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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第11章 焼き討ち騒動
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血染めの羽織

 

 


 藩邸へと戻ってきた私と玄瑞は、前日が雨だったせいか手足どころか着物まで泥だらけだ。


 仕方がないので、他の皆が来るのを待つ間、湯あみや着替えをを済ませる事にした。


 季節は真冬。


 寒さに耐えた身体に、湯の温かさが染み入る。


 私が湯から戻ると何故か玄瑞の姿は無く、代わりに晋作と武人の姿があった。


 玄瑞は何処に行ったのだろう……






「お? やっと上がったのか。お前も今日は疲れただろう? 俺らに気にせず、先に休め。さぁて……俺も、湯に行ってくるか」



 そう言う晋作と、その隣に居た武人の姿を見て、私は愕然とする。


 何故なら、二人の羽織にはおびただしい量の血が付着していたからだ。



「ねぇ……もしかして……」



 私は咄嗟に晋作を引き留めた。



「何だ? 共に入りたくなったか?」


「っ……馬鹿な事を言わないで! 私が聞きたいのは……その……」


「なぁに、泣きそうな面ぁしてやがんだよ……冗談さな。用がねぇなら、俺ぁ行くぞ?」



 晋作は不思議そうな顔をしながらも、気だるそうに歩き出す。



「待って! その……人を……斬ったのね?」



 私の言葉に、晋作はゆっくりと振り返る。



「もしも、俺が人を斬った……と言ったら、お前はどうする? 軽蔑でもするか?」


「……どうして斬ったの?」


「お前は、いつも質問ばかりだな。俺の問いには、まだ答えちゃいねぇだろうが」


「っ……それは……」


「フン……湯から上がったら、また話を聞いてやらぁ」



 晋作はそう言うと血染めの羽織を放り投げ、行ってしまった。


 取り残された私は、飛んできた羽織を受け止めると、ただ茫然とそこに立ち尽くす。



「……致し方なかったのだ。そもそも、あの状況で穏便に事が済むまい。斬らなければ、こちらが斬られていた。それでも……お前は、俺らを軽蔑するのか?」



 悲しそうにそう呟く武人を責める事など、私にはできやしなかった。


 というより、反論の言葉が見付からなかったのだ。


 刀を抜くという行為は、自分も斬られるかもしれないという覚悟を要する。


 それは、師である近藤サンから教わった事だ。



「怪我は……無かった?」



 私は、小さな声で尋ねた。



「あぁ……問題はない。これは全て、返り血だからな」


「……そう。私、最低ね。二人に怪我がないと分かって……良かったって思っているの。人が……何人も亡くなって……いるのに」


「最低……か。俺はそうは思わないがな。人は誰しも、そう思うだろう。例えば……大切な仲間と見知らぬ者、この二人の内どちらかしか救えないとする。その状況ならば、誰しもが大切な仲間を救うはずだ。それが、人の正しい感情だろう」


「そう……ね」


「だから、お前が気に病む事はない。お前は最低ではないさ。それは、俺らがよく分かっている」



 武人は私を慰める様にそう言うと、笑顔で頭を撫でた。



「この先も、幾度となく同様な事があるだろう。そんな時……お前のその優しさは、些か不安だな」


「どうして?」


「お前は全ての者を救おうと、無茶をしそうだからだ。後先を考えずに動く節があるからなぁ」


「そんな事は……ある、かも」


「やはりお前は、面白い女だな……高杉や久坂が気に入るのも頷ける」


「武人も変わったね。初めて会った時は、眉間にシワを寄せていて、あんなに怖そうだったのに……今は、こんなに柔らかい表情をするんだもん。でも、武人はそうやって笑ってる方が良いよ。そっちの方が絶対に似合う」


「そう……か? そんなつもりは無いのだがな。しかし、お前が変わったと言うのならば、そうなのだろう。きっと、お前の影響だな」


「私の……影響?」



 にこやかな笑みを浮かべている武人に、私は首をかしげた。



「武人……俺らの許しなく、美奈を口説くんじゃねぇよ」



 その言葉に振り返ると、そこには晋作と玄瑞が立っていた。



「そんなつもりは無いさ。さて……俺も、湯に行ってくるかな」



 そう言うと、武人は部屋を後にした。


 晋作と玄瑞は、私の隣に腰を下ろす。


 何だか二人とも、不機嫌そうな顔をしている。



「あの……さっきは、ごめんなさい」


「何故お前が謝る?」


「武人と話して分かったの。私ね、みんなに人を斬ってほしくないなんて言いながら……結局、私は晋作達が無事なら良いっていう気持ちもあって……二人が無事で、ホッとしてるの。何人もの人が……」


「もう、良い」



 私の言葉を、晋作は遮る。



「っ……怒っているの?」


「怒ってなどいねぇさ。お前の常識と俺らの常識は異なる。それは、当然の事だろうよ。腰に刀をぶら下げているこの時代じゃあなぁ……どんなに高貴な身分だろうと、明日をも知れぬ身なのさ」


「そう……だよね」


「刀を抜く時には、常に死を覚悟している。お前には、そんな覚悟があるのか?」


「正直……今はない。でも、今日から……私も覚悟を決める!」


「馬鹿!」



 晋作は一言怒鳴ると、私の両頬を思い切りつねる。



「俺らはお前にそんな事ぁ望んじゃいねぇよ。何の為に、お前を近付かせなかったか……やはり、分かっちゃいねぇな」


「足手まといになるからでしょう?」


「フン……そんなモンは、自分で考えやがれ」



 私から顔を背ける晋作に、玄瑞はクスクスと笑っている。



「さて、無事に事は済んだのだ。そろそろ休まねば、明日に差し支える。お前はもう休みなさい」


「玄瑞は、まだ寝ないの?」


「赤禰が戻ってから、少し話があるからな……まだ休む訳にはいかぬ」


「みんなこそ疲れているのに……私だけ寝てなんていられないよ」



 私は玄瑞の着物の袖を掴むと、そう主張した。



「……困ったなぁ。お前には無理はさせたく無いのだがな」


「なんだ、添い寝が必要なのか? 仕方ねぇなぁ……」


「そ……そんなの、要らない! 一人で寝られるもん。っ……おやすみ!」



 慌てて立ち上がると、そそくさと部屋を後にした。



「そんなに慌てて、どうした?」


「あ……武人!?」


「なんだ、その顔は……何かあったのか?」



 武人は不思議そうな表情を浮かべている。


 水も滴る良い女……ならず、良い男。


 その姿に、思わず見とれてしまう。


 私が出逢ってきた幕末のイケメンたちの、ランキングのトップ10に見事にランクインだ。


 武人は……6位かな。



「おい……大丈夫か? 何だか、心此処にあらずといった風だが……」


「だ……大丈夫! そういえば、晋作と玄瑞が武人を待ってたよ。私は先に休むね……おやすみ!」


「そう……か。まぁ、ゆっくり休むと良い。おやすみ」



 武人の言葉を聞くなり、私は部屋へと走り出す。






 この夜、布団に入っても中々寝付けなかった。


 見回りの人を斬ってしまったのに……本当に、大事にはならないのだろうか。


 史実が変わって、本当に戦になってしまったら……今の長州には、勝ち目はないだろう。


 映画のワンシーンと異なる出来事に出くわした私は、不安で仕方がなかった。




 もうすぐ年が明ける。



 文久3年以降は、今まで以上に世の中が荒れるだろう。



 新選組が生まれるし……何より、八月の政変以降は特に長州にとっては苦しい事の連続だ。



 私は……双璧や長州の為に、何ができるだろうか。














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