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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
番外編
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残された者




「美奈が……怪我を負った……だと!?」



 郁太郎の言葉に、俺は耳を疑う。


 玄瑞を探しに行くという内容の書き置きを残して、屋敷から姿を消したアイツ。


 書き置きに気付いてすぐに後を追ったものの、アイツを見付ける事は叶わず、俺は屋敷へと戻った。


 郁太郎の話を聞いて、頭を冷やせとアイツを独りにした自分に、無性に腹が立った。



「で……アイツは今、何処に居る?」


「河川敷から落ちて倒れていた所を、壬生の者に助けられたそうでな。頭を打っているから下手に動かせず、どうしたものかと思っていたのだが……運良くその者の中に医者が居て、そこでしばらく様子を診てもらえるという」


「壬生の者だぁ? 置いてきたって……ソイツらは信用に足る者なのか!? 身元は確かな奴なんだろうなぁ?」



 いくら医者だと言っても、何処の馬の骨かも分からねぇ奴等の元に、アイツを置いておくわけにはいかねぇ。


 淡々と話す郁太郎の態度が、やけに勘に障る。



「桂サンにも相談の上、決めたことだ。私も暇ができた時には、美奈の様子を見に行く。意識はあるようだからな……まぁ、心配はないだろう」


「そういう事を言ってるんじゃねぇよ!」


「ならば、どういう事だ?」



 話が通じない事に苛立った俺は、郁太郎に掴み掛かろうとした。



「騒がしいですよ、晋作。……一体、何に苛立っているのです? 私の決定に何か不服でも?」



 俺らのやり取りを聞き付けてか、眉間にシワを寄せた桂サンが、部屋の襖を勢い良く開けた。



「……桂サン。アイツは……美奈は何処に居る?」


「おや、郁太郎から聞きませんでしたか? 彼女は、壬生に居ますよ」


「だから、壬生の何処に居るのかって聞いてんだよ!」



 苛立ちが最高潮に達した俺は、声を荒げた。



「壬生の浪士組……ですよ。なぁに、案ずる事はありません。聞くところによると……そこの局長の一人は、美奈の師だそうじゃないですか。医者も居る事ですし、これは好都合とばかりに郁太郎に指示したのですよ」


「何……だと!?」



 壬生浪士組はここ最近できた組だと聞く。


 守護職なんぞが作ったとか、取り入れただとか……学習院で誰かが噂してたっけか。


 いや、問題はそこじゃねぇ。


 アイツの師という事は……江戸の、あの道場の奴らということ。


 そんな所に置いておくわけには、尚更いかねぇな。



「悪ぃが、桂サン。俺ぁ美奈を迎えに行く。アイツをあんな奴等の所に、置き去りにできねぇからな」



 俺は桂サンを一瞥すると、ゆっくりと立ち上がる。



「お待ちなさい」



 桂サンは俺の手首を掴み、制止する。



「晋作は少し冷静になりなさい。これはまたと無い好機なのです。自然に浪士組に潜入できたという事は、彼らが何のために作られ、どういった動きをしているかを否応無く知ることができるのですよ?」


「アンタ、それ……本気で言ってんのか!? アイツを間者にでもしようってのか?」


「……そう聞こえたなら、それも良いでしょう。使える物は何でも使うのが私の信条です。それが例え、双璧の姫君でも……ね」


「ふざけんな!」



 冷たい笑みを浮かべる桂サンに殴りかかろうとした瞬間、俺の視界は反転する。



「……っ」


「晋作も玄瑞も、いい加減目を覚ましなさい。小娘一人と我が長州……大きさの異なる物を、同じ秤に掛けてどうするのです? 確かに美奈は不思議な娘です。ですが、女など何処にでも居るではありませんか。それに、晋作や玄瑞が、女に不自由している様には思えませんしね」


「俺も玄瑞もなぁ……アイツが女だから傍に置いているわけじゃねぇさ。アイツが……アイツだからこそ、傍に置いているん……だよっ」



 柔術でもって軽々と投げ飛ばされた俺が、桂サンに背後から掴み掛かろうとした瞬間、部屋に玄瑞が飛び込んで来た。



「晋作! 止めておけ!」



 玄瑞は、あろうことか俺を制止している。



 こいつは……俺と同じ思いでは無いのか?


 俺よりも玄瑞の方が、アレ程までに美奈を大切に扱っていたはずなのに……


 理解しがたいその行動に、俺は戸惑う。



「どういうつもりだ!?」



 俺の問いかけに、玄瑞は俺から視線を逸らした。



「私は……桂サンの意見に……賛成だ」


「ほう……お前もアイツを利用しようって事か……そうか、もう良い。正直……お前には失望した」



 玄瑞に背を向けると、俺は部屋から出ようと歩き出す。



「待て……私は……私は、美奈を利用したいから言っているのではない! そんな理由であれば、私とてお前と共に美奈を連れ戻しに行く! 誰に何と言われようと……な」



 その一言に、俺はゆっくりと振り返る。



「ならば、何故従った? 何故、連れ戻しに行かねぇ?」


「出来る事ならば、すぐにでも連れ戻したいさ。だか、それは美奈の為にはならんのだ。お前は……一つ、大切な事を忘れてないか?」


「大切な事だぁ?」



 俺の反応に、玄瑞は深い溜息を一つついた。



「アイツが頭を打っている……という事だ。聞けば、かなりの高さから転落したそうではないか。今は意識もあって一見容態も安定しているように見えるかもしれん。だが……頭というものは厄介でな。後から急に容態が悪くなる事もある」


「玄瑞の言う通りだ」



 玄瑞の言葉に、郁太郎が賛同する。


 頭を打ったからといって、此処に連れてくるくらいどうって事ぁねぇだろうが。



「先ほど診た時点では確かに意識もあり、会話も成り立っていた。普通でいけば、数日程度で良くなるだろう」


「それなら、壬生なんぞに何日も置いておく必要もあるまいよ」


「だが……アイツは、河川敷から落ちた事すら忘れていたのだ」


「忘れていた? どういうことだ?」


「まぁ確かに、頭に強い衝撃を受ける事で一時的に記憶を無くす事もある。大抵は一過性のものだ」



 郁太郎の言葉に、俺は安堵の表情を浮かべる。



「しかし……だ。玄瑞の言う通り、頭というのは本当に厄介なものだ。その時点で意識が清明であったとしても、時を追うごとに悪化するものや、しばらく経ってから突然症状が現れる事もある。時として、中風の様な症状が出る事もあるのだ」


「中……風」


「頭を打った時は、むやみに動かしてはならん。それから、数刻おきに意識はあるか異常は無いか……しかと様子を診る事も重要だ。玄瑞はそれを分かっているからこそ、美奈を無理に連れ帰ろうとはしないのだ。この話を聞いてもなお、お前はアイツを連れ帰ろうとするのか?」



 郁太郎の説明は、俺を納得させるに十分だった。


 動かしちゃなんねぇ……医者がそう言うならば、その通りなのだろう。



「それならば、俺もそれに従うさ。だがな……アイツを利用するような行為だけは、許さねぇ。それが例え、桂サン……アンタの意向だったとしてもだ!」



 俺の言葉に、桂サンはクスクスと笑い出す。



「な……何が可笑しい!?」


「晋作も……相変わらず、可愛らしいですね」


「なっ!?」



 桂サンの突拍子もない言葉に、拍子抜けする。



「間者として利用できるような人材ならば、良いのですが……うちの姫君は何せ、気性が荒い猪の様な娘ですからねぇ。果たして間者として通用するでしょうか? 貴方がたは、どう思いますか?」



 その問い掛けに、俺と玄瑞は顔を見合わせた。



「使え……ねぇな」


「使え……ないでしょうね」



 俺たちは桂サンに向き合うと、同時に同じ言葉を発した。



「一応、必要になりそうな物と共に文は書きましたよ。屋敷に戻ったら、土産話を聞かせてくださいね……とだけね。彼女に間者の真似事なんて、到底無理に決まっていますからね。そんな事をさせようモノならば、半刻で露呈して終わりでしょうね。そもそも、あの姫君の事ですからね……おおかた、あちらサンと仲良くなってしまうのがオチでしょう」



 桂サンの話は妙に説得力があった。


 聡明な桂サンが、間者の素質のないアイツにわざわざそんな事をさせる訳が無い……か。


 てぇ事は……桂サンの悪い冗談だったのか?


 俺は、からかわれていたのだろうか?


 この人の本音は、解らねぇ時がある。


 と言うより……本心が見えねぇって方が、しっくりくるだろう。



「明日、早速アイツの様子を見に行く。玄瑞も郁太郎も、共に来い!」



 俺は、二人に向かってそう告げた。



「駄目ですよ」



 二人が返事をする間も無く、桂サンは胡散臭い笑みを浮かべながら言った。



「晋作も玄瑞も郁太郎も……それぞれ、すべき事があるでしょう? 姫君の様子は私が見に行きます。ですから、貴方がたは己のすべき事をしなさい。良いですね? 分かりましたか?」



 桂サンの迫力に気圧された俺たちは、反論することもできず渋々それに従うしか無かった。



 あの時、俺がアイツを独りにしなければこんな事にはならなかっただろう。


 あの時、俺がもっと冷静になっていたら……


 あの時、俺がアイツの話を聞いてやっていたら……



 考えれば考える程、後悔と自責の念に押し潰されそうになる。



 アイツが居ねぇと……この屋敷は、こんなにも静かなモンなのかねぇ。



 こりゃあ……長い数日になりそうだ。



 誰も居なくなった部屋で一人、俺は深い溜息を一つついた。





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