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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第13章 京での日々
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桂の指示

 

 

 

 翌日


 目が覚めた私は、広間へと向かう。


 広間には、既に皆が揃っていた。


 昨日の酔いが残っている者も多く、晋作と桂サン以外は気分が優れないといった様子だ。






「あれ? 武人と狂介は?」


「二人は所用にて少し出ている。夜まで戻らないだろう」


「……そう。それより、玄瑞の体調は大丈夫?」


「あぁ、問題はない。全てはお前のお蔭だ。礼を言う」



 私が玄瑞の隣に腰を下ろすと、桂サンが私たちに話し掛けた。



「俊輔も聞多も……もう昼も間近だというのに何ですか……だらしのない。長州男児ともあろう者が、あれしきの酒でかようになるとは……あぁ、情けない」


「桂サンが強すぎるんだって……」


「俊輔! 何か言いましたか?」


「……いえ、何でもありません」


「なら良いのです。それはそうと、皆さんは覚えていますか? 昨夜の約束を……」



 桂サンは急に笑顔になると、楽しそうに尋ねた。


 そう言われてみれば、私以外はまだ桂サンの命を受けていないのだ。



「まずは聞多と俊輔……二人に命じます。貴方たちは、英国に行きなさい。そこで見聞を広め、多くの技術を会得して来るのです」


「えっ……英国!? いくら何でも、昨夜の戯れに対する命令としては、明らかにその範疇を越えています。渡航など出来る筈がありません。それに……俺らも桂サンらと共に攘夷運動をと……」


「確かに此度の渡航は密航です。先に言っておきますが、別に昨夜の命令として急に考え付いた訳ではありませんよ? あなた方に命ずる事が思い付かなかったので、こうしたまでです。元よりこれも藩主の命……既に、内々で決まっていた事。是非とも、異国の情勢を存分に探って来て下さい。それから、二人はすぐに江戸を発ち、萩に戻りなさい。藩主より正式な内示を受ける事でしょう」


「……分かりました」



俊輔も聞多も何だか納得の行かないような表情を浮かべていたが、それ以上反論する事は無かった。



「そして晋作です。貴方は京にて学習院御用掛として、尽力する事。今まで何度も断ってきましたが、此度はそうも行きませんよ。何せ、昨夜の晋作は私に負けたのですからね。京の屋敷にて、正式に内示を受ける事でしょう。それにしても……あなた方は、少々派手にやりすぎましたね? 我が殿は、危惧されていました。よって……晋作を江戸より召還させるようにとの事。分かりましたね?」


「御用掛たぁ、俺の性にゃ合わぬと思うが……まぁ良い、いい加減断る理由も思い付かなくなってきたからな。それに近々、徳川も上洛するんだろう? ならば、面白ぇモンも見られそうだ」


「おや? 此度も、多少は駄々をこねるかと思いましたが……案外あっさりと了承しましたねぇ。晋作は江戸よりも、京の方がお好みですか?」


「まぁな……江戸の女にゃ飽き飽きしていたところだ。やはり江戸の女より京の女の方が、俺の肌には合うのさ。江戸の女はやかましい上に淑やかさが足りねぇ……やはり祇園や島原の女にゃ劣るな」


「晋作! 私は貴方に、京へ遊びに行けと言っているわけではありませんよ。まったく……貴方程、本能に忠実な男は見た事がありませんよ」



 桂サンは深い溜め息を一つついた。


 晋作の女好きには困ったものだ。


 それにしても晋作は、やはり淑やかな女性が好みなのか……私とは正反対の女性が。


 何だかんだ言っても男に好かれるのは、守りたくなるような、か弱いタイプなのだろう。


 女の子らしくて、可愛らしいタイプ……


 男勝りで気が強くて、キツ目な顔立ちの私とは真逆の女の子。


 可愛らしい女の子が羨ましい。


 そんな事を考えながら、私も溜め息をついた。



「溜め息をついて……一体、どうしたのだ?」


「自分に嫌気がさしただけよ。気にしないで」


「嫌気って……お前」



 私と玄瑞がこそこそと話していると、桂サンが割って入ってくる。



「二人は何を話しているのです? 昨夜はあれだけ時間を与えたというのに、話しきれなかった事でもあるのですか?」


「いえ……そういう訳では……」


「そうですか……では、玄瑞。最後に、貴方への命です。貴方は私と京にて、様々な活動を手伝って頂きましょう。その功績によっては上層部より、貴方の士分取り立てすらも視野に入れてもらえる事かと思います」


「心得ました……是非とも、お供させて頂きます」



 長州五傑はイギリスに留学する。


 双璧と私は、京へ行く。


 ここで仲間たちの行く道は、大きく別れる。


 しばらくは大勢で楽しくお酒を酌み交わす事もない。


 何だか、言い知れぬ寂しさを感じた。



「ところで、学習院御用掛って何?」


「要するに、晋作は役人になるという事ですよ」


「役人? それって……凄い事じゃない! どんな仕事をするの?」


「仕事……というより、政治に対する意見交換を行うと言った方が的確でしょうか。つまりは……学習院とは、志ある者たちの意を天子様にお聞き入れ頂ける場なのです。各藩より有能な者が集められ、役人として任命されるのです。これが御用掛というものですよ」



 桂サンの説明を必死に聞くが、イマイチ良く分からない。


 しかし、天皇に会える上に意見を聞いてもらえるのだから……やはり、凄い事なのだろう。


 役人という地位も、それを物語っている。



「何度も言うようだが、俺には役人なんざ性に合うたぁ思えねぇ。桂サンや玄瑞の方が余程、適任だと思うがな」


「こればかりは、どうにもなりませんよ。家柄も関わってきますからね。せいぜい、粗相をしないよう留意して下さいね」


「気は向かねぇが……覚えておいてやらぁ」



 こうして俊輔や聞多はその日の内に江戸を発ち、私達は約二週間後に江戸を発つ事となった。


 八月の政変までの半年近くは、長州の者である私達も大手を振るって京の街を歩くことができる。


 さて……


 京ではどんな楽しい事が待っているのだろうか。


 今から既に、私の胸は高鳴っていた。






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