってこと?

「あはははは。自分も見学しようなんてバカなことを考えているんじゃねえだろうな。やった方が楽しいに決まってんだろ、サッカーは」

「あ、ああ……」

「それにホクトの身分証はもうフリーパスじゃないんだし、体力つけてしっかりと稼がないとな」

 そうだった。今日からは身分証はフリーパスではない。

 つまりこれから自分のことは、自分自身でやっていかなくてはならないのだ。まずは毎日、しっかりと五時限分の授業を受けて、合計千五百レディを稼ぐ必要がある。

 そうやって自立して、僕は初めてレディウ人になれるような気がした。


 学園に着くと、すぐにジンク先生の研究室に向かった。そしてドアをノックする。

「どうぞ」

 先生は昨日と同じように椅子に腰掛けていた。

「お早うございます。今日もよろしくお願いします」

「おお、待っておったぞ。聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ」

「今日は、トリティについて聞きたいのですが……」

 昨日、ネフィーからトリティについていろいろな話を聞いた。だから僕は、もっとトリティについて知りたくなっていた。

 しかしジンク先生は少し考えた後、ゆっくりと口を開く。

「うーん、トリティか……。トリティもいいが、その前にレディウ人について知りたいとは思わんかね?」

「まあ、興味はありますが……」

 僕は言葉を濁らせる。

 なんだ、何でも聞いてくれって言ったのは先生じゃないか……。

 どうやら先生は、教える順番を考えているようだ。

「申し訳ないが、今日はレディウ人についての授業をしよう。実はの、トリティにはまだ謎の部分が多いんじゃよ。それに、レディウ人についてちゃんと勉強しておけば、テストも合格しやすいぞ」

 げっ、新人説明にもテストがあるのか?

 テストに合格しないと、ボーナスはもらえないし……。

「……じゃあ、お願いします」

 ちょっと複雑な気持ちだったが、こうして今日はレディウ人についての授業を受けることになった。


「レディウ人は、突然現れて突然消える、というのは知ってるかな?」

「はい。友人のライトに聞きました」

 そういえば昨日の話では、ライトの担任もジンク先生だったという。するとライトも似たような授業を受けたのだろうか?

 そんなことを考えながらジンク先生の話に耳を傾ける。

「ほほう、ライト君はちゃんと覚えていたようじゃの。感心、感心……」

 先生はちょっと嬉しそうだった。

「それでは、それは何故だか知ってるかな?」

 えっと、それは何故だったっけな……?

 確か『ラ』で始まるような物質が関係しているような……。一昨日までは覚えていたのにな。この二、三日にいろんなことがあったから忘ちゃったよ。

「ラ、ラ、ラ、ラ……」

「ラ?」

 先生が身を乗り出す。

「ラなんとか、という物質でできているからです……」

 それを聞いた先生はどっと椅子に腰を下ろした。そして落胆交じりの声で正解を口にする。

「ラジウムじゃよ」

「そうそう、それです。ラジウム!」

「やはり、まずはラジウムについてしっかり勉強せんといかんじゃろ。ノートとペンは持ってるかの?」

 ほらみろという顔をする先生。

 仕方が無い。ここは先生の言う通り、基本からちゃんとやらないとダメかもしれない。

 僕はバッグの中からノートとペンを出して机の上に広げた。


「ラジウムはの、突然現れて、突然消える物質なんじゃ」

 こうしてジンク先生のラジウム講座が始まった。

「ラジウムにはいろいろあるんじゃけど、わしらレディウ人の体を作っているのは、ラジウム二二六という物質なんじゃ」

『ラジウム二二六……』

 すぐにノートにメモを取る。この『二二六』という数字はテストに出るかもしれない。

「おっ、いい心がけじゃの。にーにーろく、にーにーろくじゃよ」

 先生も数字の部分を繰り返す。そう言われると、なんだか本当にテストに出てくるような気がした。

「それでの、このラジウム二二六は、ラドン二二二に突然変わるんじゃよ」

 えっ? 変わる?

 さっき、『突然消える』って言ってたような気がするけど……。

 それに、ラドンって何だ? 

 さらにその後に続く『にーにーにー』って数字も不思議だ。ラジウムは二二六だったのに、なんでラドンは二二二なんだ? ラドン二二六じゃダメなのか?

 すでに僕は、なんだか分からなくなってきた。思わず表情を曇らせる。

「先生、レディウ人って、突然消えるんじゃなかったんですか? その、あの、ラドンに変わったら、消えることにはならないんじゃないでしょうか?」

 僕の困惑ぶりに、ジンク先生は笑い出した。

「はっはっはっは、申し訳ない。いきなりホクト君を混乱させてしまったようじゃの。では、一つ一つ順番に話すことにしよう」

 難しい話ということは先生も自覚してくれているんだ。僕はほっとして、ペンを握り直す。

「では、次に言った単語を書いておくれ。いいか、ラドン二二二じゃ」

『ラドン二二二……』

 言われた通りにメモをする。

「このラドンという物質はの、気体なんじゃ。まあ、空気みたいなもんじゃよ。ラジウムがラドンに変わると、レディウ人が空気のようになってしまって風に流されてどこかに行ってしまうんじゃ。だから、突然消えたように見える」

 空気のように変わってしまう? 『消える』というのはそういうことなのか……。

 僕は、ノートの『ラドン』のところに『気体』と書き添えた。

 最期は気体となって空に帰っていく。なんだかレディウ人の人生って儚い。

「ここで数字を眺めて、なにか気付くことはないかな?」

 そう言いながら、先生は僕のノートを覗き込む。

 そこには、『ラジウム二二六』と『ラドン二二二』が書かれていた。

 先生はきっと、先ほど僕が感じた数字の違いのことを言っているのだろう。

「数字が違います。ラドン二二六じゃダメなんですか?」

 僕は聞いてみた。半分恨みを込めて。

「はははは。ちゃんと気付いておったな。それをこれから説明しよう。まずはこの数字の違いを計算してほしい」

 違いを計算って何だ? 単純に引き算をすればいいのだろうか? 

 僕はノートに数式を書いてみる。二二六から二二二を引くと――

「四……ですか?」

「その通りじゃ、四じゃ」

 正解でほっと胸を撫で下ろす。

「レディウ人が消える時に、この四という数字がどこかに行ってしまうんじゃよ。誰にも見えんがの……」

 それでラドンは二二二なのか?

「この四という数字には、いろいろと興味深い話があるんじゃ」

 さらに話を続けようとするジンク先生。これ以上難しい話は勘弁してほしいと、僕はたまらず質問した。

「先生、この話もテストに出ますか?」

 すると先生は表情を崩して笑い出す。

「はっはっはっは、君も勉強熱心じゃの。ここから先は余談じゃよ、気楽に聞いてくれ」

 僕はほっとしてノートの上にペンを置いた。

「この『四』という数字にはいろんな説があっての、レディウ人の魂だと言という人もいるんじゃよ。記憶という人もおる」

「魂……」

「まあ、わしも消えたことがないからわからんがの」

 レディウ人の最期は、体から『四』という数字が抜け、さらに気体となって消えて行く。それならば『四』という数字が魂というもの納得がいく。

 自分の最期もやはりそうなるのだろうか?

 そんなことを想像しながら、僕は授業の続きを受けた。


 授業が終わり、部屋を出て行こうとすると先生に声を掛けられる。

「そうそう、わしは五時限目に生物学の授業を受け持っとるんじゃ。今日はトリティの習性について話をしようと思っとる。どうじゃ、聞きに来んかの? ほら、トリティに興味があるって言っておったじゃろ……」

 先生、ちゃんと覚えていてくれたんだ。トリティに興味があるってこと。

 僕はなんだか嬉しくなった。

 そういえば、今日の五時限目はネフィーと一緒に生物学の授業を受ける約束だった。

「はい、ぜひそうします」

 これは偶然なのか?

 僕はなにか運命的なものを感じながら、ジンク先生の部屋のドアを閉めた。



 やっとのことでカフェテリアに到着すると、ライトとアンフィ、そしてネフィーはすでに席に着いていた。

「おーい、ホクト。こっちだ」

 ライトに呼ばれて席に着く。するとネフィーがニコリと笑いかけてくれた。

「昨日はありがとう、ホクト君」

 うわっ、可愛い……。

 初めて会った時は「あなたは誰ですか!?」なんて言われてすごいショックだったけど、こうして仲良くなるための試練だったと思えば何ともない。

 チラリと見るネフィーの顔に、昨日の夕陽に照らされた彼女の顔が重なった。ドクドクと僕の鼓動が速くなる。

「ク、クレープも美味しかったよ……」

 僕はそう答えるのがやっとだった。

 そのぎこちなさを感じたのか、ライトとアンフィが興味深そうな顔でこちらを覗きこんでくる。恥ずかしくなった僕は、慌てて立ち上がった。

「た、食べるものを買ってくる」

 列に向かう僕の背後から、「からかわないでよ、お姉ちゃん」というネフィーの声が聞こえたような聞こえなかったような……。

 なんだかすごく恥ずかしい。


 サンドイッチを買って席に戻ると、授業についてライトが質問してきた。

「どうだ、ジンク先生の新人説明は?」

 僕はサンドイッチをほおばりながら答える。

「今日はラジウムについて習ったよ」

「ほお、ジンク先生らしいや。どうせ、まずはラジウムの基礎をやらなくちゃいかんじゃろ、とか言われたんだろ?」

 物真似を交えておどけるライト。アンフィとネフィーにはウケたようだ。彼女達はくすくすと笑っている。

「でも結構難しかったよ。『にーにーろく』とか『ラドン』とか新しい言葉が出てきてさ」

 でも、その言葉が今すらりと口から出てきたのは、ノートにメモしながら授業を受けたおかげだろう。ちょっと自己満足。

「じゃあ、次は『半元気』だな。もう習ったか、半元気?」

「なに、そのハンゲンキって?」

「俺もよく覚えてないんだけど、きっとあれだな、半分しか元気が出ないという……」

「ライト、あんたってバカ!?」

 いきなりアンフィの突っ込みが炸裂。

「いい、ホクト。こんな奴の言うことを聞いちゃダメ。『半減期』よ――は・ん・げ・ん・き」

「同じじゃん」

 すかさずライトが応酬する。確かに、聞いている限りは二人とも同じことを言っている。

 それにしても、二人のやり取りはいつ見ても面白い。僕は日曜日のひとときを思い出していた。

「違うわよ。字が違うの。『半減する時期』と書いて半減期。私達が消える時間に関わる大事なことじゃない」

 そうか、聞いている分には同じでも意味が全然違ってたんだ。

「いい、ホクト。日曜日に言っていた『千六百年』というのが、私達の体を作るラジウム二二六の半減期なのよ。まあ、詳しくは明日のジンク先生の授業でやるんでしょうけどね」

 そう言いながら、アンフィは「もうこれ以上聞かないで」と僕に目配せする。

 ははーん、ライトをバカ呼ばわりする割には、アンフィにとっても苦手な分野だったりするのかもしれない。

 似たものカップルという言葉が頭に浮かんで、僕はちょっと可笑しくなった。

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