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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第16章 長州へ発つ
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安心感

 


 久しぶりに長州屋敷の敷居をまたぐ。


 ほんの数日この屋敷を空けていただけなのに、なんだか懐かしいという思いで一杯だ。


 旅行から帰って来て、やっぱり我が家が一番だと思うのとどことなく似ているような気がする。


 実際には自分の家というわけではないが……こういうのは気分が大切だ。


 要するに、気の知れた仲間の元へ戻れたという事は、それだけ安心できるという事が言いたいのだ。



「お帰り……美奈。身体の調子はどうだ? もう痛む所は無いのか?」



 帰宅した私を見付けるなり、郁太郎は私へと駆け寄り、頭にそっと触れる。


 きっと、私の頭に傷が残ってはいないか確認しているのだろう。


 そもそも怪我自体がでっち上げなのだから、そんなものはあるはずもないのに……



「う……ん、もうすっかり……大丈夫。郁太郎にも心配をさせて……ごめんなさい」


「傷は無いのだな……それは、不幸中の幸いだったな。お前とて一応は女なのだ。活発なのは良い事だが……これを機に、少しは淑やかにならねばなるまいな」


「ごめん……なさい」



 私が小さく謝ると、郁太郎はフッと柔らかく笑ってみせた。



「それにしても……この数日は本当に大変だったんだぞ。まぁ、主に……そこの者が……な」



 郁太郎はゆっくりと晋作に視線を移す。


 それにつられるようにして、私も晋作へと視線を送った。



「……何が言いてぇんだよ」


「別にたいしたことではないさ。ただ……私には意外だったものでな」


「意外だと?」


「あぁ、そうだ。意外も意外だな。私はてっきり、玄瑞の方が先に音を上げるものだと思っていたが……彼は中々思慮深いようだ。文句ひとつ言わず、日々のつとめを黙々とこなしていたな。内心では不安で仕方なかったのだろうが……その想いを押し殺すかの様に、つとめに打ち込んでいた」


「……それが一体、俺と何の関係があるのかねぇ?」


「晋作と玄瑞は、正反対というか何というべきか。玄瑞がそうであるのに対して、晋作はそれこそ数刻おきに、アイツはまだ帰らないのか……などと尋ねるばかりではなく、挙げ句の果てに今日のつとめを放り出してまで美奈を迎えに行く始末……。晋作がそれほどまでに過保護であった事が、私には意外だったのだよ」



 からかうように言う郁太郎に、晋作は背を向けると小さく舌打ちをして去って行ってしまった。


 そんな晋作の様子に、郁太郎はクスクスと笑っている。



「少しからかい過ぎてしまったようだな。フフ……若人とは良いものだ」


「郁太郎はからかい過ぎよ。晋作が不機嫌になっちゃったじゃない。……本当は、晋作が私を迎えに来たのだって桂さんあたりの指示なんでしょう?」


「お前はそう思うのか? もっとも、私は嘘など吐かぬがな。とにもかくにも、この数日……晋作の心配の仕様は、見ていて面白いものがあったぞ。アレはお前にも見せてやりたかった」



 何かを思い出し、楽しそうにしている郁太郎。


 それは、私に問答を投げ掛ける時と同じ表情をしていた。


 郁太郎って……意外と意地悪なのよね。


 私は小さく溜め息をつく。



「そう言えば……そちらの客人は?」


「あっ! そうだった……えっと……土佐の友人よ。ついさっき、そこで逢ったから連れて来たの。……立ち話に付き合わせちゃって、ごめんね……以蔵」



 郁太郎の言葉で以蔵の存在を再確認した私は、以蔵に小さく謝った。



「何にせよ、客人はもてなさねばならぬな。私の話はもう良いから、お前はもう彼と行きなさい」



 私と以蔵は郁太郎に軽く会釈をし、その場を離れた。


 とはいえ……何処に連れて行けば良いものか?


 悩んだ私は、とりあえず自室へと招き入れる事にした。


 お茶とお菓子を交互に口にしながら、私は以蔵に素朴な疑問を投げ掛ける。



「ねぇ……こんな所で油を売っていて良いの? あの時以蔵は、この屋敷とは逆方向に行こうとしていたみたいだったけど……何か用事があったんじゃないの?」


「用……事」



 以蔵は小さく呟くと、首を傾げている。


 まるで、その用事が何だったのか思い出そうとしているかのようだ。


 なんだか頼りない人……以蔵の様子に、初めて逢ったあの日の事を、不意に思い出す。


 これが幕末の有名な人斬りの姿だと言うのだから不思議なものだ。


 剣を握ると……人が変わるのだろうか?


 本当にそうならば、漫画や小説によく有りがちな話だ。


 私はクスリと笑みをこぼすと、新たな質問を追加した。



「思い出せないような用事なら、きっとたいした用事じゃ無いのよ。それか、暇潰しに散歩でもしてたんじゃないの?」


「散歩……そうかもしれんな」


「きっと、そうよ。……ところで、以蔵はどうして京に居るの?」


「坂本さぁに言われちょって……今は、勝ちゆう名ぁの人ん所に居るがじゃ。そん人が京に居るき、それが此処に居る理由ぜよ」


「勝……海舟。そっか……それも、史実通りよね」


「……史実?」



 私の言葉に、以蔵は不思議そうな表情を浮かべている。


 そんな気の抜けた様子を見ていると、なんだか癒されるような気がした。


 以蔵って……ちょっと、小動物っぽいな。


 その後も私達は、他愛もない話をして過ごしていた。


 そろそろ辺りも暗くなってきた頃、以蔵は用事を思い出したと言い、足早に屋敷から去って行った。


 夕餉も済み部屋でゆっくりしていると、突然私の部屋の襖が勢いよく開け放たれる。


 そこに立っていたのは、息を切らした玄瑞だった。



「戻って……来ていたのか……」


「玄……瑞、あの……えっと、久しぶ……」



 玄瑞は私の目の前に腰を下ろすと、その言葉を遮るかのように、私を懐へと引き寄せる。



「ちょ……ちょっと……離してってば!」


「戻ってくれて……本当に……良かった」



 静かに呟かれたその言葉に、私は玄瑞を引き剥がそうとしていたその手を止めた。


 表情は見えないが、その声色から……本当に心配させてしまっていたという事を、窺い知る事ができたからだ。


 私がくだらない意地を張らなければ芹沢さんに出逢う事もなかったし、総司に連れ去られる事もなく……みんなに心配させてしまう事もなかっただろう。


 郁太郎の話を聞いて、私にも悪い所があったのだと少しは反省した。



「ごめん……ね」



 一瞬顔を上げ小さく謝ると、今度は自分から玄瑞の懐へと顔をうずめる。


 気恥ずかしい気持ちと、久々に会えて嬉しい気持ちと、不思議な安心感と……様々な想いが入り乱れて、私の感情は何とも複雑なものだった。



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