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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第12章 弔い
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それぞれの想い

 

 

「ただいま!」



 藩邸に戻るなり、私は勢いよく広間の襖を開ける。


 しかし、そこには何故か晋作の姿しかなく、玄瑞の姿は見当たらなかった。



「あれ? 玄瑞は?」


「玄瑞ならば、部屋で拗ねているさ。とにかく、お前のせいで大変な事になってんだよ! 俺ぁ面倒事は御免だと、常々言っているというのに……お前ときたら原因の種を撒いておきながら、こんな時間まで武人と二人きりで、一体何処に行ってやがった!?」


「何処って……お団子を奢ってもらっていただけだよ? それよりさ、大変な事って……何かあったの?」


「アイツが……玄瑞が部屋から出てこなくなっちまったのさ。先刻のお前の言葉が、相当ここに効いたらしい」



 晋作は苦笑いを浮かべながら、自分の胸を手で撫でる。



「何それ……意味分かんない。まぁ……良いや。私、玄瑞を呼んでくる!」


「もとより、お前の仕出かした事だ……お前がキッチリ、何とかするのが筋さな。まぁ、そういう事だからな。責任持って、玄瑞の機嫌をなおして来いや」



 気だるそうに言う晋作の言葉を聞きながら、私は広間を出て玄瑞の居る部屋へと向かった。







「玄瑞? 入る……よ?」



 部屋の外から声を掛けるも、玄瑞の返事はない。


 晋作が、玄瑞は部屋に居ると言っていたのに……


 不審に思いながらも、私は襖を開ける。



「うわっ!」



 襖を開けると、そこには布団に包まれた丸い物体があった。


 玄瑞はこの布団の中に居るのだろう。


 私は声を掛ける事なく、ゆっくりと布団を引き剥がした。



「こんな所で丸くなって……何やってるのよ? これは一体、何のつもり?」


「放っておいてくれ!」



 玄瑞はそう一言だけ言うと、折角剥がした布団を私から奪い取り、先程の丸い物体へと戻ってしまった。


 何故こうなってしまっているのか、全く分からない。


 しかし、晋作は私の言葉のせいだと言っていた。


 私は何かイケナイ事を言ってしまったのだろうか?


 考えても考えても、心当たりなど無かった。


 仕方がないので、私はその丸い物体に背中を付ける様にして腰を下ろした。



「ねぇ……何を怒っているの?」



 静かに尋ねるも、やはり返事はない。



「言ってくれなきゃ……分からないよ?」



 どうして私は無視されているのだろうか?


 疑問に思いつつ、深い溜め息を一つついた。



「晋作がね……私の言葉のせいだって言ってた。私、何か嫌な事を言っちゃった? だから、私の事……嫌いになっちゃったの?」



 一方的に問い掛け、玄瑞の返事を待つも……その答えが返ってくる事は無かった。


 沈黙は肯定……か。


 謝ろうにも、私の言葉の何が玄瑞を傷付けたのか分からない。


 そんな状態で、形だけ謝ったとしても無意味だろう。



「口も……利きたくないって訳だ……」



 このまま此処に居ても仕方ないと悟った私は、ゆっくりと立ち上がる。


 晋作に……相談しよう。


 そう思った時だった。



「お前が……悪い」



 玄瑞の呟く声を捉えるのが早いか、私が振り返るのが早いか……気付けば、私は後ろから玄瑞に囚われていた。



「何で……私が悪いのよ? 心当たりなんて無いわよ」



 苦しい程に締め付けられる身体に困惑しつつも、気丈に答えてみせる。



「勝手な事ばかり言って、武人などと遊び歩くお前が悪い」


「遊び歩いてなんて……」


「私の心中など、気にも留めないお前が悪い」


「人の気持ちなんて、分かるわけ無いじゃない」


「文を大切にしろと……文と仲良くしろなどと……言うお前が悪い」


「なっ……何でよ!? そんなの……当たり前の事じゃない」



 私の言葉に、玄瑞は腕の力を更に強めた。


 流石にこれは苦しい……少しは体格差を考えてほしいものだ。



「どうして、お前は分からない? どうして、分かろうとしない? どうして……お前には……伝わらないのだ?」


「どうしてって……言われても……」


「私は、こんなにも……」



 玄瑞の言葉は、漠然とし過ぎている。


 何が言いたいのか、イマイチ伝わって来ない。


 玄瑞が何に傷付いて、私に対して何を求めているのか……私の頭の中に、いくつもの疑問符が浮かぶ。


 とりあえず、今ハッキリしている事は……抱き締められているその力の強さが、私にとっては……かなり……苦しいという事だ。


 心窩部にくい込む手……その手が感じさせるものは、痛みなのか息苦しさなのか……もう何だかよく分からない。


 心も身体も苦しい。


 そう……呼吸もままならない……程に……








 ゆっくりと目蓋を開く。


 その時、一番に目に入ったのは……広間の天井と、心配そうに私を覗き込む玄瑞と晋作の姿だった。



「目が……覚めたか。先刻は、本当にすまなかった。まさか……意識を無くしてしまうとは……私は、医者失格だな」


「ったく……玄瑞は、何やってやがんだ! お前は美奈を殺す気か!? だいたいなぁ……少しは力加減を考えやがれ! コイツぁ一応は女なんだ。女ってぇのはなぁ……存外、脆いモノなんだよ! そんな事も分かんねぇのかよ!」


「っ……面目無い」



 私が目を覚ますなり、晋作は凄い剣幕で玄瑞に怒鳴り散らす。


 こんな風に憤慨する晋作は、初めて見たような気がする。


 何か声を掛けなくては……そう思うも、口内が渇いているせいか上手く声を発する事ができなかった。



「で……お前の気は済んだのか? 誰が何を言っても出て来やしなかったくせに……一体どんな心情の変化なのかねぇ?」


「致し方あるまい。コイツが倒れてしまったのだ……あのまま部屋に籠っている場合ではなかろう」


「フン……その原因を作ったのは、誰なんだという話だがな」


「っ……すまん」



 チクチクと嫌味を含めた言い方をする晋作と、ひたすら謝り続ける玄瑞。


 そんな二人の姿に、心が痛む。


 私の目に映る二人に向けて、私はゆっくりと両手を伸ばした。



「どうした!? 苦しいのか?」


「おい! 何だ、何か言いてぇのか!?」



 二人は同時に私の手を取る。



「ごめん……ね」



 私の口からやっと出た言葉は、謝罪の一言だった。



「何故お前が謝る……悪いのは……私だ」


「悪いのは私だよ。未だに玄瑞が怒った理由が……分からないんだもん。あんな風に言われてもね……私、分からないの。本当に、ごめんなさい」


「美……奈?」


「でもね、分かろうとしない訳じゃないの。玄瑞の気持ちも想いも……晋作の気持ちも想いも……どちらも、察する事が出来るようになりたいと思っているのよ? ただ……人の気持ちを理解するのは、少し苦手なの。だから……ごめんね? 傷……付けちゃったんだよね?」


「もう……良い。些細な事だ……だから、気に病む事も無い」



 結局、何が理由だったのかは分からず終いだったが、玄瑞はこうやって普段通りの笑顔を向けてくれている。


 きっと……許してもらえたのだろう。



「本当に些細な事さな。どこぞの馬鹿女に袖にされ、加えて他の女との仲を取り成そうとされ……挙げ句の果てにその馬鹿女は、武人の奴と遊び呆けて居やがった訳だ。そりゃあ、玄瑞も拗ねるわなぁ?」


「す……拗ねてなどおらん!」


「ほぅ? ならば、拗ねたフリか? 拗ねたフリして上手い事部屋に連れ込んで……気ぃ失わせた訳だ……随分な事をしてくれるじゃねぇか」


「ご……誤解だ! お前は何か勘違いをしていないか? 言っておくが、疚しい事など何も無い。変な言い回しをしないでもらおう」



 いつもであれば、とっくに言い争いは終わっている筈なのに……何だか今日の晋作は、変だ。


 こんな風に、いつまでも玄瑞を責めるなんて……


 晋作の言動に、私は違和感を感じる。



「そりゃあ悪かったなぁ……堅物のお前が、手際よくコイツをどうこう出来る筈がねぇもんな? 俺の考え過ぎさな」


「なっ……何が言いたい!?」


「ただ単に、気が変わった……という事さ」



 晋作は、困惑している玄瑞に向け不敵な笑みを浮かべると、ゆっくりと立ち上がる。


 そのまま玄瑞へと近付いた晋作は、肩に手を置き、玄瑞の耳元で何かを告げる。



「っ……晋作!」



 玄瑞はその言葉に、即座に晋作を睨み付けた。


 晋作は一体……何と言ったのだろう?


 私は上体を起こすと、晋作を見上げた。



「そんな面ぁすんじゃねぇよ。俺ぁ少し出掛けてくる……なぁに、明日の件で武人に用があるだけさな。土産を持ってきてやるから、おとなしく寝てやがれ」



 先程までの険しい表情とは一変、晋作は私に笑顔を向けると、そっと頭を撫でる。



「玄瑞と張り合うのも、村塾以来さなぁ……これからは一層、面白くなりそうだ」



 晋作はそう呟くと、屋敷を後にした。



 その言葉の真意が分からない私と、その言葉から何かを察している様子の玄瑞。



 残された私達の間には、何とも言えない……重苦しい空気が流れていた。





 



 


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