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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第12章 弔い
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辿り着いた先

 

 

 

 とある場所で、晋作は馬を止める。


 ここはどうやら宿のようだ。


 訳も分からないままに馬から下ろされると、晋作は私の手を引く。



「ねぇ……確かに眠いって言ったけど、別に藩屋敷まで我慢できるよ。わざわざ、宿なんかに泊まるなんて勿体なくない?」



 引っ張られながらも、私は晋作に尋ねた。


 しかし、その答えは返っては来ない。


 やはり何か怒っているのだろうか?


 考えても考えても、その訳は分からない。


 晋作は部屋に向かう途中で、宿の主人に食事と上物のお酒を持ってくるよう言っていた。


 もしかして、みんなとの酒宴が嫌だったのか?


 本当は私よりも、晋作の方が疲れていて……早く休みたかったとか?






「疲れているなら、そう言ってくれれば良いのに……何も言ってくれないから、全然気付かなかったよ」



 私は部屋に入るなり、晋作の背中を叩きながら言った。



「別に、俺ぁ疲れてなんざいねぇさ。お前がやけに眠たそうだったから……ここに来たまでだ。屋敷に戻るよりは、この宿に泊まる方が近ぇんだよ」


「私の……為?」


「それ以外に何の理由がある?」


「えっ……あ……ありがとう」



 やっぱり変だ。


 晋作の優しさは、とっても分かりにくい優しさのはず……しかし何故か、昨日から急に分かりやすい優しさに変わっている。


 分かりやすい優しさをくれるのは、晋作じゃなくて玄瑞の役目なのに。



「なぁに呆けてやがる。飯が冷めんぞ? それより、今日はお前も……飲むか?」


「あ……いつの間に。えっと、もちろん飲むよ!」



 ぼうっと考え事をしている間に、食事が目の前に運ばれて来ていた。


 食事と晋作を交互に見ると、私は晋作から杯受け取る。



「飲んで食って……さっさと寝ろ。俺ぁ、しばらく一人で飲んでから休む。食事が済んだら、気にせず先に休んで良い」


「そ……そう」



 晋作を眺めながら箸を進める。


 やはり、この違和感は拭い去れない。


 何か企んでいるのか問い質したいが……それを口にして、先程はやたらと不機嫌にさせたばかりだ。


 今日のところは、気にせず先に寝るのが得策……か。



「なんだ、何か言いたい事でもあんのか?」


「い……いや、別に……」


「そうか。今日は、やけにおとなしいじゃねぇか。どうした? そんなに疲れてんのか?」


「そんな事は無いよ。ただ……」


「何だ?」



 晋作は不思議そうな顔で私を見ている。


 何だか射抜かれてしまいそうな程の鋭い視線に、この先の言葉を発して良いものか戸惑ってしまう。


 正直、眠気なんてものはとうに無くなってしまっている。



「言いてぇ事があるなら、ハッキリ言えや。しおらしいのは、お前らしくなくて気味が悪ぃ」


「気味が悪いって何よ? 私はただ……どうして、晋作が急に優しくなったのか気になって……って。えっとね、いつもが優しく無いって意味じゃなくって……いつもより、分かりやすくて……うーん、上手く説明できないや」


「お前の言いたい事は、何となく理解した。お前には、俺が変わった様に感じるのか?」


「ハッキリ言うと……そう」



 私の答えに、晋作は何故か満足そうな表情を浮かべる。


 その理由は、私には分からなかった。



「お前がそう感じたならば、それで良い」


「どういう……意味?」


「気が変わった……ただ、それだけさな」


「だから、回りくどすぎて意味が分からないんだってば!」



 徐々に苛立ちを増していた私は、つい声を荒げてしまう。


 そんな私の様子を見ても、晋作はただただ笑うだけだった。



「お前は……俺が優しくするのが気に入らねぇのか?」


「そ、そういう訳じゃないよ。そりゃあ、優しくされたら嬉しいもの。でも……何だかむず痒いや」


「嫌でねぇなら構うまいよ。さっきも言ったが……要は、気が変わったって事さな」


「だから! どんな風に変わったかが……気になるんだけど」


「お前は質問ばかりだな。そうさなぁ……お前は殊の他、面白ぇからなぁ。玄瑞に独り占めさせるのも、つまらねぇと思ったのさ」


「独り占めって……何それ? 私たちはいつも三人一緒に居るじゃない。……それに、今は晋作が独り占め……してるよ?」



 私が何気なく発した一言に、晋作は一瞬目を見開くと、すぐに大笑いした。



「なっ……何が可笑しいのよ!?」


「お前が意外な事を言うからだ。いつの間に、そんな手練手管を覚えた?」


「手練……手管?」


「なんだ、意味すら分かっちゃいねぇのか。やっぱり、お前は面白ぇ。クク……一つ、訂正だ」


「は? 訂正って、何を?」



 晋作は杯を置くと、おもむろに私の頭を撫でた。



「村塾で……先生と過ごした時間は、確かに面白ぇモンだった。俺ぁ、お前にそう言ったな? だが……今の方が余程、面白ぇ」


「晋……作?」


「とにかく……だ。美奈、お前は……絶対に死ぬんじゃねぇ。1日……いや、例え半刻でも良い。俺や玄瑞より、長く生きると約束しろ」



 意表を突くような言葉と真剣な眼差し……そして、頭に感じる晋作の手の温もり。


 晋作の儚げな表情に、何だか胸が苦しくなる。



「そんな約束なんて……御免よ。私は死ぬつもりも無ければ、晋作や玄瑞を死なせるつもりも無いわ。私たちは生きて、新しい時代を見るの。明治の世を何十年も見ながら……年老いて死んでいくのよ。その時は……きっと、みんな一緒よ? だって……三人の誰かが、その中の誰かを看とるだなんて……寂しいじゃない」


「クク……そうかい、そうかい。年老いてまで、三人共に居るたぁ……これまた上等さな。三人同時に逝けるかは分からねぇが……まぁ、覚えておいてやらぁ」


「でも、晋作が一番早く死んじゃいそう……だって、不摂生な生活ばかりしてるんだもん。だいたい晋作は、お酒を飲み過ぎなのよ」


「誰に何と言われようとも、酒と女は……止められねぇなぁ」


「そんなんだから、結核が……」



 そこまで言いかけて、私はハッとする。


 そうだった……晋作は……明治の世が訪れる寸前に結核が発症して……死ぬんだ。


 嫌な事を思い出し、思わず身震いする。



 晋作は、子供の頃から身体が弱くて、よく熱を出していたと前に言っていた。


 抵抗力の無さと、不摂生な食生活……そして、この先の過労。


 これらはきっと、肺結核を発症させるには十分な因子だろう。



 そもそも、この時代のほとんどの人が、結核菌の保菌者だ。


 保菌者は不顕性感染……つまり、感染はしていても症状が出ていないだけの状態で、いつ発症しても不思議ではない身体のまま、他の人にうつす感染源となっている事が多い。


 ずっと忘れていたが、そんな中に居れば……私だって、結核に罹ってしまう。


 というか、むしろ……この時代の人々より清潔で衛生的な生活をしていた私の方が、余程……罹患しやすいのかもしれない。



 私は、いつか松陰先生と約束をした。


 二人を……明治の世まで、導くと……


 それには、結核などに負けている場合ではない。



 早く……何とかしなくては……



 この時代の日本の医者……いや、異国の医者でも構わない。


晋作を……生き永らえさせる手だてを、共に探してくれるなら、何処の誰でも構わない。


 ただ漠然と、そんな事を考えていた。



「おいおい……何て面ぁしてんだよ。俺ぁ……まだ死にゃしねぇよ」


「あ、当たり前よ……絶対に……絶対に、死なせはしないんだから! 私は必ず見付けてみせる……皆が一緒に居続けられる道を……」


「お前は本当に……いや、何でもねぇ」



 晋作は何かを言いかけて口をつぐむ。

 

 聞き返したかったが、何だかそんな雰囲気ではない。


 私たちの間には、静かでゆったりとした時間が流れていた。


 この静寂も沈黙も、決して嫌ではない。


 それどころか、心が落ち着くような気さえする。


 こんな夜も……たまには、悪くはない。








「玄瑞……心配してるかな?」


「こんな時まで、アイツの話かよ」


「だって……外泊するなんて言わなかったじゃない。きっと、心配してるよ?」


「武人が気ぃ利かせて、屋敷に寄るだろうよ。アイツは、よく気が回る男だからな……心配ねぇさ」


「なら……良いけどね。さてと……程よく酔いが回ったところで、今日はもう寝よっかなぁ。晋作は? まだ寝ないの?」



 私はゆっくりと立ち上がる。

 

 そんな私を、晋作は見上げた。



「俺ぁ、まだ休むつもりはねぇんだがな。なんだ不満そうな面ぁしやがって……独り寝が寂しいのか? それならば、特別に……相手してやろうか?」


「っ……そうね。じゃあ……相手、してよ」


「なっ!? お前……意味分かって言ってんのか?」


「勿論! 分かって言っているのよ」



 いつもからかわれている事へのお返しに、わざと晋作のからかいに便乗する。


 普段とは異なる私の反応に、珍しく晋作は動揺している様だ。


 その様子が新鮮で、面白い。


 してやったり……とばかりに、私は心の中でほくそ笑む。


 あとは笑ってこの場を去るだけ。



「後悔……しねぇか?」


「は!? 何言って……」


「お前はそれで、後悔しないのかって聞いてんだよ」



 不意に掴まれた手首から伝わる体温が、何故かいつもより熱く感じる。


 私の答えを待つ事なく、晋作はゆっくりと立ち上がった。


 私よりほんの少しだけ大きい、晋作の背丈。


 同じくらいの背丈が、その距離をより近いものに感じさせる。



「沈黙は……肯定……か?」



 頬にそっと触れる晋作の手にビクッと肩を震わすと、反射的に目蓋をギュッと閉じた。








「痛っ……痛い! 痛いってば!」



 そっと触れられていたはずの晋作の手は、あろう事か私の頬を思い切り引き伸ばしている。


 その力強さは、晋作の怒りの程をうかがわせるようだ。



「お前が俺に謀をするなんざ、百年早ぇんだよ! そもそも……雰囲気に流されて、阿呆面してんじゃねぇ!」


「阿呆面って何よ? だいたいねぇ……いつも、晋作がそうやって私をからかうから悪いんでしょう? だから、たまには逆にからかってやろうって思うんじゃない!」


「お前という奴は……本当に馬鹿女さなぁ。呆れて物も言えねぇ」



 晋作は突然私から手を離すと、その場に腰を下ろし深い溜め息を一つついた。



「お前は、もっとよく考えてから行動しろ。そんなんじゃあ、いつかは守りきれなくなっちまう。……いつも、俺らがお前の傍に居られるとは限らねぇからな」


「守ってもらわなくても結構よ。私だって……そこそこ強いもの」



 私は、自分の刀にそっと触れながら言った。


 その姿に、晋作は呆れ顔を浮かべている。



「そういう意味じゃ、ねぇんだがな……」


「っ……そんなに心配に思うなら、常に近くに居れば良いじゃない。晋作も玄瑞も……私から離れなければ良いのよ」



 私は晋作に言い放つ。



「うちの姫君は、相変わらず気が強ぇなぁ。なぁ……双璧の姫君さん?」


「な……何でその言葉を知っているのよ!?」 


「俊輔が言っていたからな……まぁ、お前は姫君なんて柄じゃねぇが、中々面白ぇ呼び名じゃねぇか」


「やっぱり、失礼な奴!」



 私は頬を膨らませると晋作に背を向け、そそくさと布団を敷き、潜り込んだ。



「お休みなさい!」 

 

「クク……よく休め」 

 


 笑いながら言う晋作の言葉を聞きながら、私は眠りについた。



 翌日



 藩邸に戻った私達が、玄瑞にやたらと怒られたのは言うまでもない。



 


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