一日遅れのクリスマスプレゼント
日付は遡る事、12月25日のクリスマスのことだった。
私は、この日のために用意した物を抱え、広間へと駆け出す。
「見て、見て!」
みんなの目の前に、私は手にしていた物を差し出した。
「何……だ、これは?」
「何って……こりゃあ新しい武器か何かだろう? やけに黒ぇしな」
「久坂サンも高杉サンも、見て分からないんですか? こりゃ、あれですよ。異国の……何だったかな……アレは。武器っちゃ武器ですが、一瞬で爆発する強力なモンですよ。こういう丸いのがあるって、前に聞いた事 がありますよ」
私が出した物を見るなり、皆はざわめき出す。
「これのどこが武器なのよ! これは、ケーキ。クリスマスだから、ケーキを作って来たの! 美味しいから食べてみなさいよ」
「クリ……スマス? ケー……キ? 食えって……これは、食い物なのか!?」
「確かにちょっと焦げちゃったし、生クリームなんて無いから、蒸しパンみたいだけど……私がケーキと言ったらケーキなの! 良いから食べてったら!」
私は、眉間にシワを寄せている晋作の目の前にケーキを差し出した。
「俊輔……お前が先に食え!」
「えっ!? お……俺ですか!? いやぁ……俺は今、腹が痛ぇからなぁ」
「お前、俺の言う事が聞けねぇのか?」
私からケーキを受け取った晋作は、そのまま俊輔に渡そうとしている。
私は晋作や俊輔のその姿に、怒り心頭だ。
「もう! みんなして何よ……せっかくクリスマスパーティーをしようと思って……作ったのに」
私は俊輔からケーキを奪い取ると、広間を飛び出し、部屋へと戻った。
せっかくだから、皆にもクリスマスパーティーを教えてあげようと、この日のために材料を集め、試行錯誤の末に作ったケーキ。
小麦粉が手に入らず、米粉から作った。
生クリームも無いから、本物のクリスマスケーキの様に華やかでは無いが、皆に少しでも食べて欲しかった……なのに……
「……酷いよ」
私は膝を抱え、目の前のケーキを睨む。
「美奈……入るぞ?」
玄瑞は一言声をかけると、ゆっくりと襖を開いた。
私の隣に腰を下ろし、フワリと頭を撫でる。
「何を怒っている?」
「何を……って、皆が私の作ったケーキを食べてくれないから。私は皆と……クリスマスパーティーがしたかっただけなのに……」
「お前の気持ちは分かった……だがな。我々は、そのクリスマスとやらを知らん。ケーキという物も、お前の持ってきた物が食べ物である事も、知らんのだ。だから……少し、説明してはもらえぬか?」
玄瑞の言葉に私は、自らの失敗に気付く。
私の時代では当たり前の様に祝われていたクリスマスも、この時代では年中行事ではないのだ。
確かに、説明が足りなかった私も悪い……
「クリスマスっていうのは、キリスト教……えっと、耶蘇教のお祭りの様な物で、私の時代ではこの日を大切な人と楽しく過ごすの」
「耶蘇……教か。お前の時代では、皆……耶蘇教徒なのか?」
「違うよ! 何て言うか……平和な世の中だから、みんなお祭り事が好きなのよ。だから……ね、私にとって皆は大切な人……だから、皆で楽しくやりたかったのよ」
俯く私を見て玄瑞はフッと笑うと、ケーキを一千切りし、口の中に放り込んだ。
「……甘いな。だが、悪くはない」
「美味しい?」
「ん? ……あ、あぁ。旨い……と思う」
「嘘ばっかり。顔がひきつってるもん。私……料理も苦手なんだよね。ごめんね……変な物を、無理矢理食べさせちゃって」
私がそう言うや否や、玄瑞はケーキを鷲掴みにすると、ガツガツと食べ始めた。
呆気に取られている間に、ケーキは玄瑞の胃袋の中だ。
「うん……旨かった。それで? その祭りは、他には何をするのだ?」
「そんな事より、大丈夫!? あんな物を……一気に食べて、お腹壊しちゃうよ!」
「お前が毒を盛っていない限りは、大丈夫だ。生憎、昔から胃袋は強いからな」
「毒なんて盛ってないわよ!」
「そうか。なら、質問の答えを聞くとしよう」
私は玄瑞に、クリスマスについて説明する。
子供の頃のクリスマスや、大人になってからのクリスマスの祝い方など……事細かに。
玄瑞は興味深そうに、私の話を最後まで聞いてくれていた。
「さて、そろそろ良い時刻だな。今日はもう遅い。休むとしようか」
夜も更けてきた頃、玄瑞は自室へと戻り、私も床に付いた。
翌日
12月26日
目が覚めた私は、身の回りの異変に気付く。
身支度もせず、寝間着のままで広間へと飛び込んだ。
「あ……あれ! あれは何!? 一体、どういう事!?」
既に広間に居た皆は私を一瞥すると、笑顔になる。
「何かあったのか?」
「何かあったのか? じゃないわよ! 私の部屋に、たくさんの包み紙があったの! あれは……誰の仕業!?」
「包み紙……ねぇ? そりゃ、お前……さんたくろーす、じゃねぇのか?」
「……サンタクロースって……何で晋作が知ってるのよ?」
「さぁな」
そう呟いた晋作は、ニヤリと口角を上げる。
「それよりお前……早く着替えて来いよ」
「あっ……」
晋作に言われ自室に戻ると、何故か部屋には玄瑞の姿があった。
「人の部屋で何してるのよ?」
「こ……これは、だなぁ」
「今隠したのは何!? 見せなさいよ」
「これは、何でも無……あっ!」
玄瑞の手から包み紙を奪う。
それは大きさこそ違えど、ここにある他の包み紙と同じ物だった。
「どういう事?」
「これは、私からお前にだ。それと、あれが晋作から。それは俊輔からで、そっちは聞多から……こっちのは武人で……狂介のはアレだ」
「どうして……私に?」
「やりたかったのだろう? クリスマスとやらを。昨日言っていたではないか。クリスマスには大切な人に贈り物をすると。子供の頃はサンタクロースから……大人になれば、恋人からだったか? それを皆に話したら……だなぁ、晋作がお前に贈り物をと言い出したのだ。昨夜はお前を傷付けてしまったからな……償いのつもりなのだろう」
「でも……あんな時間に、お店なんて……」
「晋作が無理を言って開けさせて……だなぁ」
困ったような笑顔で言う玄瑞の姿に、思わず笑みがこぼれる。
「開けて……良い?」
「勿論だ。一日遅れになってしまったが……メリークリスマス……だったか?」
「覚えたんだ。来年は、みんなでパーティーができるね。せっかくだから、みんなにもまたケーキを作ろうかなぁ」
「い……いや、止めておけ!」
「なっ!? 何でよ?」
あのケーキは、余程不味かったのだろうか。
玄瑞の言いにくそうな表情から、私の料理の酷さを悟る。
「やっぱり……お腹壊しちゃったんだ」
「腹など壊しはせん!」
「じゃあ、不味かったのね?」
「不味くはないと言ったではないか」
「だって……」
俯く私の髪に、玄瑞は包み紙から取り出した簪をさした。
「玄……瑞?」
「お前が作ったものを……他の者に食べさせてやるのは……勿体無い……からな」
「えっ!?」
「な……何でもない。忘れてくれ……それより、他の包み紙は開けないのか?」
「あっ! そうだよね……開けてみる」
私は一つ一つ丁寧に包み紙を開けた。
晋作からのプレゼントは、華やかな柄の晴れ着だった。
俊輔からのプレゼントは可愛い帯留めで、聞多からは晴れ着に合う下駄。
武人は練り香、狂介のプレゼントは意外にも薄い桃色の紅だった。
「正月には、これらを着て皆に見せてやると良い。勿論、この簪もだ」
「……嬉しいな。皆がこうして、私の為に色々としてくれるなんて……私は幸せ者だね」
「……そうだな。お前は皆から愛されている……という事だな」
一日遅れのクリスマスプレゼント。
クリスマスなんて知らない皆が、玄瑞の話を聞いて、一生懸命選んでくれた物。
夜中に店を開ける羽目になった、店の主人には申し訳ないが……私にとっては、最高の一日となった。
「来年は……玄瑞が一番欲しい物をあげるからね!」
「そ……それは、期待しても良いという事……」
「うーん……晋作たちの欲しい物も、それまでに調べなきゃだよなぁ」
「ちょ……ちょっと待て! 晋作たちにも、一番欲しい物を贈るのか?」
「? そんなの当然でしょう? 一番欲しい物じゃなきゃ、喜ばないじゃない」
「それは駄目だ! 断じて許さないからな! そもそも、お前は一人ではないか……他はともかく、晋作が一番欲しい物など……」
「なに一人でブツブツ言ってるのよ? 皆にもお礼を言わなきゃだから、私は広間に行くよ!」
「あっ……ちょっと待て!」
玄瑞は慌てて私の後を追ってくる。
私は不意に立ち止まると、ゆっくりと振り返った。
「玄瑞!」
「なっ……何だ?」
「ありがとう!」
お礼を告げた私は、玄瑞の頬にそっと口付けると、放心状態の玄瑞を置き去りにして、広間へと駆け出した。
来年のクリスマスは……
もっと素敵な一日になりますように。




