揺れる二人
「先輩は寝ないんですか?」
「うーん、まだかな」
囁き声が私たちの間を補完する。完全消灯後の深夜バスは車のエンジン音を残して静まり返っていた。
隣でニヤニヤ笑いを浮かべる彼女。立場上的にも私の彼女と言うわけであるミズキ先輩と温泉旅行にいく私はどうにも深夜バスの中で寝付けなかった。
「ほら、さ。 リナが寝るまでは寝ようとは思わないの」
「え、なんでですか」
「なんでって、そりゃ君の寝顔を見るため以外に理由はないよ」
カーテン越しの光を浴びて先輩はニッと笑う。その自信満々な笑顔に私は溜め息を付く以外の選択肢はなかった。
「そんなのしょっちゅう見てるじゃないですか」
「えー、旅先とかバスの中での寝顔はまた違った一興が……」
「そんなの後でいくらでもしてあげますよ」
「うふふ、旅先ではリナを寝かす予定はないかったのだった」
「やめてくださいよ、バスの中で」
先輩は急に私の脇腹をさすり出した。少しだけ冷えた指先がとてもこそばゆい。
この先輩もまたテンションが上がっちゃって眠れないのだろう。少しも眠りそうな様子が見えない。
「浴衣姿のリナか〜、楽しみだな〜」
「なんでこんな人を好きになっちゃんだろう」
「きっとそれは運命だよ!」
囁きながらも強調すると言う荒技を駆使するミズキ。
って言うか聞こえてんだ。聞こえないように言ったつもりだったのに。
「しかし、好きって言葉はどんなシーンで聞いてもいいものだね」
「今のはかなりネガティブな意味だと思うんですけどね」
「それでもいいの。愛を確かめあえるなら」
「あえてないですよ、一方的でした」
本当にこの先輩は何をいっているのだろうか。
「好きだよ」
「…………」
急に真面目ぶった顔で言うのはやめてほしい。心臓に悪い。
「あ、照れてる?」
「照れてないです」
「でも顔が真っ赤だよ?」
「暗くてわかんないでしょ」
「ほんとかなー」
そう言って急接近するミズキの顔。
それに反応してか私の胸は高鳴りを見せる。
悔しいかな、与えられ刺激に少なからず反応してしまうのが動物と言うものである。
顔が熱くなってしまうのがどうにも悔しかった。
「やっぱり照れてるじゃーん」
「照れてないです!」
「……好きだよ」
「そんなこと言ってたら明日、じゃなくて今日の夜は相手しないです」
「またまた〜、なんだかんだいつも求めてくるのはリナからだしね〜」
うるさい、ほっとけ
「今日と言う今日は本気ですよ」
先輩とのバカみたいな軽口の押収。まるで出来たてほやほやのカップルみたいなそんなやり取りもバスの中では新鮮に思えた。
「うふふ、意地っ張りなんだからさ。 そんなところもまた可愛いんだけどね」
「そうやってなんでも言っちゃう先輩のそう言うところは嫌いです」
「うっそだー」
「本当ですもん、いつも思ってました!」
先輩の言う通り、意地っ張りでいつも余計なこと言っちゃうのは私の悪い癖だ。それでも、先輩は慣れた様子で笑いながす。
「ま、虐めるのはこれくらいにして後は夜にとっておこうかな」
「思い通りにはさせませんよ?」
どうにも手の平で転がされてる感じがする。先輩はやっぱり私の何枚も上手だ。女子なのに二枚目だし。
「温泉、楽しみだね」
「そうですね」
「リナの裸体が多分なく拝めるからね」
「……先輩はいっつもそう言うこと考えてますよね」
「何が悪いのさ、愛と性欲は切っても切れない関係だよ?」
「愛されたいという要求は、自惚れの最たるものであるって昔の偉い人は言ったそうですよ」
「ニーチェね、彼はまぁまぁだね」
「なんですかその上から目線」
「私が好きなのはカフカだもの」
「うわ、後ろ向き」
「後ろ向きで結構、カフカは後ろ向きで後ろに歩いているようなものさ」
……ちなみにカフカの友人が彼に送った言葉の中に、カフカは不幸の中で幸福なのだ、と言う言葉があるらしい。
それを思い出して、私はちょっとだけ笑う。
「なに笑ってるのさ」
「いや、太宰とかがでて来なくてよかったなーって」
「私はそんなに遊んでないぞ? 初体験も初彼女もリナだけだよ 」
「初彼女が何人もいたら私困りますし、初体験も普通一回だけですよ」
「うむ、じゃあ恋人は一人しかいなかったし、これからも一人しかいないってことで」
「じゃあ一緒に入水自殺しましょうか」
「温泉でね」
シニカルにミズキが口元を歪めた。そして、私は先輩の手に指を絡めてみる。
ミズキは何も言わず微笑み、私の手を握り出した。
「本当、もう寝たほうがいいよ」
「そうですね、明日も早いですし」
「ちゃんと寝れるー?」
「寝れますよ、子供じゃないんですから」
私が手を絡めたまま、そっぽを向いた瞬間、ミズキは一瞬の隙を突いて私の頬に唇を当てる。
「お休みのキスってことで、お休みリナ」
「おやすみなさい、先輩」
「そうじゃないでしょ?」
「……お、おやすみ、ミズキ」
「よろしい」
意地っ張りな癖に、私は顔にでやすいタイプだ。今、顔にでていないだろうか。耳まで真っ赤に染まってないだろうか。もし染まっていたら、恥ずかしすぎる。
是非とも先輩には目を閉じておいて欲しいものだ、本当に。
夜行バスに揺られながら。私は意識をフェードアウトさせていく。本当は、夜行バスが嫌で、苦手で、寝れなかったなんて言えなかった。
きっとそれを先輩が察して声をかけてくれたこともわかっていた。
だから、今は眠れる。
繋がっているのは手だけじゃなくて、唇の一瞬だけじゃなくて、私は今、先輩の中で眠りに落ちていくのだ。
彼女が与えてくれる安心感も、優しさも、私は本当に好きである。
「もう寝た?」
「……先輩こそ早く寝てください」