表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
特別番外編―季節企画―
84/131

一日遅れのクリスマスプレゼント

 


 日付は遡る事、12月25日のクリスマスのことだった。


 私は、この日のために用意した物を抱え、広間へと駆け出す。



「見て、見て!」



 みんなの目の前に、私は手にしていた物を差し出した。



「何……だ、これは?」


「何って……こりゃあ新しい武器か何かだろう? やけに黒ぇしな」


「久坂サンも高杉サンも、見て分からないんですか? こりゃ、あれですよ。異国の……何だったかな……アレは。武器っちゃ武器ですが、一瞬で爆発する強力なモンですよ。こういう丸いのがあるって、前に聞いた事 がありますよ」



 私が出した物を見るなり、皆はざわめき出す。



「これのどこが武器なのよ! これは、ケーキ。クリスマスだから、ケーキを作って来たの! 美味しいから食べてみなさいよ」


「クリ……スマス? ケー……キ? 食えって……これは、食い物なのか!?」


「確かにちょっと焦げちゃったし、生クリームなんて無いから、蒸しパンみたいだけど……私がケーキと言ったらケーキなの! 良いから食べてったら!」



 私は、眉間にシワを寄せている晋作の目の前にケーキを差し出した。



「俊輔……お前が先に食え!」


「えっ!? お……俺ですか!? いやぁ……俺は今、腹が痛ぇからなぁ」


「お前、俺の言う事が聞けねぇのか?」



 私からケーキを受け取った晋作は、そのまま俊輔に渡そうとしている。


 私は晋作や俊輔のその姿に、怒り心頭だ。



「もう! みんなして何よ……せっかくクリスマスパーティーをしようと思って……作ったのに」



 私は俊輔からケーキを奪い取ると、広間を飛び出し、部屋へと戻った。


 せっかくだから、皆にもクリスマスパーティーを教えてあげようと、この日のために材料を集め、試行錯誤の末に作ったケーキ。


 小麦粉が手に入らず、米粉から作った。


 生クリームも無いから、本物のクリスマスケーキの様に華やかでは無いが、皆に少しでも食べて欲しかった……なのに……



「……酷いよ」



 私は膝を抱え、目の前のケーキを睨む。







「美奈……入るぞ?」


 玄瑞は一言声をかけると、ゆっくりと襖を開いた。


 私の隣に腰を下ろし、フワリと頭を撫でる。



「何を怒っている?」


「何を……って、皆が私の作ったケーキを食べてくれないから。私は皆と……クリスマスパーティーがしたかっただけなのに……」


「お前の気持ちは分かった……だがな。我々は、そのクリスマスとやらを知らん。ケーキという物も、お前の持ってきた物が食べ物である事も、知らんのだ。だから……少し、説明してはもらえぬか?」



 玄瑞の言葉に私は、自らの失敗に気付く。


 私の時代では当たり前の様に祝われていたクリスマスも、この時代では年中行事ではないのだ。


 確かに、説明が足りなかった私も悪い……



「クリスマスっていうのは、キリスト教……えっと、耶蘇教のお祭りの様な物で、私の時代ではこの日を大切な人と楽しく過ごすの」


「耶蘇……教か。お前の時代では、皆……耶蘇教徒なのか?」


「違うよ! 何て言うか……平和な世の中だから、みんなお祭り事が好きなのよ。だから……ね、私にとって皆は大切な人……だから、皆で楽しくやりたかったのよ」



 俯く私を見て玄瑞はフッと笑うと、ケーキを一千切りし、口の中に放り込んだ。



「……甘いな。だが、悪くはない」


「美味しい?」


「ん? ……あ、あぁ。旨い……と思う」


「嘘ばっかり。顔がひきつってるもん。私……料理も苦手なんだよね。ごめんね……変な物を、無理矢理食べさせちゃって」



 私がそう言うや否や、玄瑞はケーキを鷲掴みにすると、ガツガツと食べ始めた。


 呆気に取られている間に、ケーキは玄瑞の胃袋の中だ。



「うん……旨かった。それで? その祭りは、他には何をするのだ?」


「そんな事より、大丈夫!? あんな物を……一気に食べて、お腹壊しちゃうよ!」


「お前が毒を盛っていない限りは、大丈夫だ。生憎、昔から胃袋は強いからな」


「毒なんて盛ってないわよ!」


「そうか。なら、質問の答えを聞くとしよう」



 私は玄瑞に、クリスマスについて説明する。


 子供の頃のクリスマスや、大人になってからのクリスマスの祝い方など……事細かに。


 玄瑞は興味深そうに、私の話を最後まで聞いてくれていた。



「さて、そろそろ良い時刻だな。今日はもう遅い。休むとしようか」



 夜も更けてきた頃、玄瑞は自室へと戻り、私も床に付いた。






 翌日


 12月26日


 目が覚めた私は、身の回りの異変に気付く。


 身支度もせず、寝間着のままで広間へと飛び込んだ。



「あ……あれ! あれは何!? 一体、どういう事!?」



 既に広間に居た皆は私を一瞥すると、笑顔になる。



「何かあったのか?」


「何かあったのか? じゃないわよ! 私の部屋に、たくさんの包み紙があったの! あれは……誰の仕業!?」


「包み紙……ねぇ? そりゃ、お前……さんたくろーす、じゃねぇのか?」


「……サンタクロースって……何で晋作が知ってるのよ?」


「さぁな」



 そう呟いた晋作は、ニヤリと口角を上げる。



「それよりお前……早く着替えて来いよ」


「あっ……」



 晋作に言われ自室に戻ると、何故か部屋には玄瑞の姿があった。



「人の部屋で何してるのよ?」


「こ……これは、だなぁ」


「今隠したのは何!? 見せなさいよ」


「これは、何でも無……あっ!」



 玄瑞の手から包み紙を奪う。


 それは大きさこそ違えど、ここにある他の包み紙と同じ物だった。



「どういう事?」


「これは、私からお前にだ。それと、あれが晋作から。それは俊輔からで、そっちは聞多から……こっちのは武人で……狂介のはアレだ」


「どうして……私に?」


「やりたかったのだろう? クリスマスとやらを。昨日言っていたではないか。クリスマスには大切な人に贈り物をすると。子供の頃はサンタクロースから……大人になれば、恋人からだったか? それを皆に話したら……だなぁ、晋作がお前に贈り物をと言い出したのだ。昨夜はお前を傷付けてしまったからな……償いのつもりなのだろう」


「でも……あんな時間に、お店なんて……」


「晋作が無理を言って開けさせて……だなぁ」



 困ったような笑顔で言う玄瑞の姿に、思わず笑みがこぼれる。



「開けて……良い?」


「勿論だ。一日遅れになってしまったが……メリークリスマス……だったか?」


「覚えたんだ。来年は、みんなでパーティーができるね。せっかくだから、みんなにもまたケーキを作ろうかなぁ」


「い……いや、止めておけ!」


「なっ!? 何でよ?」



 あのケーキは、余程不味かったのだろうか。


 玄瑞の言いにくそうな表情から、私の料理の酷さを悟る。



「やっぱり……お腹壊しちゃったんだ」


「腹など壊しはせん!」


「じゃあ、不味かったのね?」


「不味くはないと言ったではないか」


「だって……」



 俯く私の髪に、玄瑞は包み紙から取り出した簪をさした。



「玄……瑞?」


「お前が作ったものを……他の者に食べさせてやるのは……勿体無い……からな」


「えっ!?」


「な……何でもない。忘れてくれ……それより、他の包み紙は開けないのか?」


「あっ! そうだよね……開けてみる」



 私は一つ一つ丁寧に包み紙を開けた。


 晋作からのプレゼントは、華やかな柄の晴れ着だった。


 俊輔からのプレゼントは可愛い帯留めで、聞多からは晴れ着に合う下駄。


 武人は練り香、狂介のプレゼントは意外にも薄い桃色の紅だった。



「正月には、これらを着て皆に見せてやると良い。勿論、この簪もだ」


「……嬉しいな。皆がこうして、私の為に色々としてくれるなんて……私は幸せ者だね」


「……そうだな。お前は皆から愛されている……という事だな」



 一日遅れのクリスマスプレゼント。


 クリスマスなんて知らない皆が、玄瑞の話を聞いて、一生懸命選んでくれた物。


 夜中に店を開ける羽目になった、店の主人には申し訳ないが……私にとっては、最高の一日となった。



「来年は……玄瑞が一番欲しい物をあげるからね!」


「そ……それは、期待しても良いという事……」


「うーん……晋作たちの欲しい物も、それまでに調べなきゃだよなぁ」


「ちょ……ちょっと待て! 晋作たちにも、一番欲しい物を贈るのか?」


「? そんなの当然でしょう? 一番欲しい物じゃなきゃ、喜ばないじゃない」


「それは駄目だ! 断じて許さないからな! そもそも、お前は一人ではないか……他はともかく、晋作が一番欲しい物など……」


「なに一人でブツブツ言ってるのよ? 皆にもお礼を言わなきゃだから、私は広間に行くよ!」


「あっ……ちょっと待て!」



 玄瑞は慌てて私の後を追ってくる。


 私は不意に立ち止まると、ゆっくりと振り返った。



「玄瑞!」


「なっ……何だ?」


「ありがとう!」



 お礼を告げた私は、玄瑞の頬にそっと口付けると、放心状態の玄瑞を置き去りにして、広間へと駆け出した。



 来年のクリスマスは……



 もっと素敵な一日になりますように。



 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ