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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第1章 長州へ
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挨拶

 

 

夕餉後


私は思い切って、文さんに御挨拶させて頂くことにした。


久坂さんは自分も付いていくと言っていたが、私はそれを断った。


特に理由は無かったのだが……そう。


ただ何となく、だ。





「失礼致します。入らせていただいても宜しいでしょうか?」


「どうぞお入り下さいな」



私が部屋の外から声を掛けると、優しそうな文さんの声が聞こえて来た。



「さあさ、何もお構いできませんけれど……どうぞ座ってちょうだい」



私は促されるままに腰を下ろす。


どう見ても、文さんはとても優しそうな人だった。


突然押しかけてしまった居候の私にも丁寧な対応をしてくれている。


品の良さが全体からにじみ出ている……そんな印象を受けた。


穏やかな文さんの雰囲気に少し安心する。



「あの……これからお世話になるのに、ご挨拶が遅くなり申し訳ありませんでした」


「あら、良いのよ。それに……そんな風に堅苦しいのは止めましょうよ。年の頃だって、私とそうは変わらないでしょう?」


「ありがとうございます……そう言って頂けると、有難いです」


「嫌ねぇ……まだ堅苦しいわ。ありのままの貴女のように……そうね、普段通りに話してくれて良いのよ」



文さんは笑いながら言った。


自分の旦那が見知らぬ女を連れ帰って、自宅に住まわせるというのに……この人は、どうしてこうも笑顔で居られるのだろう?


この夫婦は根っからのお人好しなのだろうか?


それとも……久坂さんが言うように、本当に二人の間には愛情は無いのだろうか?



「そういえば、まだ名前を聞いては居なかったですね?」


「あ……名乗らずにごめんなさい。私の名は……美奈、です」


「そう、美奈さんと仰るのね? 良く似合う可愛らしい名前ね。それに容姿も……本当に愛らしい」



文さんのその口振り何だかむず痒い思いがした。



「なるほど……高杉さんも……きっと好みそうな容姿だわ」


「……高杉さん?」



意外な名前に思わず私は聞き返す。


夫婦ならば、ここは久坂さんの名が出てくるのが妥当では?



「貴女は、高杉さんの……好い人、なのでしょう?」



文さんはなんだか曇った表情で尋ねた。



「ま……まさか、そんなことはありませんよ! そもそも高杉さんとは今日、それも偶然に知り合ったばかりです。というか……正直、私は高杉さんが少し苦手です。何だか、馬が合わないと言いますか……あちらもきっと、そう思っていますよ」



私は誤解を受けないように、と慌てて否定した。



「そう……人の相性は様々ですものね。でもね、彼はとても良い人なのよ? 初対面では解らなくても仕方がないのかもしれないけれど……あの方はね、こんな私でも醜いなどと馬鹿にしたりはしないの」



まるで恋人のことを語るかのように、文さんは顔を赤らめながら言った。


その嬉しそうなその表情に、私は複雑な想いだ。


いや……思いっきり醜女とか言ってましたよ!!

 

絶対にアイツは嫌なやつですって!!


ちょっと、盲目過ぎやしませんか?


そんなことは流石に面と向かって言えないので、その分心の中で思いのままツッコミを入れる。



「そういえば……貴女は医者なんですってね?」


「医者と言いますか……まだ見習いです。私なんて医者を名乗れるような大層なモノではありませんよ」


「そうなの? あんなに難しげな医術を学んでいるというだけでも、私からしたら感心することよ? そんなに可愛らしいのに学もあるなんて、ますます羨ましいわね」



話の節々に何度も『可愛らしい』を連呼する文さんに、なんだか嫌味のようなものすら感じていた。



「あの……そんなことよりも、ご夫婦でお住まいなのに……勝手に押しかけて居候してしまい、本当に申し訳ありません」



私は深々と頭を下げる。



「あらあら、良いのよ。頭を上げて頂戴! 夫婦とはいえば聞こえは良いかもしれないけれど……それは、兄がなかば無理矢理決めたこと。夫も嫌々承諾せざるを得なかったに違いないわ。だから、そんな風に思わなくて良いのよ?」



文さんは何だか寂しそうに呟いた。


その表情から、久坂さんに対する愛情が全くないとも言い切れないような気もする。


かといって、高杉さんのことを語った時のあの表情……久坂さんの言うことも本当のようにも思える。



イマイチこの人の感情が分からない。



「私ではきっと久坂の家を絶やしてしまうでしょう……貴女さえ良ければ、この家にずっと居ても良いのよ?」


「あの……仰る意味が、私にはわかりません」


「あら、そのままの意味よ? 彼も貴女を気に入っているようですし……家督を継げる男子さえ産まれれば、この家も絶えることもなく安泰ですからね。私は、そういうつもりで言ったのよ」



この話の流れから察するに……きっと文さんは、私に久坂さんの妾にならないかと持ち掛けているのだろう。


生憎だが……そんなのは、御免だ。


いくら顔が良くても、学があろうとも……既婚者など論外だ。


人のモノに手を出す趣味はない。



「お言葉ですが……後継だとか……そういう類の話は、ご夫婦の問題です。そう思うのでしたら、二人で話し合うべきです。私にできることは……その協力くらいでしょうね」



私の言葉に、文さんは深い溜め息をついた。



「夫が私では駄目なように……私も夫では駄目なのよ。ごめんなさい……私は貴女のことを誤解していたようね? 高杉さんのお妾さんでないのなら、夫のお妾さんなのだとばかり思っていたわ。本当にごめんなさいね」


「私は誰かの妾だなんて、まっぴら御免です。すみませんが……今日はこれで失礼します」


「あの……どうか、お気を悪くなさらないでちょうだいね? 私は……その、貴女とは仲良くやりたいのですから……」


「ありがとう……ございます。失礼します」



私は足早に文さんの部屋を後にした。


部屋に戻りながら、空に浮かぶ月を見上げる。



「私、何で……こんな所に居るんだろう。本当……意味わかんない」



 見知らぬ土地



 異なる時代



 感覚の相違



これから始まる生活に、もう既に嫌気がさしていた。


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