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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第11章 焼き討ち騒動
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大炎上

 

  

 ついに、例の策を決行すべき日が訪れた。


 昨日は海月楼にて最終的な打ち合わせを行った。


 この日まで幾度となく会合を重ね、夜な夜な何度も現場の下見も済ませている。


 晋作は下見など必要ないと言っていたが、不安だった私が何とか説き伏せての事だった。


 私達は入念な下準備を終え、今夜その集大成を迎える。


 ……などと、格好よく言ってはみるが、所詮はただのテロ行為だ。


 こんな事を私の時代で実行しようものならば……その行く末は、予想に容易い。


 しかし、その行動が新たな世を築く礎となると、晋作や玄瑞らが信じているのであれば、私はそれを見届けるまでだ。






 12月12日、夜


 私たちは英国公使館へと走る。


 人に見付かってはならない為、明かりなどは一切灯していない。


 この時代の人々は夜目がきくのだろうか……暗闇であるにもかかわらず、まるで道が見えているかのようだ。


 真っ暗闇の中、私は玄瑞に手を引かれる。






「こりゃあ、聞いていたよりも立派な柵ですね? これを断つとなると、一筋縄ではいきませんよ」


 泥だらけになりながらも辿り着いた先には、高くて頑丈そうな柵があり、私達の行く手を阻んでいる。



「下見が功を奏したな。手筈通り、伊藤……頼んだぞ」



 玄瑞に言われるなり、伊藤サンは持参した鋸で柵を壊し始めた。



「ねぇ……私も手伝おうか?」



 必死に丸太と格闘している伊藤サンに同情した私は、思わず声をかけた。



「良いって、良いって……双璧の姫サンに……こんな重労働はさせらんねぇ……よっと」


「何それ……勝手に変なあだ名を付けないでよね? そもそも双璧の姫って何よ」


「あれ……不評だったか? 双璧……から寵愛を受け……ているから、双璧の姫君……中々良いだろ?」


「初代総理は、ネーミングセンス皆無なのね。よく覚えておくわ」



 手を動かしながらそう話す伊藤サンに、私は溜め息を一つついた。



「お前ら、静かにしろ」



 突然の晋作の声に、私は反射的にビクッと肩を震わせる。


 晋作の視線の先を辿ると、遥か遠くから幾つかの明かりが見えた。



「あれは……何?」



 玄瑞の着物の袖を掴み、そっと尋ねる。



「おそらく……見廻りだろうな。ひぃ、ふぅ、みぃ……ふむ、6人といったところか。たいした数では無い、心配には及ぶまい」


「見廻り……そういえば……」



 いつか観た映画でのシーンを思い出す。


 英国公使館の焼き討ちの際に見廻りの者たちと出くわすが、確かこの中の誰かが見廻りの者の提灯を斬って……その姿や気迫を恐れた見廻りの者たちは、その場から逃げ出してしまう。


 映画ではそう描かれていたはずだ。


 きっと、史実でもそうなのだろう。


 あれは史実に沿った映画だったから……



「お前らは、此処に居ろ。俊輔! 俺らが戻って来るまでには、その柵を何とかしておけよ? それと、玄瑞……分かっているだろうが、美奈を絶対に近寄らせるんじゃねぇぞ?」


「晋作! 私も……」


「武人……行くぞ」



 晋作は隊長らしく指示すると、武人と共に明かりの方へと駆け出した。


 私はというと、手首を玄瑞にがっちりと掴まれ、その動きを封じられている。



「離してよ……いくらなんでも、二人じゃ大変でしょう? 私も加勢するわ」


「お前は晋作の話を聞いていなかったのか? 晋作は、お前を近付けるなと言っていたではないか。そもそも、真剣での勝負などさせられる訳がなかろう!」


「勝負になんてならないわよ! 映画では、こっちが威嚇して相手が逃げて……それで、事は済んでいたもの」


「駄目だ! 此度は何が何でも、認めんからな!」



 映画のワンシーンと同じ光景を見てみたい……という私の願いも虚しく、玄瑞がその手を離してくれる事はなかった。



「久坂サン! 柵が……壊れました!」



 晋作達が帰って来るよりも早く、伊藤サンと柵との戦が終わった。


 あれからしばらく経つが、晋作達の姿が見えない。


 何かあったのではないかと、流石に心配になる。



「晋作は何をしている……折角、柵が壊れたというのに。っ……致し方あるまい。伊藤に井上らは、予定通り公使館へ行ってくれ。焔硝えんしょうは持っているな?」


「勿論ですよ……ですが、高杉サンや久坂サン達は……」


「私は、美奈と共に晋作らを待つ。奴らが戻った際に誰も居ないと、何かと不都合だろう? それに……今はこの手を離す訳にはいかぬのでな。分かったなら早く行け。手早く事を済まさねば、此度の策も失敗に終わってしまうだろう」



 玄瑞の言葉に伊藤サンらは頷くと、壊れた柵の間を通り公使館へと消えて行った。



「置いて行かれたぁ……」


「そんな顔をするな。仕方がなかろう? 晋作の元へ行かせるのは危険だ。かと言って伊藤らの元に行かせるのも危険。ともあれば、私と此処に残るより他はあるまい」


「どうして、公使館に行っちゃ駄目なのよ?」


「あの洋館を炎上させるのだ……その為に、此度は相当な量の焔硝を使う。万が一、お前が火傷でもしては困るからな。お前は此処で見ていれば良い」


「っ……過保護! 晋作も玄瑞も、過保護すぎ! 私は、剣だって扱えるし……」



 私は、そう言いかけたところで口を閉じた。


 二つの足音が、私たちの元へと向かって来ていたからだ。



「晋作! それと……武人」


「おい……俺はお前にとって晋作のオマケなのか?」


「ち……違うよ。そんなつもりじゃ無いもん」


「それにしても……お前がおとなしく待っているとはなぁ。正直、驚いた。お前も少しは成長したのか?」


「っ……行きたくても行けなかったの! だって、玄瑞が離してくれなかったんだもん。見てよ、コレ……酷いよね?」



 頬を膨らませながら掴まれたままの右手を上にあげ、武人に見せた。


 武人は私のそんな姿を見て、笑いながら私の額を小突く。


 その時。


 ふわりと、鼻につくような嫌な臭いがした。


 これは……血の……臭い?


 まさか……



「ねぇ……もしかして……」



 私が尋ねようとした瞬間、辺りが昼間のように明るくなる。


 火付けが為されたのだ。


 伊藤サンらが、公使館の方からこちらへと向かってくる。



「後ほど、藩邸で!」



 皆は口々にそう言うと、バラバラな方向へと散って行った。


 私もそのまま玄瑞に手を引かれ、ただひたすら走る。


 しかし……その最中の私は当然、心ここにあらずだった。


 赤禰サンから漂ってきたあの臭い。


 あれは、きっと血の臭いだったと思う。



 二人は……人を斬ったのだろうか?



 映画のあのシーンと異なるのは何故?



 史実が変わってしまったのか……


 それとも


 あのシーンが史実と異なっていたのか……



 真実がどうであれ、今の私にはそれを確かめる術はなかった。



 



 

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