fleabane -エリゲロン-
白と濃い桃色の小菊が満開になっているのを背景に、俺たちは二人並んでベンチに座っていた。
場所は昔よく遊んだ森林公園、とても清んだ色の池が有名で地元の人も良く訪れる癒しスポットだ。多くの人が足を運ぶ所ではあるが、かなりの広さを誇る為、混雑などはしていなく、どちらかといえば空いている様に感じる。
「どうしたの 、急に呼びだして?」
彼女はいつもの調子で俺に笑いかけた。それだけで心が暖かくなる気がした。
「あのさ、聞いてほしいことがあるんだ。すっごく大切な事」
いつもはしない様な真剣な表情で俺の緊張が伝わったのか、彼女の顔も真面目なものへと変わった。
「うん」
無意識なのか頷く彼女の姿を確認すると、じんわりと汗が滲んできた手をぎゅっと握り、思わず喉仏が上下する。
「俺、俺さ、小さいときからずっとお前のこと好きだった」
よし、彼女の目をちゃんと見て言えた。だから彼女の少し色素の薄い茶色の目が僅かに大きくなったのも分かった。つい先程まで、何もなかった幼馴染からの突然の告白に驚くのは当然だろう。もし俺が逆の立場でも同じ反応をする。
「え、えっと」
普段振り回されている分、彼女の戸惑っている姿がどこか可笑しくも可愛らしいく感じて、短く息を2回吐く様に軽く笑ってしまった。
「いや、ごめん。困るだろうなとは思ったけど伝えておきたかったんだ」
この気持ちは何年もずっと思ってきたことだ。きっかけは綺麗な思い出で、忘れたことなんて一度もない。
「でも、私……!」
「分かってるよ」
彼女が右隣に座っているからこそ良く分かる。その左手薬指に光る物が、既に彼女が他の男のものになっている証だと。
「分かってるから、大丈夫。本当にごめん、ただ自分の中で踏ん切りをつけたかったんだ」
「……優人」
この告白は我儘で自分勝手だ。本当に彼女を想っているなら言わずに祝福だけをすればいい。
それが出来なかった弱い俺をどうか許してください。
「来週さ、俺日本を発つんだ」
「うん、おばさんから聞いた」
あの嫉妬深い彼女の旦那が、今日二人きりで合わせてくれたのはこれがあるからだ。
「急に決まったことだから、お前の結婚式に出られないな。せめて花嫁衣装を着てる姿を見てから行きたかった」
「それは彼も残念だったみたい。優人にはぜひ来て欲しかったって」
残念だと彼女に話す彼の姿が容易に想像出来て笑える。
「牽制目的だろうけどな。まったく、気にすることじゃないのに」
「ふふっ、あの人らしいでしょ」
彼女が笑って、先程までの緊張した雰囲気なんて今はもうなくなっていた。少し悔しいけれど、彼の話になると彼女はすぐ笑顔になる。それだけ幸せにして貰っているという事実を知れたことが今日の一番の収穫だろう。
そんな雑談をしている中で彼女にとっては不意に、ベンチについているその左手の上に俺の右手を重ねた。ピクリと反応する彼女の手を逃げないで欲しいと軽く握る。
「絶対幸せになれよ」
「……うん、ありがとう」
鈍い彼女は気付かないであろう。何故、俺が広い公園の中でもこの場所を選んだのか。それは深い意味は無くても今の俺の心がここにあったからだ。
「ありがとう」
長い長い時間、ただ彼女だけが好きだった。時には辛い時もあったけれど、今のご時世なかなか知ることの出来ない感情を教えてくれたことにとても感謝している。本当に、ありがとう。
*
その後、急に来週だった予定が二日後に変更になった。慌てて準備をして飛行機で飛び立つ頃には短い間だが彼女との関係にぎくしゃくとしたとぎこちなさは無く、俺が彼女に告白したことが分かっているのはせいぜい彼女の旦那くらいだろう。学生時代からの友人からも伝えなくて良いのかと心配の電話が来るくらいなのだから間違いないと思われる。
ただ驚いたのが、両親は勿論のこと見送りに来てくれた彼女の家族が別れを惜しんで涙ぐむ中に、彼女の旦那も入っていたことだ。いつも冷静な印象があった彼のそんな姿に昔、「意外と可愛いところもあるんだよ」と言った彼女の言葉がやっと理解出来た様な気がした。
そして別れ際に、思いっきり背中に一発お見舞いされて痛かったが、かつての恋敵に頑張れよと言える彼に、栞を2枚託した。
栞は二日前のあの場所に咲いていたあの花と同じものを色違いで押し花にしている。彼は突然貰った意味が分からないようで首を傾げていた。その姿に彼女か重なってみえて、案外似たもの夫婦になるかもしれないと思わず笑ってしまう。
「頼んだからな」
それでも力強く頷く様子に、彼なら大丈夫だろうと確信が持てた。
そして最後には皆笑顔で別れ、今は飛行機の窓から見える景色を眺めていた。何年か後に帰って来た時、彼女の笑顔が変わっていないことを願いながら、機内に付いているヘッドフォンをかける。良い夢が見られそうだ。