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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第12章 弔い
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朗報

 

 

 年が明け、文久3年となる。


 英国公使館での一件は、やはり別段取り立てて騒がれる事もなく、建設も中止されたそうだ。


 戦を想定していた晋作にとっては納得のいかない結果だった様だが、私はホッと胸を撫で下ろしていた。


 ともあれ、一つ目の目的である建設中止は果たされたので、晋作が何かをしでかす心配もなさそうだ。






「朗報だ! ついに……念願が果たされるぞ!」



 書状を握りしめ、晋作が襖を勢いよく開ける。


 その表情は、清々しいほどに晴れやかだ。



「何が朗報だ? また良からぬ事を画策しているのではあるまいな?」


「フン……そんな面ぁしてる奴には、教えてやる義理はねぇな」


「朗報って何!? 私は知りたい!」



 目を輝かせている私に、晋作は満足そうな表情を浮かべている。



「仕方ねぇなぁ……素直なお前には、特別に教えてやらぁ。ちょっと耳をかせ」



 晋作に言われる通り私が近付くと、玄瑞に聞こえない様に小声で話し始める。



「実は……な。松陰先生の改葬を、藩にかねてより打診していたんだが……先ほど正式に許可が下ったのさ」


「松陰先生の改葬!?」


「ば……馬鹿! でけぇ声出すんじゃねぇ!」



 晋作は慌てて私の口を塞いだ。



「先生の……改葬……だと?」


「あぁ、そうさ。知っての通り、小塚原は刑死者を葬る穢れた地。先生には相応しくねぇからな。だから、俺らは改葬を藩主に願っていたわけだ。で……先刻、文にて許可が下ったのさ。お前にとっても関わりのねぇ話じゃ無いだろうよ」


「そう……だな。先生は師であり……義兄でもあるから……な」


「義兄……そっか、文サンは先生の妹サンだもんね」



 私が何気なく発した一言に、玄瑞の表情が一瞬曇ったかのように見えた。



「それで……何処に改葬する?」


「長州山さな」


「長州山? 長州まで棺を運ぶの?」


「長州山は長州ではない。長州山とは通称であって、本来は大夫山という。場所は江戸だ」



 玄瑞はそう説明しながらも、何だか浮かない表情をしている。


 晋作はこんなにも嬉しそうなのに……何故だろう?



「文も長州から呼び寄せるか?」


「いや……文は呼ばずとも良い。女の足では長旅になりすぎる。文に何かあっては、それこそ先生に申し訳が立たぬからな」


「そう……か」



 晋作は苦笑いを浮かべながら、私をチラリと一瞥した。


 その視線に、私は少し戸惑う。



「まぁ良い。とにかく改葬は明後日、執り行う。玄瑞も美奈も、そのつもりで……」


「……私は行けぬ」



 晋作の言葉を遮る玄瑞の声に、私も晋作も目を丸くさせる。



「お前……何を馬鹿な事を言ってやがる?」


「すまん……どうしても……行けぬのだ」


「何故だ!? お前が行かねぇなど……そんな道理は通らねぇ。理由を言え……俺が納得のいく理由をだ!」


「理由など……持ち合わせてはおらん」



 俯きながら言う玄瑞に、晋作は掴みかかる。



「ちょ……ちょっと、止めてよ!」


「お前は口を挟むな! これは、俺らの問題だ。俺が納得のいく理由を話すまでは、離さねぇからな?」


 玄瑞の着物を掴む晋作に、晋作を止めようと必死に晋作の背中にしがみつく私。


 そんな私たちに、玄瑞は溜め息を一つつくと、ゆっくりと口を開いた。



「そんなに……理由が気になるのか?」


「あぁ、気になるさ。恩師であり、義兄である松陰先生の弔いに参列しねぇなんざ、正気の沙汰とは思えねぇからな」


「義兄だから……だ」


「何?」



 玄瑞の言葉に、晋作は眉をひそめる。


 正直、私にも玄瑞の想いが分からなかった。


 あれ程慕っていた先生の改葬に参列したくない理由は何なのだろうか。


 私は、玄瑞の次の言葉を待つ。



「私は文と祝言を挙げ、先生は私の兄となった。先生は文を、本当に……大切にしていた。そんな先生を失った文の悲しみは、計り知れない程だっただろう。私はそれを知っていた……しかし……」


「そんなくだらねぇ事を気にしてやがるのか?」


「くだらない……だと? ふざけるな! くだらない事などではない」


「俺からしたら、くだらねぇなぁ。そもそも乗り気じゃねぇ婚儀だったんだろ?」


「乗り気かどうかではない。私は……今までずっと、自分のやりたい事を優先し、先生の大切な妹君を蔑ろにしていた。文と共に過ごした時間も、殆ど無いくらいだ。だから……先生に顔向けなど……出来ぬのだ」



 そう言う玄瑞の表情が、ひどく印象的だった。


 同時に、私の心の奥底に渦巻く感情に困惑する。


 何だか……面白くない。


 玄瑞のこんな顔は見たくない。


 どうして、私はそんな風に思うのだろうか。



「大切に出来なかったなんて思うなら……今から改めれば良いじゃない。今後は文サンと一緒に居て……夫婦で仲良くやれば……良いじゃない」


「美……奈?」


「そんな事で悩むなんて馬鹿らしいわよ。これから文サンを大切にしてあげれば、先生だって許してくれるに決まってる。あっ……そうだ、私……武人と約束していたの。約束……すっかり忘れてたよ。明後日の事は分かったから……必ずみんなで行こうね!」



 そう言うなり、私は部屋を飛び出した。


 何故だかは分からないが、これ以上この場に居たくはないと思ったからだ。


 当然、武人との約束など口からでまかせだ。


 行く宛も無いし……本当に、武人の所にでも行くかな。


 藩邸を出た私は、ゆっくりと歩き出した。



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