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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第14章 壬生浪士組
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壬生狼

 

 

 

 私達が京へとたどり着いたのが、3月の上旬。


 あれは桜が咲き乱れる季節だった。


 それから半月が経ち、今ではもう所々で葉桜となっている……そして今頃の京の街はというと、どこもかしこも長州贔屓。


 長州の者であるというだけで、あらゆる人々から一目置かれるのだ。


 特に桂サンや玄瑞は、京で精力的に活動していた為か、京では有名なようだった。



 いつか誰かが言っていた言葉を思い出す。



 玄瑞が詞を吟じつつ京の街を歩けば、町娘や芸妓が表に駆け出し、その容姿と美声に酔いしれる。



「長州の久坂サンが通る」



 と……







「フンっ……馬鹿馬鹿しい。なぁにが酔いしれる……よ。そもそも、歌いながら街を歩くなっての!」


「何を怒っておる。若い娘がその様な怖い顔をするものではないぞ」



 怖い顔だなんて大きなお世話。


 しれっとした顔でそう言う玄瑞に、私は更に腹を立てた。



 今が一体どんな状況かって?



 それは……っと、また来たよ。



 本当にいい加減にしてほしい!


 もう二度と、玄瑞とは京の街を歩きたくはないと、身をもって痛感する。


 その原因は……



「久坂様……」


「あぁ……君は確か、この間の会合で呼んだ芸者の……」


「菊香にございます。覚えてはりませんの? 名前も覚えてもらえへんなんて……うち……寂しいわぁ」



 今度は芸者か……さっきは芸妓、その前は茶店の看板娘。


 その前は呉服屋の淑やかな未亡人に、更にその前は……



 玄瑞と京の街の探索に出掛けて、まだ僅かばかりしか経ってはいないのに、数え切れない程の女性に呼び止められている。


 せっかく郁太郎から休みを貰ったというのに……これでは、観光どころではない。



 更に私を苛立たせるのは、玄瑞の態度だ。


 嬉しそうに鼻の下を伸ばし、いつもより格好つけた口調で談笑する。


 まるで、私の存在など目に入っていないかのような振る舞いだ。



 この短い間に、玄瑞はすっかり変わってしまった……



 そう思わずには居られなかった。



「あら……こちらの娘はんは……護衛か何かで?」


「いや……これは……」 



 菊香という女性は、私の姿を見るなりクスリと笑った。



「綺麗なお着物に刀を差してはるなんて、不思議な娘はんどすなぁ。まさか……久坂様の……」


「違うから! 私は久坂様の護衛でも無ければ、何の関係もないわ。私は藩の用事で共に居ただけよ。勝手に勘違いしないでよね」



 私はわざと玄瑞の呼び名を変え、女性にハッキリと良い放った。



「勝手に勘違いしてしもて、すんまへんなぁ……うちは、てっきり久坂様は変わった趣味を持ってはるのかて……」



 勝ち誇った様な表情でそう言う女性に、私の怒りは抑え切れる筈もなく……私は思いっ切り、玄瑞を女性の方へと突き飛ばした。



「久坂様への御用は済みましたので、私はこれで失礼しますっ……さようなら!」


「おい……ちょっと待て!」



 女性に袖をがっちり掴まれている玄瑞を置き去りにして、私は走り出した。


 心の中の苛立ちを振り切るかの様に、後ろは振り返らずただ真っ直ぐと道を行く。








 どれだけ走っただろうか。


 ここまで来れば、玄瑞に追い付かれる事も無いだろう。


 私は荒くなった息を整える。


 ゆっくりと歩きながら辺りを見渡すと、そこには見覚えの無い景色が広がっていた。



 完全に迷子だ。



 しかし……別に良い。


 この時の私は、自暴自棄になっていたのかもしれない。



「後生です……どうか……お止め下さい!」



 何処からか、女性の悲痛な叫びが聞こえてきた。


 顔を上げ、声の主を探す。


 少し離れた茶店の前で可愛らしい娘が、武士と思わしき男に刀を突き付けられていた。



 助けなきゃ……



 そんな衝動に駆られた私は、後先すら考えずに走り出した。



「なっ……何だお前は!?」



 女性の前に立ち刀を抜いた私に、武士の男は一瞬ひるむ。



「男のクセに、丸腰の娘に向かって刀を抜くなんて……格好悪すぎじゃない。さっさと、その刀を仕舞いなさい。さもなくば……」



 私は刀を握り直し、男を睨んだ。



「女のクセに刀なんざ構えやがって……馬鹿にしてやがるのか!?」



 どうやら私の行動が火に油を注いでしまった様で、男は真っ赤になり怒り出す。


 この隙にと、後ろの娘に逃げるよう促した。


 さて……実はこれが初めての真剣勝負。


 とは言え、不思議と恐怖感は感じてはいない。


 むしろ早く向かって来いなんて考えてしまう……そんな私は、医療従事者失格だろうか?


 男が私に斬りかかったまさにその瞬間……


 予想だにしない出来事が起こった。







 小さなうめき声と共に倒れた男。


 一瞬、私には何が起きたのか理解できなかった。



「小娘相手に刀なんざ抜くたぁ、なぁにやってやがんだ……みっともねぇなぁ」



 聞き覚えの無い声に、私は戸惑う。


 倒れた男の後ろに立って居たのは、身なりの良い大男だった。



「ちょ……ちょっと! 勝手な事をしないでよね? こんな奴くらい、何とでもなったんだから!」


「チッ……助けてやったのに礼の一つも言えねぇのかよ。これだから京女は敵わねぇなぁ」


「だから、助けなんて頼んでないじゃない!」


「まぁ良いや。そりゃあ勝手な事をしちまって悪かったなぁ……ほらよ、これで良いか? で、お前の名は?」



 頭を掻きながら言う男の気の抜けた姿に、私は一気に戦闘意欲を失う。


 身なりは良いのに、態度も仕草もがさつだ。


 武家ではなく、ただの浪人か何かだろうか。



「人に名を尋ねる前に、まずは自分が名乗るのが礼儀でしょう?」


「おぉ……そうか、そうか。さすがは京の武家娘は、しっかりしてやがるな。こりゃ失礼……名は、芹沢という。出は水戸だ。さて、次はお前さんの番だ」


「私は桜美奈、京ではなく長州の者よ。あぁ、それから……不本意だけど……一応、お礼を言っておくわ」


「ほぅ、天下の長州娘か……こりゃ面白ぇ。そうだ、少しばかり俺に付いて来ねぇか? お前さんの気に入るようなモンを見せてやろう」



 芹沢と名乗った男は、ニカっと歯を剥き出して笑った。


 面白い物に興味はあったが、初対面の男に付いて行く程馬鹿ではない。


 丁重にお断りしようと、私は口を開く。



「折角だけど……」



「美奈! そんな所で何をしている!」



 私が言い切らない内に、少し後ろの方から玄瑞の声がした。


 遠目では見えにくいが、何やら鬼の形相だ。



「行く! 行くから、早く私を抱えて連れて行って! 玄瑞……じゃなくって、とにかくあの男に追い付かれないように、思いっきり走って!」


「よしきた! 任せておけ」



 芹沢サンは軽々と私を担ぎ上げると、一目散に駆け出した。









「ここまで来れば大丈夫だろう」



 芹沢サンはゆっくりと私を下ろす。



「ありがとう……巻き込んで、ごめんね」


「そりゃあ構わねぇが……本当に良かったのか?」


「何が?」


「あの色男だよ。アイツはお前さんの旦那か何かじゃねぇのか? やけに血相かいてやがったからなぁ」


「止めてよ。そんなんじゃないわ。あれは長州の同士。それ以上でも、それ以下でもないもの。それより……面白い物って何?」


「あぁ、それか……お前さんは見たところ、剣術をやるようだからなぁ。その腕前が気になってだな……うちのモンとやらせてみてぇなぁと思ったわけだ」


「道場でもやってるの? 近いなら、折角だから行ってみようかな」


「近いさ……何てったって……ここだからな」




 芹沢サンの声に、私は顔を上げる。


 そこに掲げられていた看板に、私は思わず息を飲んだ。



「壬生……浪士……組」




 芹沢サンは、まさか……



「ぼうっとして、どうした? 遠慮なんざ要らねぇよ。何たって、昨日出来たばかりの組だからな。長州の武家娘にゃ畏れ多いような所だが……まぁ、良かったら上がって行きな」


「あ……ありがとう。えっと……もしかして、近藤サンとか、土方サンとか……惣……次郎とか居るの?」


「ん? お前さん……奴等の知り合いなのか? 確かに、近藤君も土方君も居る。だが、惣次郎ってぇのは知らねぇなぁ」



 何ということだろう。


 もう二度と会わないと思っていた、試衛館の皆に再び会う事になろうとは……


 要するに、この芹沢サンは芹沢鴨で……浪士組であった彼らは昨日、壬生浪士組となったと言っていた。


 この門をくぐって良いものかどうか、悩んでしまった私はその場に立ち尽くす。


 今ならまだ間に合う。


 せっかく忘れた辛い想い出を、何もわざわざ再び呼び起こす必要はない。


 踵を返そうと頭では考えているのに、私の身体は上手く動いてくれなかった。



「こんな所で呆けてるなって……」


「あっ……ちょっと!」



 芹沢サンは私の手を引き、半ば強引に門の中へと引っ張り込んだ。



 どうしよう……



 私の心臓は今にも破裂しそうな程、激しく脈打っていた。



 できる事ならば……



 惣次郎には



 会いませんように……




 


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