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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第1章 長州へ
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その男、高杉晋作

 

 

高杉さんは私と久坂さんを見比べると、ニヤついた表情になる。


今の私には、その表情すら腹立たしかった。



「で? 妾を自宅に連れてくるなんざ、正気の沙汰とは思えねぇなぁ、久坂」


「妾なんかじゃないもん!!」



私は高杉さんに食って掛かる。



「こりゃあ、随分と怖ぇ女だなぁ……綺麗な顔はしちゃあいるが、どうにも気が強すぎるな。久坂はこんなのが好みだったか? 何にせよ、てめぇの女くれぇちゃんとしつけろよ」



言いたい放題言う高杉さんを、私はキッと睨んだ。



「妾などではない。高杉、お前と一緒にしてくれるな」



久坂さんは深く溜め息をつく。



「そんなら、この女は何者だ?」


「それは……京で行き場を失って居たのでな。捨て置くこともできず、萩に連れてきたまでだ」


「久坂ぁ……お前はいつからそんな善人になったんだよ? だいたいなぁ、女は犬猫じゃねぇんだ。いくら行き場がねぇからと言って、一人一人わざわざ拾っていたら、いつかは身を滅ぼすぞ?」


「……大きなお世話だ!」



言いたい放題言った高杉さんは、徐に私に視線を移す。



「お前……名は?」


「……美奈」


「そうか……美奈か。そうだなぁ……お前が久坂の女じゃねぇなら……俺が囲ってやろうか? こいつよりは、お前に良い暮らしをさせてやることが出来るぞ? こう見えてこの辺りじゃあ、名の知れた名家だからな」


「高杉! ふざけるのは止せ!」



久坂さんは、咄嗟に高杉さんから私を遠ざける。



「あのねぇ……勝手に盛り上がっているところ悪いけど、私は誰の女にもなりません!! そもそも高杉さんにだって奥さんが居るんでしょ? 久坂さんのことは知らなかったけど……高杉さんのことは知ってる!」


「ほう……初対面のお前が、俺の何を知ってるんだ?」



高杉さんは不敵な笑みを浮かべた。



「高杉さんにはマサさんって言う奥さんの他にも、やたらと妾が居るんでしょう? 男なんてみんな同じで短絡的なのよ……だいたい、二人も三人も女をはべらせて何が楽しいの? そんな人の女になんて、絶対になりたくないし! ……女を馬鹿にしてると、アンタこそいつか身を滅ぼすわよ?」


「ば……馬鹿!」



私の言葉に、久坂さんの表情が曇る。



「お前……何故、俺のことやマサのことを知っている?」



高杉さんは久坂さんを押し退け、私の顎を掴むと低く冷たい声で尋ねた。


私はその禍々しい雰囲気に呑まれないよう、必死に高杉さんを睨み続ける。


まさに一触即発といったところだろうか。




「あらあら、外で何やら声がするかと思えば……お帰りになられたのですね? それに、高杉さんまでご一緒でしたか。あ……そちらお嬢さんは……もしや高杉さんの好い人かしら? こんな所で見つめ合うなど……仲がお宜しいのね」



私と高杉さんが睨み合う最中、屋敷から一人の女性が現れる。



「……文」



どうやらこの女性が、久坂さんの奥さんの文さんのようだ。



「いずれにせよ、客人を外に立たせたままでは久坂の家の者として申し訳が立ちません。さあ皆様、どうぞ此方へいらして下さい」



私は此処から立ち去ろうと思っていたのに……そんな思いも虚しく、半ば強引に私たち三人は屋敷内に案内される。


促されるままに客室に入ると、文さんはお茶を出し部屋をあとにした。






「さぁて、先刻の話といこうか? ……何故、お前は俺のことを知っている?」



高杉さんは私に詰問する。



「それは……」



私が口ごもると、代わりに久坂さんが口を開いた。



「美奈は、先の世の者……だからだ」



久坂さんは表情すら変えずに言った。



「はぁ!? 先の世だぁ? 久坂……お前、京で頭でも打ったか? それとも京で何か辛ぇことでもあったのかよ? 医者でも呼ぶか? って……お前も医者か」



高杉さんは、心底久坂さんを心配している様子だ。


そんな高杉さんのような反応が一般的なのは、当然だろう。



「ば……馬鹿にするな! 頭など打ってはおらん。これが本当の話なのだから仕方があるまい」


「おいおい……そんな馬鹿げた事がまかり通るとでも思ってんのかよ。だいたい……証拠はあんのか?」


「そんなものは……無い!」


「話になんねぇな……そもそも、お前は馬鹿げた夢物語を語るような男ではなかった筈だ。京に上って何かあったとしか思えねぇな」


「だから、何もないと言っている。お前もしつこい男だな」



二人の会話は、いつまで経っても平行線。


このやり取りはいつまで続くのだろうか?



「久坂さんには悪いけど……私、ここを出る!」



雰囲気の悪さに耐えきれず、口を開いた。



「何を言っているのだ。お前のような娘がここを出て……一体どうする? 行く末は置屋か野垂れ死にか……そんなことをさせるわけにはいかぬ。私を納得させるだけの理由が、お前にはあるのか?」


「それは……ない……けど」


「ならば認めん! 行き場も無いのにここを出たところで、生きては行けまい」


「でも……」



私は反論しかけたが、再び口をつぐむ。



「美奈……お前、何かできるこたぁねぇのか?」



しばらくおとなしくしていた高杉さんは、不意に私に尋ねた。



できる事……。



必死に頭を巡らすも、何も思い付かない。


この時代での私は、本当に無力なただの小娘だ。



「そうだ! 医術……美奈は医術の覚えがあると言っていたな?」



久坂さんが思い付いたように言う。



「医術……か、そんなら話は簡単だ。美奈が久坂の嫁に気兼ねして、此処を出ていくと言うしょうもねぇ理由ならば……お前は藩医の見習いになりゃあ良い。幸い、久坂の家柄は長州の藩医だ。名目上だけだとしても……弟子として置いてもらえ」


「流石は高杉! それは名案だ。礼を言うぞ」


「でも……本当に大丈夫? やっぱり……文さんと久坂さんの邪魔になりそうで……だってほら、ご夫婦の中に居候するなんて申し訳ないじゃない」


「案ずるな……邪魔になんてなりゃあしねぇさ。何せ、久坂はどうしてもお前を手元に置きたいようだからなぁ? ならば……それしかあるまいよ」



高杉さんは久坂さんを一瞥すると、そう呟いた。



「まぁ……それは置いておくとして、だ。どうだ美奈、これならばお前が気兼ねすることも無いだろう?」



私はまだ戸惑ってはいたが、衣食住を手に入れられるのは願ってもないこと……ここはその好意に甘え、返事の代わりにコクりと頷いた。



「そうか! ならば早速、部屋を用意させよう。お前が気兼ねせず寛げるよう、部屋は離れの方が良いな……少し待っていてくれ」



久坂さんは急に笑顔になると、ブツブツと独り言を言いながら部屋を去って行った。






 残された私と高杉さんは微妙な空気の中、久坂さんの戻りを待っていた。



「おい、美奈……」


「……何よ?」


「お前、随分と久坂に気に入られたなぁ? まぁ……文の面構えじゃあ、お前のような見た目の良い女に興味を起こすのも分からなくねぇがな。アイツはなあ、予てから嫁には美しい女が良いと言っていたのさ……だがまぁ、師の願いを無下にできず仕方なく文を嫁に貰っちまったわけだ。久坂も優秀な男だったばかりに、災難なこったな」


「……久坂さんも貴方も最低ね! 女の全ては、容姿だけじゃないわ。外見だけに惑わされるなんて、つまんない男たちよね」



いつの時代にも、女を見てくれだけで判断する男は多いものだが、私にはそれがとにかく腹立たしい。



「女にとって見てくれが大切なのは当然じゃねぇか。醜女なんざ、興ものらねぇモンさな。そうやって俺らを卑下するがなぁ……お前は見てくれが良いから、そんな綺麗事が言えるのさ」


「綺麗事じゃなくて、私の心からの気持ちよ! 元の時代に戻ったら……アンタが最低な奴だって史実として残してやるんだから!」


「元の時代……か」



高杉さんは、私をじっと見つめる。



「な……何よ?」


「ククッ……つくづく変な女だな。お前の時代の女は、みんなそんな風に気が強ぇのか?」


「私の話……信じてないんでしょう? だったら、あなたの質問に答える義理はないわ」


「お前の話……コトと次第によっちゃあ信じられるかもしれねぇなぁ」


「……どういう意味よ?」



私は高杉さんを見据える。



「そうさなぁ……今から程近い、先の世のことを話せ」



高杉さんはニヤリと笑う。



「ほど近い未来……ね、いいわ教えてあげる。今が文久元年だって聞いた。貴方は来年、上海……えっと、清国に行く。清国の実情と日本を照らし合わせ危機感を覚えた貴方は、帰国後に英国公使館を焼き払うの。そんなの……無意味なことなのにね?」


「清国……一体何のことだ? まてよ……久坂の奴が何か吹き込んだのか?」



高杉さんは、全く意味が分からないというような表情を浮かべていた。



「先のことはもう良い。先の話じゃ、結局のところ嘘かどうか分からねぇな……ならば、代わりにお前が知っている長州のことを話せ。よそモンが知らねぇようなことをな」


「長州……ね。長州で有名なのは、貴方たちと桂さんに伊藤さん……後は吉田松陰さんとか? 松陰さんの遺言は、後世にも残っていて有名ね」


「先……生」


「死して不朽の見込みがあれば……」



 私が松陰さんの遺言を詠み始めたその瞬間、高杉さんの顔色が一瞬にして変わる。



「止めろ!!」



突然の怒鳴り声に、私はビクっと肩を震わせた。



「頼むから……止めてくれ」



高杉さんは、震えるような声で小さく呟いた。



「ごめん……なさい」



その反応に戸惑った私は、咄嗟に高杉さんに謝った。



「悪ぃ……つい……取り乱しちまった」



高杉さんは普通の表情に戻ると、素っ気なく呟いた。



「それは……な、俺が先生に尋ねたことに対する答えだ」


「……知ってる」


「男の死に場所は……何処か」



しばらくの沈黙の後、高杉さんはポツリポツリと話し始めた。



「先生は死ぬ間際……俺にその答えを文にして渡した。だから……その内容を……他の奴が知るはずがねぇのさ」


「そう……なんだ。でもね、気休めかもしれないけれど……」


「何だ?」


「私の時代には、吉田松陰は歴史上の偉人として伝わっているよ? だって高杉さんや久坂さん、その他にも大勢の有能な人材を育て上げたんだもん。私の時代へと歴史を紡ぐ上で、松陰先生は欠かせない人なの。だから、松陰先生は私の時代では高い評価を受けているのよ。この国だけでなく……世界中で、ね」


「そう……か」



高杉さんは、少し寂しそうに窓から外を眺めた。







「待たせたな」



しんみりとした雰囲気の中、久坂さんが部屋に訪れる。



「ん? どうした……二人とも、やけにおとなしいではないか」



状況を掴むことのできない久坂さんは、キョトンとしている。



「久坂ぁ……お前、良い拾いモンしたな。さぁて、俺ぁ帰るとするか……また来らぁ」



高杉さんはそう言うと、気だるそうに去って行った。



私は、松陰先生の話をした時の高杉さんの辛そうな表情が、いつまでも頭から離れなかった……。











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