奪われたモノ
無理矢理、晋作の部屋へと連れてこられた私は、不機嫌な表情を隠す事なく、晋作の目の前に座っていた。
私のその態度に、晋作は困ったような表情を浮かべている。
「おい……いい加減、何があったか話せ。そもそも、共に出掛けた玄瑞はどうした?」
「玄瑞なんて知らないわよ。どーせ今ごろは、贔屓の芸者とでも遊んでるんじゃないの?」
「馬鹿言ってんじゃねぇ! アイツがお前を放って、芸者なんぞと遊んでいるわけがねぇだろうが! 訳わかんねぇ事を言ってねぇで、さっさと全部話しやがれ」
晋作の言葉に、私は苛立ちを覚える。
鼻の下を伸ばしていた玄瑞の事に対してもそうだし、土方サンの無責任な一言に対してもそうだ。
どちらにどの位腹を立てているのかは自分でもよく分からないが、とにかくイライラする。
晋作は何も知らないクセに……
これは、晋作への単なる八つ当たりなのかもしれないが、今の私には他人を思いやる余裕など全く無い。
「黙りかよ……まぁ良い。ならば、順を追って説明してもらおうか? まずは……そうだな、何故お前は玄瑞と離れた?」
「そんなの……言いたくない」
「それじゃあ話が進まねぇじゃねぇか」
晋作は頭を掻きながら、面倒臭そうに言った。
「お前が一人で屋敷に戻って来たという事は……だ。今頃あの馬鹿は、血相かいてお前を探してんじゃねぇのか?」
「っ……知らないわよ。玄瑞なんて、せいぜい京美人と楽しくやっていれば良いのよ。美女に囲まれて、鼻の下を伸ばしているような人が、私なんかを探したりしないでしょうよ」
私の一言に、晋作は眉をひそめる。
「お前……それ、本気で言ってんのか?」
「……そうよ、本気で言ってるのよ! だとしたら、何だって言うのよ?」
「お前は、本当に何も解っちゃいねぇな……もう良い。お前は、そこでしばらく頭ぁ冷やしてろ!」
晋作は吐き捨てるようにそう言うと、私を置いて部屋を後にした。
頭を冷やせって……何で私が?
広い部屋に一人取り残された私は、晋作の言葉に小さく反発する。
悪いは玄瑞じゃない。
私と一緒に居るのに、あんな風に他の女性に気を取られるなんて……思い出すだけでも腹立たしい。
なんだか、心の奥がモヤモヤする。
でも…………
私を追って来た時の玄瑞の表情を、ふと思い浮かべる。
晋作の言う通り、玄瑞はまだ私を探しているのだろうか?
私が玄瑞と離れてから、かなりの時間が経ってしまっている。
もしも、本当にそうだとしたら……
そう考えた時、私の心の中は焦燥感で一杯だった。
つい先程までは玄瑞に対する苛立ちで一杯だったのに、何とも変な話だ。
私は晋作宛に数行の書き置きを残すと、玄瑞を探す為に屋敷を後にした。
あれから……どれ程、探し回っただろうか。
方々を歩いたというのに、私は未だに玄瑞に会えていない。
京の街は広すぎる……そう思い、諦めかけたその時の事だった。
「やっと……見付けた」
聞き覚えの声と同時に手首を掴まれ、私は反射的に振り返る。
「な……んで?」
期待していた人物とは異なる者の存在に、私は思わず掴まれたその手を振り払おうと試みた。
しかしそれは想像以上に強い力で、振り払う事など到底叶わない。
「ねぇ、どうして逃げようとするの? 折角……会えたのに」
「そ……うじ」
「そんな顔するなよ。芹沢サンから話を聞いて、お前の事だって思ったんだ。芹沢サンは、その娘はウチの門弟で、しかも長州の女だって言ってたからさ。だから……すぐに屯所を出て、探してた。あのさ……こんな所じゃ、なんだから……とりあえず、行こう」
「行こうって……何処に?」
「そんなの、屯所に決まってんだろ? 面倒な奴等に見つかる前に……ほら、行くよ」
総司は、私をとにかく屯所へと連れて行こうと、力任せに引っ張ろうとしている。
私はそれを、必死に食い止めた。
「ま、待って! 私は一緒には行けないよ。今は、ね……はぐれた仲間を探していたの。玄瑞は……多分、今も私を探してる。だから……」
「そんなのは、どうでも良いよ。だって、土方サンの言う通り、奇跡が起きたんだからね。この広い京の街で、お前はその仲間でなく僕と先に会ったわけだ……きっと、これも奇跡だろ?」
「奇跡だとかそういう事を言ってるんじゃなくて……私は屋敷に戻らなきゃだから、屯所へは行かないって言ってるの!」
「屋敷になんて戻らなくて良い。仲間を探す必要もない」
「えっ!?」
突然冷たい表情へと変わった総司に、私は言い知れぬ恐怖を感じる。
屋敷に戻る必要も、玄瑞を探す必要もない。
それは本気で言っているのだろうか。
訳の解らない言葉に困惑している中、私の身体には衝撃と共に鈍い痛みが走る。
「……ごめん」
薄れ行く意識の中、私が最後に目にした物は……総司の悲しそうな表情だった。




