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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第13章 京での日々
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新たな藩医

 

 

 桂サンに連れられ、私達は部屋に戻る。


 何故か、先ほどの人拐いまで付いてきていた。


 私は玄瑞にしがみつきながら、その男を睨む。



「まったく、あなた方は……どうしてこうも、騒ぎばかり起こすのでしょうねぇ。まぁ、先に紹介しなかった私も悪いのですが……」



 桂サンはゆっくりと腰を下ろし、話し始めた。



「まず、彼は人拐いではありません。彼の名は、所郁太郎。我が長州の藩医にして、医院総督を務めています」



 彼が……所郁太郎!?


 気になっていた人物に、思わぬかたちで出くわしたという事か。



「郁太郎も、見慣れぬ娘が屋敷に居たので、おおかた追い出そうとでもしたのでしょう」



 桂サンの言葉に、私は不意に思い出す。


 そういえば、何故屋敷に小娘が忍び込んだか……と呟いていたような。



「とはいえ、郁太郎も郁太郎です。女性に手荒な事をしてはなりませんよ?」


「申し訳ありません……私は、また京の娘が桂サンを一目見たさ故に屋敷に忍び込んだものかと……」



 所サンは申し訳なさそうに言った。


 またって……前にも、同様の事が有ったのだろうか?


 桂サンに会いたくて、屋敷に忍び込むなんて……ある意味ストーカー行為だろう。


 この人のモテようは、凄い……私は思わず、感心してしまう。



「そうか……彼が所殿ですか……。これは、挨拶が遅れて申し訳ない。私は久坂玄瑞……代々、藩医を務めております。先程、貴殿に斬りかかった者は高杉晋作。晋作はこの度学習院の御用掛に任ぜられ、入京した次第です」


「久坂殿、私の事は郁太郎で良い。藩医としての歴は貴方には及ばないだろう。それに医院総督とて、なり手が無いが為に任ぜられた事……本来ならば、歴の長い貴殿がなるべき役だ。ところで……この娘は何者だ? どなたかの奥方か?」


「では、郁太郎殿。私も久坂殿でなく、玄瑞とお呼び下さい。彼女は、桜美奈。残念ながら、私共の妻ではありません」


「ならば、何故屋敷に居る? 奥方でないなら、妾か何かか?」


「それも違いますよ。実は、美奈には多少の医術の覚えがありましてね。そうだ……もし、宜しければ郁太郎殿の元で遣ってやってはもらえはしないだろうか?」



 玄瑞は思い付いたかのように、突拍子もない事を言い出した。


 そんな事を言われても……正直、気が進まない。


 先程までは彼に興味があったが、どう見ても気難しそうな人物だ。


 厳しそうなこの人の元で医学を学ぶより、玄瑞に教えてもらう方が断然良いに決まっている。



「ちょっと……勝手に何を言っているのよ。医術なら、玄瑞が教えてくれているじゃない。それで十分でしょう?」


「私では限界がある。知識ならば教える事は容易いが、経験となれば別だ。やはり実践を積むに越したことはない。いつか言っていただろう? 外科医術に長けた者は居ないかと」


「それは……そうだけど。でも!」


「お前がこの時代で何をしたいのかを、よく考えてみろ。お前は私達と共に、攘夷活動をしたいわけでは無かろう? 私達を救いたいのだろう?」


「……っ」


「しばらくは、私も晋作も忙しい日々となるだろう。お前に構ってやる時間も、あまり無いやもしれん。この機会に、己を高める事も良いのではないか?」



 玄瑞の言葉に少し考え込む。


 私はどうにも、目先の楽しい事を優先してしまいがちだ。


 でも……玄瑞の言う通り、私は尊王攘夷だとか政治だとかをしたいのではない。


 医療でもって、双璧や長州の役に立ちたいのだ。


 私はコクりと頷くと、郁太郎に向き直った。



「郁太郎! 私に貴方の診療を手伝わせて。お願い!」


「……断る」


「はぁ!? 意味分かんない。そこは、あっさりと承諾するところでしょう? それを断るとか……アンタ少しは空気読みなさいよ」



 何故断られたのか、全くもって理由が分からない。


 郁太郎は、冷たい表情で私を見ている。



「そもそも、何故お前に名で呼ばれなければならない?」


「だって、郁太郎で良いって自分で言ったじゃない」


「あれは玄瑞に言ったんだ。それに……私は、お前の力量の程を知らん。女など血を見れば、ぎゃあぎゃあ騒ぐに決まっている。お前からは、真剣さが感じられん。医術は、遊びではないのだ……よって、この件は申し訳ないが了承できぬ。……失礼」



 郁太郎は言いたい事を言いたいだけ言うと、私が反論する隙すら与えずに、そそくさと部屋を出て行ってしまう。



 血を見て騒ぐ?


 そんな事しないわよ。


 将来の夢は、救急認定看護師なんだから!


 救急救命病棟で働きたいと思ったきっかけは……今はまだ秘密だ。


 我がとにかく、私としては血だろうが内臓だろうが、もう何でも来いだ。


 それをどうやって郁太郎に分からせれば良いのだろうか。


 私は頭を悩ませる。



「すみませんねぇ……郁太郎は腕は良いのですが、人付き合いが上手くないところもありまして……私からも何とか、言ってはみますが……」



 桂サンは申し訳なさそうに言った。


 この歯切れの悪い言い方から察するに、きっと桂サンが言っても無理だろう。


 ここで諦めるのが得策か……



 否!



 認めてもらえないならば、認めさせるまでだ。



 私は郁太郎を追うため、部屋を飛び出した。

 

 


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