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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第11章 焼き討ち騒動
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御楯組

 

 

 年明けまであと少しとなったある日の事。


 今宵は、以前会った長州の面々が集まると聞いていた。


 かなり重要な案件だと言っていたが、一体何があったのだろうか?


 不思議に思いながらも、日が傾きかけてきた頃、私は身支度を整えた。







 今宵の会合場所は、伊藤サンの行き付けの見世だった。


 私は夕餉に出される料理の事ばかり考えていたが、両隣に居る晋作や玄瑞は何だか難しい表情をしている。


 主人に案内してもらった一室に入ると、すでに大勢の男たちが居た。


 そこには伊藤サンらは勿論、赤禰サンらの姿もあった。


 しかし、大人数のわりに誰もが口を閉ざしており、かなり重苦しい雰囲気だ。


 やはり、何かあったのだろう。


 皆の表情から、そう悟った。


 しかし……二人に求められた時か、彼らの命に関わるような大事の時以外は口を出さない約束をした私は、とりあえずは彼らの談義や決定を静かに見守る事にした。



「今宵は、皆よく集まってくれた。晋作の案である異人襲撃も中止となり、我々が新たな策を講じた事も、皆は既に聞き及んでいるだろう」



 新たな……策?


 玄瑞の言葉に、私は小さく反応する。


 ここに居る皆は既に知っているという事は、何も知らされて居ないのは私だけという事だ。


 口を挟みたい気持ちをグッと堪え、話の行く末に耳を傾けた。



「今宵集まったという事は、ここに居る皆は賛同していると受け取っても異存無いだろうか?」



 皆は各々首を縦に振り、その意思を表した。



「ならば、ここに血判をもらおう。この血判状をもって、我々は固く結ばれた同志だ。此度の策を必ず果たし、長州の攘夷に対する志を世に……そして、徳川に示そうではないか」



 話の流れが全く見えない私は、困惑する。


 血判状とは何だろうか?


 そもそも、新たな策とは一体……



「ちょっと待て……」


「ん? 晋作……一体、どうした?」


「お前……何か忘れてねぇか?」


「何の事だ?」


「お前、美奈に何も話しちゃ居ねぇだろう? 先程から、コイツが変な面ぁして俺の事を見てやがる。気味が悪くて敵わねぇからなぁ……コイツにも解るように教えてやれや」



 晋作の言葉に、その場の皆の視線が一気に私へと向けられた。


 寺島サンなどは、何故こんな小娘にわざわざ説明してやるのか……とでも言いたそうな、険しい表情を浮かべている。


 晋作の提案は確かにありがたかったが、それ以上に居心地の悪さを感じてしまう。



「すまぬ……必死になり過ぎて、すっかり忘れていた。此度の策はこうだ。現在建設中の英国大使館を……焼き討ちしようと思う」


「や、焼き討ち!? 確かにそれは史実通りの行動だけど……どうして、また……」


「長州の攘夷という意志を……世に知らしめる為だ。そのためにも、此度の策は名案なのだ」


「名案って……建設中の建物を焼く事の何処が意志を示す事になるのよ? ずっと不思議だったんだけど、建設中なら英国人も居ないわけだし……英国人にとって、痛くも痒くもないよね?」



 今回の策は前回の策の様に、人を傷付けるようなものではない。


 誰かを斬るとか殺すとか……そんな風に物騒な策であったならば、口を挟みたくなっただろうが、この策ならば今回は止めなくても良いと思った。


 なにより、これは史実通りだし……


 しかし、何を思ってそんな策となったのか、興味がある。



「異人を斬って、お前に死なれるのはもう御免だからなぁ?」


「っ……もう、あんな事はしないって言ったじゃない。もしかして、そんな理由なの? 私の為に……」


「それも半分、これも半分……。此度の目論見は二つ。一つは当然、あの目障りな洋館建設を止める事。そして……大事なのはもう一方、幕府を困らせる事にある。だから、異人が居なくとも構わねぇのさ」


「困らせるって……」


「要するに、だ。俺らは、徳川とやり合おうと考えている訳さ」



 不敵な笑みを浮かべている晋作に、私は小さく返事する。



 やり合おうという事は、戦をしようという意味なのだろう。


 しかし、このタイミングで幕府と戦になる史実はない。


 確か犯人もつかめず、幕府側も大きく取り上げる事も無かったはずだ。


 今回の策は、人を傷付けるものでもない。


 ならば、私が敢えて口を出す必要もないだろう。


 無意味な事と知りつつも、私は同意した。


 私が同意した事に、玄瑞は安堵の表情を浮かべていた。


 そして、玄瑞は一枚の紙を広げ、更なる言葉を皆に投げ掛ける。



「この血判状をもって、我らの志はより堅固なものとなる。順に血判を……」




 血判状と言って広げた紙を、玄瑞は端から回していく。


 その紙には、この場に居る皆の名前が書かれて居た。


 血判と言えば、指を切って血を出すアレだ。


 皆はさも当然というように、順々に血判を押していく。



「ほら……お前の番だ。さっさと押せ」



 晋作から手渡された血判状を、私は無言で受け取った。


 血判状を目の前に置くと、小さく深呼吸する。


 鞘から刀を少しだけ抜くと、親指を軽く当てた。


 指にチクリと痛みが走る。


 血がこぼれない様に細心の注意を払いながら、私は書状に血判を押した。


 私から血判状を受け取った玄瑞は、最後に血判を押す。



「これにて血判は揃った。我等は……この御楯組は、必ずや長州の中枢となろう」


「長州の中枢ねぇ……それも悪かねぇな。さて、難しい話はこれで終わりだ。今宵は、存分に飲んで騒ぐに限る! 玄瑞……今日だけは、固い事は言ってくれるなよ?」


「……分かっているさ。今宵は、私も飲みたい気分だからな」



 晋作と玄瑞は互いに杯を手に取った。


 そこに私はお酒を注ぐ。



「二人とも……お疲れ様。この為に、ここ最近寝るのが遅かったのね。これで、しばらくはゆっくり眠れるね」


「そうしたいのは山々だが……まだ、しばらくは無理だ。例の策を練らなければならないのだよ。だが、今宵だけは全てを忘れて楽しむ事にしよう。久方振りに、そういう気分だからな」



 玄瑞は嬉しそうな表情で、杯に残る酒を一気に飲み干した。


 その後も催促されるままに、玄瑞や晋作にお酒を注ぐ。


 おおよそ三十分もすれば、皆すっかり酔いが回っていた。


 いつもは頭が固い玄瑞も、酔いの為か上機嫌だ。


 そんな玄瑞は勢いよく立ち上がる。



「一つとや、卑き身なれど武士は皇御軍の御楯じゃな、これ御楯じゃな。


 二つとや、富士の御山の崩るともこころ岩金砕けやせぬ、これ砕けやせぬ。


 三つとや、御馬の口を取り直し錦の御旗ひらめかせ、これひらめかせ。


 四つとや、世のよし悪しはともかくも誠の道を踏むがよい、これ踏むがよい。


 五つとや、生くも死ぬも大君の勅のままに随わんなにそむくべき」



 満面の笑みで突然詠い出す玄瑞。


 周りも酔っぱらいの集まりの為か、手拍子や間の手を入れながら、それを楽しんでいる。



「六つとや、無理なことではないかいな生きて死ぬるを嫌うとは、これ嫌うとは。


 七つとや、なんでも死ぬる程なればたぶれ奴ばら打ち倒せ、これ打ち倒せ。


 八つとや、八咫の烏も皇の御軍の先をするじゃもの、何おとるべき」



 この数え歌のような物は、一体いくつまであるのだろうか?


 玄瑞や皆の姿を眺めながら、とりあえず手拍子を打つ。



「九つとや、今夜も今も知れぬ身ぞ早く功をたてよかしこれおくれるな。


 十つとや、遠つ神代の国ぶりに取って返せよ御楯武士、これ御楯武士」



 やっと終わったのか……


 十まで詠い終わった玄瑞は他の皆の歓声の中、満足気な表情を浮かべ腰を下ろす。


 その後もドンチャン騒ぎが夜中過ぎまで執り行われ、気付いた頃には皆酔い潰れて寝息をたてていた。






 私は皆を起こさないように、こっそりと部屋を出る。


 縁側に腰を下ろし、明るくなりかけた空を見上げた。


 御楯組か……


 本来ならば、御楯組は彼らの謹慎中に結成されたものだと何かで読んだ事がある。


 しかし、謹慎自体無くなってしまっている。


 何故なら、異人襲撃計画を武市先生に話す以前に、中止となったからだ。


 彼らの謹慎は、その計画が武市先生から藩へと伝播し、命ぜられたもの。


 謹慎という史実が無くなっても、史実通りの時期に御楯組が結成し、英国公使館の焼き討ちが実行されようとしている。


 もっと言ってしまえば、史実に反して玄瑞が上海に渡航したにも関わらず、藩論はちゃんと即今攘夷へと変化していた。



「何だか、腑に落ちない事ばかりだ……」



 私は小さく呟いた。



「こんな所に居たのか……寒かっただろうに。いつまでも外に居ては、身体が冷えてしまうぞ」



 玄瑞の声と同時に、私の肩にふわりと羽織がかけられた。



「目が覚めた時に、お前の姿がなくてな……心配した」


「ごめんね……何となく、寝付けなくてね」


「そういえば、ほとんど飲んでいなかったな。何か、気になる事でもあったのか? それとも、もしや具合でも悪いのか? 熱は無いようだが……」



 玄瑞は、私の額に自分の額をくっつける。



「交情ならば、人目につかぬ所でやってもらおうか?」



 晋作の声に、私達はパッと離れる。



「こ……交情など! そんな不埒なものでは無い!」


「交……情?」



 首をかしげる私を見て笑いながら、晋作は私の隣に腰を下ろした。



「晋作も、目が覚めたの?」


「まぁな……目が覚めたものの、お前の姿が無かったから気になって部屋を出てみれば、玄瑞と逢い引きたぁな」


「逢い引き!?」


「折角の雰囲気を邪魔して悪かったなぁ? だが、ついにお前らがそうなるとは……友として喜ばずには居られまいよ」


「ちょ……ちょっと、誤解だってば! 変な勘違いは止めてよね? 私達は三人とも同志……それ以上でも、それ以下でもないわ」


「クク……冗談だ。そんな事より、さっさと戻るぞ? 生憎、風邪をひくわけにはいかないもんでなぁ」



 私達はその後すぐに、部屋へと戻った。


 雑魚寝状態の皆に布団をかけて回ると、部屋の端に三人分の布団を敷き、就寝した。


 焼き討ちと言う名のテロ行為。


 彼らと行動を共にする限り、この先も幾度となくこういった事に加担していくのだろうか?


 そんな事を考えながら、私はゆっくりと目蓋を閉じた。






 

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