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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第14章 壬生浪士組
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采配

 


 

「で? どうしてコイツが此処に居やがる? どうやってコイツを連れて来た? ……おい、総司。黙ってねぇで、何とか言え!」


「連れて……来たかった……から?」


「ふざけるな!」




 何やら言い争う様な大声で私は目を覚ます。


 起き上がろうとするも、身体に鈍い痛みが走る。



「ここ……は?」


「目が……覚めたか。本当にすまない!」


「近藤サン……どうして謝るの? ここは……屯所? どうして私は此処に……」



 目の前には、困ったような笑顔を浮かべている近藤サンと、眉間にシワを寄せている土方サン……そして俯いている総司の姿があった。


 私は確か、玄瑞を探して屋敷を出たはず。


 そこで総司に会って……


 何故私がこんな所に居るのか?


 その経緯をゆっくりと思い出す。



「私……帰らなくちゃ……」



 立ち上がった瞬間身体に感じた痛みに、思わずその場にうずくまる。



「大丈夫か!?」


「う……ん、多分大丈夫」


「平気そうな顔には見えんが……。出来ることならば、もう少しだけ休んで行った方が良い」

 


 そうは言われたものの……早く帰らなければ、きっと皆が心配する。


 長居する訳にはいかない。


 だが……もう少しだけ休んでいこうか?


 そう思い口を開こうとした瞬間、私より先に言葉を発したのは土方サンだった。



「駄目だ! コイツはすぐに帰らせる。俺が送って行く」


「だがなぁ……美奈の身体も心配だ。歩くのも難儀では、可哀想だろう?」


「そんなモンは俺が背負って行けば良い話だ。なぁ、カッチャン……いや、近藤サン。俺らが今、問題を起こすのはマズイ。それが例え、どんなに小さくても……だ。そうだろう?」


「それは……解るが……」


「天下の長州様の娘を拐ったなんて話になりゃあ……こんな組は簡単に無くなっちまう。そうすりゃ、しがない道場に逆戻りだ。近藤サン、俺らは……武士になりに、この京へ来たんだろ?」


「……トシ」



 土方サンの言葉に、近藤サンも返す言葉が見付からない様子だ。


 背負われて帰るのは正直微妙だが、失踪騒ぎになるよりはマシ。


 土方サンの言う通り、この京では今はまだ長州の力が強い。


 拐われたなんていう話になれば、晋作も玄瑞も朝廷に組の取り潰しを申し立てる勢いで怒るだろう……八月の政変前の今であれば、十分可能な話なだけに怖い。


 そんな彼らの様子が目に浮かんだ私は、安易に休んで帰るなどとは言えなくなってしまった。



「決まり……だな。お前には本当に悪ぃ事をしちまったな……すまねぇ。だが、今度は俺がちゃんと送り届けるから、安心してくれて良い」


「ありがとう……でも……」


「何だ、気になる事でもあんのか? お前んトコの侍にゃ、俺が上手く話すから心配すんな」



 土方サンは私の頭をポンッと撫でた。



「えっと……それもそうなんだけどさ。アレ……総司は大丈夫かなって……思って」


「お前は気にしなくて良い。お前を送って帰ったら、ちゃんと説教するさ」


「お説教は良いよ……私は大丈夫だから! でも、何だか放って置けなくて……」



 俯いたまま一言も発しない総司を見て、何だか心配になる。


 私を連れて来たのに……どうして、私の顔を見ようとしないのだろうか?


 どうして、声を掛けてこないのだろうか?




「美奈が居るって本当か!?」




 私と土方サンが立ち上がろうとした瞬間、勢い良く襖が開いた。


 そこに居たのは、懐かしい顔ぶれ……試衛館のメンバーだ。



「久しぶりだなぁ。あれからどうだ? ちゃんと稽古してんのか?」


「平助も久しぶり。一応……ね、毎日やってるよ」


「そっか。じゃあ、今度手合わせしようぜ」



 真っ先に駆け寄ってきた平助に、自然と顔がほころぶ。



「この京でまた……お前と会えるとはな。これも運命……か」


「斎藤サン!?」



 いつの間にやら私の背後に居た斎藤サンは、私の髪を手に絡めながら呟いた。



「ハジメは本当に美奈がお気に入りだな。それにしても……人の好みは、わかんねぇモンだよなぁ」


「永倉サン……それは、どういう意味よ?」


「新八っつぁん、そりゃあねぇよ。コイツだってなぁ、顔は良いんだ。身体より顔に重点を置くような男にゃ好かれるさ」


「原田サン……微妙なフォローをありがとう!」



 相変わらず失礼な二人に、私の笑顔はひきつる。



「まったく……女心の分からない野暮な人達ですねぇ。そんな二人はさておき、本当に久しぶりですね。元気そうで何よりです」


「……山南サン。あれ、そういえば井上サンは?」


「源さんは、見廻りの当番ですからね。残念ながら居ないのですよ」


「そっか……」



 私が皆と一通り話をした所で、土方サンが声を掛ける。



「そろそろ行くぞ」


「あっ……うん、分かった!」


「あれ、もう帰っちまうのか? せっかく遊びに来たんだから、夕餉でも食って行きゃあ良いじゃねぇか。なぁ、近藤サン」


「そうなんだがな……遊びに来たというか……何というか……」



 原田サンの純粋な問いかけに、近藤サンは言葉を濁した。



「遊びに来たんじゃねぇよ。このバカが、無理矢理連れて来ちまったんだよ!」


「無理矢理?」



 皆は不思議そうな表情を浮かべている。



「早く帰さねぇと、長州の侍どもに何言われるか分かったモンじゃねぇ……だから、連れて帰るんだ」


「まぁ、そういう事だから。今日の所は帰るよ……ほら、仲間に心配掛けちゃうからさ」



 私と土方サンが部屋を出ようとした時、背後から誰かに手首を掴まれ、引き留められた。



「……行かせない」



 ゆっくりと振り返った私の目に映ったのは、先程まで俯いていたはずの総司の姿だった。



「総司、お前……ふざけんのも大概にしろ!」


「ふざけてなんか……ない!」



 総司の行動に気づいた土方サンは、声を荒げる。


 他の皆は突然の出来事に驚いたのか、ただ呆然と私たちのやり取りを眺めていた。


 私は、土方サンと総司の両方から引っ張られている。


 二人が言い争いを始める中、近藤サンが静かに立ち上がり、土方サンと総司の両方を私から引き離した。



「両側から引っ張れば、美奈が痛がるが分からんのか? 二人とも、冷静になれ!」



 近藤サンの一言に、一瞬にして場の空気が変わる。


 土方サンも総司も小さく謝ると、その場に腰を下ろした。



「総司……お前の気持ちは解ってやりたいが、やって良い事と悪い事がある。それは解るな? 突然、美奈が居なくなれば、仲間達は心配するに決まっているだろう?」


「……はい」



 近藤サンは穏やかな声色で、総司を諭す。



「だが……せっかく再会したからなぁ。少しくらいは、ここに居てもらいたい……という気持ちは解る。美奈、どうだ? 一日、二日くらい此処に滞在しないか?」


「うーん、気持ちは嬉しいけど……私が居なくなったなんて言って、皆が大騒ぎしそうだから……」



 私の言葉に、近藤サンは何故か笑顔になった。



「大丈夫だ。要するに、美奈が此処に居ると知らせれば良いのだろう?」


「まぁ……そうだけど。でも、納得するかなぁ。多分、私を連れ返しに来るよ?」


「心配無いさ。山崎の交渉術は天下一品だからな。それでも駄目ならば、仕方ないさ」


「山……崎?」



 そう呟いた私が首を傾げていると、近藤サンが山崎と呼んだ声に反応してか、一人の男性が部屋に訪れた。



 いつの間に……



 新選組で山崎と言えば、監察の山崎丞だろう。


 有能で重宝された人物と聞く。


 私が考え事をしている間に、近藤サンから指示を受けた山崎サンは部屋を出ていってしまった。


 山崎サンは土方サンの専属というイメージがあったけど、近藤サンの指示で動く事もあるんだ……なんて事を、ぼんやりと考えていた。



「さて、山崎が戻るまでしばらく待つとするか」



 近藤サンの言葉に、私は小さく頷いた。



「まったく……近藤サンは、総司に甘過ぎんだよ。だから、コイツが成長しねぇんだ」


「まぁ、そう怒るなって……このまま美奈を帰すのも良いが、少し話す事も必要だろうからな。トシの意に反して、勝手な事をして悪かったな」


「謝る必要なんざねぇさ。アンタは俺らの大将だ。俺ぁ、アンタに付いていくまでだ」


「そう……か」



 山崎サンを待つ間、私は別室で休むように言われた。


 もう大丈夫だと言ったが、念のため……と近藤サンに押し通され、私は仕方なく布団に横になる。


 人体とは不思議なもので、眠気など無かったはずなのに、布団に横になると次第に眠気が増してくる。


 眠気の波に押し流される様に、私は瞼を閉じた。

 

 


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