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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第15章 壬生浪士組で過ごす数日
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あの日の約束を果たすために

 


 屯所の塀にある小さな抜け穴から見事脱走した私達は、京の街へと繰り出した。


 知り合いに逢わないように……それだけが私の切なる願いだった。


 甘味屋を何軒渡り歩いただろうか?


 数軒はしごする内に、私達の危機感は既に薄れてしまっていたのだと思う。



「さぁて……次は何を食いに行くか?」


「ちょ……まだ食べる気!? 総司の胃袋は一体どうなっているのよ。今からそんな風に甘いものばかり食べていたら、ゆくゆくは糖尿病になっちゃうわよ」


「何だそりゃ……よくわかんねぇけど、もう終いで良いのかよ。まだまだ全部食うには、程遠いけどな。こりゃあ、思ったより安くついて儲けモンだ」


「誰がもう終わりだなんて言ったのよ。全部驕らせなきゃ、私の気は済まないんだからね。えっと、次は……」


「はいはい……全部驕りますよ。まったく……食い意地ばっか張ってやがって……色気より食い気かよ」


「何か言った!?」


「何でもありませんよ。まぁ……これで、あの日の約束も果たせるってモンだよな」



 総司は笑いながら、私の頭を撫でる。


 何だかむず痒い気もするが、久々に見る笑顔に悪い気はしなかった。







 次の甘味屋に向かう道中、一つの人影に思わず足を止める。



「マズイ! 隠れて!」



 私は総司の手を引くと、咄嗟に物陰に身を隠した。



「何だよ……知り合いか?」


「知り合いどころじゃないわよ。長州の桂さんよ! 桂さんに見付かったらきっと……ただじゃ済まないわ。だって、嘘がバレちゃうもの」


「そりゃあマズイよな……仕方ねぇ、道を変えるか」



 目的の店まで遠回りをしようとしたが、次の瞬間の意外な光景に、私はその場から離れられなくなってしまった。



「おい、どうした? 早く行かねぇと……」


「待って! あれ……見て! あの人は……」



 私の声に、総司はその視線を桂さんへと移した。


 桂さんと並ぶもう一人の人物。


 それは、意外すぎる者だった。



「新見……さん!?」



 私と総司の声が重なる。



「どうして新見さんが、長州の者と……。おい、お前なら何か知ってるんじゃねぇのか?」


「私に聞かないでよ。新見さんが桂さんと通じていたなんて……今初めて知ったんだから」



 目の当たりにしてもなお、信じられない光景だ。


 新見さんは芹沢一派。


 彼が長州と繋がりがあるということは、芹沢さん達も同様なのだろうか?


 桂さんの元へと飛び出したい気持ちを必死に抑えた。






 しばらくその場で動けずに居ると、新見さんと桂さんの話は済んだようで、新見が立ち去る。


 私達も立ち去ろうとしたその時、不意に呼び止められた。



「出てきなさい……そこに居るのは分かっていますよ? おっと、逃げるのは無しです。逃げたら……お仕置きですからね、美奈?」



 逃げようとしたのも束の間……名前を呼ばれた事に驚いた私は、お仕置きという何とも恐ろしげな一言に立ちすくむ。


 どうしてバレたのだろうか?


 この人はもしや、忍の類いではないのか?


 勘の良過ぎる桂さんに、そう思わずには居られなかった。



「さて……捕まえましたよ。怪我を負った貴女が何故、このような所に居るのか……まずは尋ねねばなりませんね」


「あの……その……それは……」



 しどろもどろになる私の姿に、桂さんは声を上げて笑い出す。



「あの……桂……さん?」


「良いのですよ。事情は存じています。そこの彼が……うちの姫君を連れ去ったことも全て……ね?」



 そう言いながら総司へと視線を移した桂さんの顔は、どう見ても穏やかなものではなかった。


 殺気すら感じられる鋭い視線に、私は身を縮こまらせる。



「さぁ……一つ、取引としましょう。私からの要求は、今見たことは全て忘れること。そして、浪士組に戻っても他言はせぬこと。そこの彼がそれを守れるならば……今回の一件は不問としましょう」


「どういう……こと?」


「そのままの意味ですよ。そこの彼が美奈を連れ去ってからというものの、晋作や玄瑞が心此処にあらずで……その上、晋作に至っては、美奈はまだ連れ戻せないのかと数刻おきに尋ねる始末。さぁて……この埋め合わせは一体誰がしたのでしょうね?」


「…………」


「姫君の怪我が偽りであったと露呈すれば……きっと彼らは……」



 桂さんはそう言いかけて、顔をしかめる。


 その先は言わずとも知れたこと。


 取引と言いつつ、桂さんは総司を脅しているのだ。



「分かった……約束する。だから……」


「フフ……意外と素直な好青年ではありませんか。聡明な者は嫌いではありませんよ?」


「あの……一つだけ……頼みがあります」


「頼みとは?」


「コイツを……美奈を、少しだけ貸して欲しいんです。数日……いや、一日でも良い。必ず帰すと約束しますから。僕はまだ……コイツとの約束を……果たせてないから……」



 総司は桂さんに必死に頭を下げ、懇願している。


 その願いは……聞き届けられるのだろうか。



「良いでしょう……明後日、明後日までは認めましょう。ですが、約束は約束です。明後日になってやはり帰したくない……なんて事では困りますよ。何せ、姫君は近々萩へと渡ってもらわねばなりませんからね」


「は……萩!? 何で私が萩に行くのよ!?」



 総司の願いが聞き届けられた事よりも、その先に言った一言に私は耳を疑った。


 どうして私が……萩に!?


 嫌なわけでは無いが……何となく気まずい理由もある。


 だから、納得がいくだけの理由が聞きたかった。



「美奈には、玄瑞らと萩に戻ってもらう事にしました。ようやく彼の願いが叶い、我が長州は攘夷への先駆けとなるのです。そこに双璧の姫君が赴くのは、至極当然のこと……私達はこの身と引き換えにしたとしても、国を……日の本を変えていかねばなりませんからね」



 五月の商船砲撃事件に、八月の政変……そしてそれは、禁門の変へと続いていく。


 穏やかな日々ゆえに忘れかけていたが、抗えぬ時代の大波は刻一刻と迫っていた。


 史実通りに死地へと向かう、志士達の行動。


 そして、桂の言った「この身と引き換えにしても」という言葉。


 どうして……どうして、そう死に急ぐのだろう。


 先を知らぬが故の行動なのだろうが、そうまでして国を動かしたいというその想いが私には理解しがたいのだ。



「どうして……どうして、そうまでして波乱の道を選ぶのよ! 皆で……穏やかな日々を送れたら……それで……良い……じゃない!」


「お……おい、美奈!?」



 桂さんの言葉に色々と考えを巡らせた私は、居てたっても居られず、その場を駆け出した。


 現実から目を逸らしたい。


 晋作も玄瑞も、穏やかな日々を望めば良いのに……そうしたら、こんな想いなんてしなくても済むのに……



「す……すみません桂さん、えっと明後日……明後日また会いましょう」


「そこの好青年……申し訳ありませんが、美奈を頼みましたよ! まったく、うちの姫君は……とんだ猪姫ですねぇ。まぁ、そこがまた愛らしいのですが……」



 私と……それを追いかけてきた総司が立ち去った後、その場に残された桂さんは、苦笑いを浮かべていた。






 

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