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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第10章 最も危険なテロリストたち
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命の灯火

 

 

「ちょ……ちょっと、晋作! 冗談は止めてよ……確かに、晋作も含めて長州の皆を好きだって言ったけど……そういう意味じゃないの!」



 晋作に手を引かれたまま、酒宴を開いていた部屋を離れ、見世の一室に連れて来られた私は、真剣な表情で言った。



「それに……私……忘れられない人が居るの。だから……晋作の気持ちは、受け入れられない! ごめん……ね?」



 その言葉に、晋作は眉間にシワを寄せる。


 何だか、怒っている様な気がする。


 私の断り方がマズかったのだろうか?


 もっと良い言い方を模索するも、男勝りな私はモテ女とは縁が遠い存在……こんな時、何と声を掛ければ良いのか全く分からなかった。



「おい……美奈」



 晋作の低い声に、思わずビクッと肩を震わす。



「な……何よ!?」



 私は、動揺を悟られまいと気丈に答えた。



「お前は……俺を何だと思っていやがる!? 生憎、俺ぁ女には不自由しちゃいねぇよ!」


「は……はぁ!?」


「チッ……勘違いすんじゃねぇ! お前の様な色気の欠片もねぇ女なぞ、頼まれたとて相手にはできまいよ」



 晋作はそう言うと、私の頬をつねる。



「い……痛いってば! 勘違いって何よ? だいたいねぇ、こんな所に突然連れ込まれれば……そう思うに決まってるでしょうが」



 部屋を出た時までは、何か話があるだけだと思っていた。


 しかし、連れて来られた部屋がいけなかったのだ。


 だって……


 この部屋は……薄暗く狭い部屋の真ん中に、布団が一組敷かれているのだから。



「こんな部屋ってぇのは、何の事だ?」



 晋作は、白々しく尋ねる。


 きっと分かっていて、わざと聞いているのだろう。


 恥ずかしい勘違いと晋作の問いに、私は顔を背けた。



「お前……やはり、変わったな」


「……っ。意味分かんない!」


「先程の話をしようと連れて来たつもりだったが……気が変わった」



 晋作は不敵な笑みを浮かべると、私が抱えていた刀を奪った。



「こんなモンを大事そうに抱えやがって……お前は、試衛館で何してやがった? で……相手はどいつだ? あの目付きの悪ぃ色男か!?」


「か……返してよ! それは大事な刀なの!」



 私は晋作の着物を掴み、懇願する。


 そんな私を晋作は、思いっ切り突き飛ばした。



「……痛っ!」



 突然の出来事に身体が反応しきれる筈もなく、私はそのまま倒れ込む。


 此処に布団があって良かった……そう思える程の衝撃だった。



「お前はもっと……節操のある女だと思っていたのだがなぁ。俺の思い違いだったか?」


「な……んの話?」


「こんな小娘にまで手ぇ出すたぁ……さすがは田舎侍といったところか?」



 晋作は刀を放り投げると、私の顎を掴む。


 何だか良く分からないが、晋作が怒っている事だけは確かだった。



「何が言いたいのよ!」



 私は晋作を睨む。



「お前をあの道場へ置いた事を……後悔してるのさ」


「後……悔?」


「玄瑞が大事にしてたモンを……簡単に傷モンにされちまったからなぁ」


「何……それ……」


「アイツぁ馬鹿な男だ。大事にしてたとて、こうして裏切られる。結局、女なんざ皆同じさな」



 晋作は悲しそうな表情を浮かべると、深い溜め息をついた。



「お前とて、玄瑞の心に気付いていなかった訳じゃねぇだろう?」


「心って……」



 私は返答に困り、言葉を濁す。





「晋作……お前……何をしている!?」





 突然開いた襖の先では、玄瑞が立ち尽くしていた。


 玄瑞は、私の上に居た晋作を引き剥がすと、静かに刀を抜いた。



「やはり……あの場で斬っておくべきだったな」


「フン……続きがやりてぇなら……付き合おうじゃねぇか」



 晋作は立ち上がると、刀を抜く。


 対峙する玄瑞は、今まで見た事もないような怖い顔をしていた。



「ご……誤解だから! お願いだから、刀を仕舞ってよ!」


「……止めるな。先程の話といい、今といい……もう、我慢ならん」


「違うの! 私が……悪いの!」


「馬鹿な事を言うな。無理矢理組み敷いたコイツを庇うつもりか!?」



 必死に止めようとするも、玄瑞は聞く耳を持ってはくれない。



 どうしよう……



 私のせいで、斬り合いになってしまう。


 何を言っても、もう止められなそうな雰囲気だ。


 私は咄嗟に、晋作が放り投げた刀を拾う。



 全ては私が招いた事。



 私がこの時代に来てしまったから……



 私が、惣次郎を好きになんてなったから……



 だから、二人の仲が悪くなってしまったんだ。



 刀を合わせる二人を横目に、私は小さく深呼吸をした。



 静かに刀を抜くも、大刀というものはどうにも長すぎる。


 これはきっと……他人を傷付ける物であって、自分を傷付ける物では無いからなのだろう。


 仕方なく懐紙を取り出し、懐紙と共に刃先を持った。


 帯をほどき、着物をゆるめる。




「……っ」




 私が居なくなれば……


 

 きっと、二人も今まで通り……仲良くなれる。



 私が居なくなれば……



 この先、惣次郎と斬り合わなくて……済む。



 私が居なくなれば……




「い……っ……」




 私は、刃先を伝う血の色を見つめる。



 血に濡れた刀は、何だかやけに美しく見えた。



 切腹って……十字に斬ると、讃えられるんだっけ?



 でも……絶対に無理でしょ。



 だって



 刺したは良いけど、奥まで入れるどころか……痛くて……動かせないもん。



 私……武士にはなれないや。





「な……何をやっている!?」





 異変に気付いた二人は、手にしていた刀を放り投げ、私に駆け寄る。



「お前……何で……刀なんざ刺してやがんだ!?」



「切腹……かな? でも……動かせなくなっちゃっ……た」



「お前は……どこまで馬鹿なんだよ!」



 晋作はその場に立ち尽くす。



「晋作、刀の先を持っていろ!」



 玄瑞は晋作にそう命ずると、私の手を刀から外させた。



「少し……我慢しろ」


「……っ」



 刀を身体からゆっくりと引き抜き、玄瑞は自分の着物の袖を引き千切る。



「すぐに強い酒を持って来てくれ!」



 玄瑞が晋作にそう言ったのを最後に、私は意識を手放した。



 もしも、私がこの時代で死んだら……私が居た時代での私の存在は、一体どうなるのだろう?



 








 





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