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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第10章 最も危険なテロリストたち
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夜明け

 

 

 

「松陰……先生!」




 私は、先生の名を呼ぶ。



「美奈!? 気が……ついたのか?」



 再び目覚めるとそこには松陰先生の姿は無く、見覚えのある部屋に、心配そうな表情を浮かべる玄瑞と、眉間にシワを寄せ難しい表情をしている晋作の姿があった。



「痛っ……」



 瞬間的に訪れた痛みに、私は顔を歪ませる。



「痛むのか?」


「……うん。それより私、生きてるの?」


「生きているさ。私がお前を死なせる筈がない!」


「あの……ごめん……なさい」



 私は二人に謝った。



「お前……どうして、あんな事をした?」


「っ……晋作」


「久坂が居たから良かったものの……下手すりゃ死んでただろうが! 俺ぁなぁ……身近なモンが死んで行くのは……もう、御免だ」


「身近な……者」



 晋作は、苦しそうな表情を浮かべる。



「本当に……ごめんなさい。私が居なくなれば……二人が喧嘩をする事も、無くなると思ったの。でも……松陰先生が……教えてくれたのよ」



 私の言葉に、二人は目を見開いた。


 玄瑞と晋作は、即座に私の両脇に座り直す。



「先生とは……どういう事だ!?」


「お前……死にかけたついでに、先生に会って来たとでもいうつもりか?」



 二人は口々に尋ねた。



「そうなのかも……ね。あれは何だか、夢だったとは思えないのよ。あのね、先生がね……私も教え子だって言ってくれたの。二人の事を頼むって……」


「……玄瑞。俺らはどうやら、いがみ合ってる場合じゃねぇようだなぁ?」


「そう……だな。先生は、私達のせいで成仏できんのだろうか……」


「そ、そんな事はないと思うよ? だって……先生は、本当に穏やかな表情だったもの」



 私の言葉により場の雰囲気は、しんみりとしたものになる。


 二人はそれぞれ、何かを考えているようだった。



「玄瑞と晋作は、よく議論してたって聞いたよ。議論から口論になって、それが激化して……いつも、傷を作る様な喧嘩にまで発展していたんだってね?」


「そんな事も……あったやもしれんな」


「まぁ、大抵は玄瑞の頭が固ぇのが原因だがな?」


「何を言うか! 晋作こそ、突拍子もない発言ばかりで、周囲を困惑させていたではないか」



 二人は懲りもせず、また口論を始めた。


 そんな二人を見て、私は笑みをこぼす。



「だからね、今回の二人の喧嘩も……私のせいじゃないって、言ってくれたの」


「そんなのは当たり前だろう? お前が気にする事ではない」


「フン……こんなモンは、いつものじゃれ合いさな。そんな事より……先生とは他に何を話した?」



 晋作は興味深そうに尋ねた。



「私、先生と約束したの。先生が見られなかった景色を……二人には見せてあげるって! 私……もう、迷わないよ?」


「どういう意味だ?」


「私は二人と共に……歩んで行くって事。本当に死ぬべき日が来るまで、決して止まらずに進み続けるの!」


「ほう……そりゃあ、大層な志じゃねぇか」



 晋作はクスリと笑い、満足そうな表情を浮かべる。



「もう! 笑わないでよ。先生が、言っていたのよ……」


「何と?」


「二人と……志を合わせ、新たな歴史を築きなさいって」


「そうか……何とも先生らしいな」



 玄瑞は、小さく微笑んだ。



「だからね、やっぱり私は……異人の暗殺には反対する。人を傷つけなくても、もっと他に攘夷を示す方法はある筈よ」


「その話だがな……あの計画は止めにした」


「えっ!? どうして?」


「俺の計画を止める為に、お前が命を張ったと思ったのさ。まぁ、それは違ったみてぇだが……お前が寝てる間、玄瑞と話し合ってだなぁ……とにかく、止めにした」


「そっか」



 そう照れ臭そうに呟く晋作に、何だか嬉しさが込み上げる。


 これで二人の喧嘩も、一件落着と言ったところだろう。




「そういえば……」


「何だ? まだ何かあるのか?」



 不意に私の頭に、とある考えが浮かんだ。



「手当てしたのは……玄瑞……なのよね?」


「勿論だ。他に医者など居ないのだから、私以外に縫合術が出来るものは居るまい」



 玄瑞は、得意気な表情で言った。



「縫……合?」


「傷が浅いとはいえ、縫わねばならなかったからな。近所の医者の元で、道具を借りたのだ」


「という事は……見たのね?」


「見た……とは?」


「私の……」



 治療に必要であったのだろうが、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。


 着物が切られた様子は無いので……脱がされて着させられたという事か。


 私は、真っ赤になった顔を布団で隠す。



「なぁに生娘みてぇな事を言ってやがる? 試衛館の田舎侍にゃ見せたのだろう? ……ならば、一度も二度も大して変わりゃあしねぇさな」


「なっ!? 晋作の……馬鹿!」


「っ……誰が馬鹿だと!?」


「誰にも……見せてなんか……ないわよ! 試衛館のみんなにだってね! 治療してくれた玄瑞なら、まだ納得する。でもね、どうして晋作まで見てるのよ!?」


「俺ぁ見ちゃいねぇ! 部屋の外で待っていたからな。嘘だと思うならば、伊藤共に聞きやがれ」



 晋作はムキになり、怒鳴るように言った。



「大丈夫だ。晋作が、席を外していたのは確かだ。着物とて、縫合部が見える程度にずらしたのみ。何も案ずるな」


「っ……本当に?」


「本当だ」


「なら……許す。玄瑞も……晋作も、ありがとう」



 私は小さく微笑んだ。



「礼なんざ要らねぇさ。当然の事をしたまでだからなぁ」


「晋作の言う通りだ。だがな、美奈……」



 二人は私の手に、各々の手を重ねる。



「もう二度と……あんな事はしないと約束してくれ」



「もう二度と……あんな馬鹿な事はするんじゃねぇぞ!」



 真剣な表情でそう言う二人に、私はコクりと頷いた。



「その代わり……ずっと、ずっと……一緒に居てよね?」



「心得た」



「またあんな事をされちゃ敵わねぇからな。約束……してやらぁ」



 私の頭の上にそっと置かれた二つの手。



 松陰先生が大切に育てたこの二人を……私は守り抜く。



 先生や二人が夢見る、新たな世の中を切り開くまで、私は決して止まらない。



 例え、この道が長く険しい物だとしても、二人の背中を追って行こう。



 二人に、明治の世を見せてあげたい。




 それが、松陰先生との約束だから……









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