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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第11章 焼き討ち騒動
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土佐の二人

 

 

 湯治から江戸へと戻った私達は、忙しい日々を過ごしていた。


 そうは言っても、例によって忙しく働いているのは、玄瑞なのだが……


 そんなある日の事だった。



「美奈……今宵は、大切な会合がある。夕餉前には藩邸を出るので、そのつもりで居てほしい」



 玄瑞にそう言われた私は、コクりと頷いた。


 江戸へと戻ってからというもの、私は様々な会合に連れて行ってもらっている。


 とはいえ、政治や時勢など全く分からない私は、食事をする事が目的になってしまっているのだが……







「支度は出来たか?」


「勿論!」


「ほう……今宵の支度も、実に可憐だな。会合に連れ立つのは構わぬが、これでは相手方もお前に見惚れてしまうだろう」


「そっ……そんなぁ」



 照れる私に、玄瑞は変わらぬ笑顔を向けている。



「馬鹿な事を言ってねぇで、さっさと行くぞ?」


「げっ! 晋作……いつから居たのよ!?」


「はじめから居たさ。それこそ、お前らの痛ぇやり取りすら全て見ていた」



 口角を上げながら言う晋作に、私は顔を赤らめた。


 全然気が付かなかった……


 褒められて良い気になっているところも含めて、全て見られていたなんて一生の不覚だ。


  それもこれも、晋作が小さいからいけないのだ……と、心の中でそっと自分に言い聞かせた。


 その後の私達は、会合が開かれる予定の料亭まで足を運ぶ。


 今日の料理はどんな物だろう?


 私は、そんな事ばかり考えていた。


 そう、この時までは……






「遅くなり申し訳ない。まさか、武市先生の方が早くお見えになられるとは……」


「いえいえ、良いのですよ。今日は丁度この辺りに野暮用がありましてね……ですから、約束の刻限より早く着いてしまった次第です」


「そうでしたか……それでは、私達も失礼させて頂きます」


「どうぞ、どうぞ」



 玄瑞はこの男性を、武市先生と呼んでいた。


 という事は……この人が、武市半平太なのだろうか?


 武市先生を遠目に眺めつつ、私は腰を下ろす。


 その際に、私に一つの視線が向けられている事に気が付いた。


 それは武市先生の物ではなく、武市先生の傍らに居た男性の物だった。



「武市先生、先生のお隣に居らっしゃる方は初めてお会いする様ですが……」


「あぁ、コレですか? コレは私の用心棒のような者でしてね。お気になさらずとも良い」


「そう……ですか」



 納得の得られる答えは得られなかったが、玄瑞がそれ以上追及する事はなかった。


 私が食事を進めている間も、武市先生が連れてきた彼の視線を感じ、何だか食べにくさを感じた。



「……ご馳走様でした」


「何だ、全然食べていないではないか」


「お腹一杯になっちゃって……あ、私少し外で涼んでくるね」


「そうか……言っておくが、中庭からはくれぐれも出ないように」


「分かった」



 そう返事をし、私は立ち上がった。



「中庭とは言え、何かあってはいけません。そうだ、この者を連れて行きなさい」


「それは助かります。是非そうさせてもらうと良い」



 本音を言えば断りたかったのだが……満面の笑みを浮かべる武市先生と玄瑞の姿に、断る事などできず、私はコクりと頷いた。








 中庭に出てきたものの、何だか気まずい。


 用心棒の彼は一言も発せず、ただ私の後ろに居るのだ。



「ねぇ……貴方、名前は?」



 沈黙に耐えきれず、質問を投げ掛ける。


 しかし、待てども答えは返って来ない。


 痺れを切らした私は、彼の目の前に歩み寄ると、再度同じ質問をぶつけた。



「貴方の名前を聞いているんだけど!」


「あっ……僕に言っちゅうが? 気が付かんかったきに」


「ここには、私と貴方しか居ないでしょう? 貴方以外の誰に話し掛けるのよ」


「そ……そう。まっこと、すまん」


「で、名前は?」


「……以蔵。岡田……以蔵」



 岡田……以蔵。


 この、冴えない感じの人が岡田以蔵?


 可愛いらしい顔立ちに、おどおどした受け答え……まさか彼が、人斬り以蔵と恐れられた剣士とは。


 私のイメージしていた人物とは程遠い容貌だ。



「そう、以蔵という名前なのね」


「え? 僕の名を覚えてくれゆうがかえ?」


「何を言っているの? そんなの、当然じゃない」


「当然……か」



 嬉しそうに微笑む以蔵に、何だか可愛いと感じてしまう。



「それより貴方……さっきは、ずっと私を見てたでしょう? 折角の夕餉が食べにくかったんだから」


「えっ……す、すまん。おまんの気ぃを悪くさせるつもりは、無かったんじゃが……その、つい……」


「おまん……じゃなくて、美奈よ」


「美奈……か、覚えたがぜよ。美奈を見ちょった理由は……その……」



 以蔵は何だか言いにくそうな表情を浮かべている。



「何よ?」


「えっと……美奈が……まっこと、はちきん……いや、こっちの言葉にすると……可憐、じゃったき……つい」


「か、可憐!?」



 意外な言葉に、私は戸惑う。


 そんな私の表情などお構いなしに、以蔵は話し続けた。



「僕は……武市先生と共にしちょったけんど……美奈の様な女は初めて……じゃったきに。それと……君は、こんな僕の名を覚えて……くれるち言うた」


「名前を覚えるなんて、当然の事じゃない」


「当然じゃ無いねや! 僕は武市先生の道具じゃ。道具に名前なんて……要らないき」


「そんな事、誰が言うのよ?」


「っ……武市先生」


「何それ? 道具だの、名前が要らないだの……そんな事を言うなんて酷い。どうして、そんな人の元に居るのよ?」



 人を人とも思わない言動をした武市先生が、私は腹立たしかった。



「酷くなんか……ないねや。武市先生は良い人じゃ」


「そんな扱いをする人が、良い人な訳ないでしょう?」


「武市先生を悪く言うたらあかんぜよ!」



 突然の大声に、私はビクッと肩を震わせる。



「っ……すまん。先生に会わんかったら……僕は、今の様には居られなかったきに。先生は、恩人じゃ」


「恩人?」


「そう。先生だけが僕の剣を褒めてくれたき。先生だけが……僕を認めてくれゆう。……僕は、先生の為ならどんな事でもできるがじゃ」


「……そう」



 以蔵は、目を輝かせながら言った。


 そんな姿に、私はもうそれ以上反論できなかった。



「なら……友達になろうよ」


「友……達?」



 以蔵は、あからさまに困惑している。



「ここで会ったのも、何かの縁……でしょう? だから、今日から私と以蔵は友達」


「僕と美奈が……友達? 友達なんて……初めてじゃ」



 嬉しそうに微笑む以蔵に、私は笑顔を返す。



「もしも……何か困った事があったら、何でも相談して? 友達なんだから、遠慮は要らないわ」


「……分かった!」



 そろそろ身体が冷えてきたので、室内に戻ろうという事になった。


 振り返り、ゆっくりと歩き出した先には、見覚えのある姿がある。



「晋作!」


「お前の帰りが遅ぇから迎えに来てやった」


「会合は終わったの?」


「まだ終わっちゃいねぇが……じきに終わるだろうよ」



 晋作は駆け寄る私を受け止めると、以蔵へと視線を移した。



「そんな怖ぇ面ぁすんじゃねぇよ。心配要らねぇよ! 美奈とは何でもねぇさ」


「……っ」


「お前も、戻るぞ?」



 以蔵は晋作の言葉にコクりと頷くと、私達の後を追って来た。



 その後すぐに、会合は終わりを迎える。



 武市先生と以蔵と別れる際、以蔵が小さく微笑んだのを、私は見逃さなかった。







「蓼食う虫も好き好き……か」



 会合からの帰り道、晋作が不意に呟く。



「何の話だ?」


「クク……玄瑞、お前も気を付けねぇと、美奈に悪ぃ虫が付くってこったな」


「悪い虫だと?」


「コイツは不思議と人を惹き付ける様だからなぁ? とまぁ……お前も、その一人か」


「訳の分からぬ事を言うな」



 晋作は、不思議そうな顔を浮かべる玄瑞を見て笑う。



「そういえば……蓼って何?」


「蓼か? 草の一種さな。胃の腑の薬にも使われている。とはいえ、蓼には独特の香や辛みがあるから、大抵の虫は食わねぇ。だが、そんな蓼を好む虫も居るのさ。つまり……」


「その先は聞きたくない! だって、この諺……私、知ってるもの」


「クク……うちの姫君は、中々聡明なこって」


「もう! 晋作はいつも、そうやって馬鹿にするんだから」


「それが分かりゃあ、上等さな」



 私は頬を膨らませた。


 玄瑞はいつもの様に、そんな私をなだめる。


 いつもの会合に、いつもの帰り道。


 ただ一つだけ違ったのは、今夜は武市先生や以蔵という、歴史に名を残す人物と出逢った事だ。


 それだけでも、大収穫だったのかもしれない。





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