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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第10章 最も危険なテロリストたち
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晋作と玄瑞



「さて……程良く酔いがまわったところで、真面目な話といこうじゃねぇか」



 晋作は立ち上がり、みんなを見回した。


 その瞬間、玄瑞の表情が一瞬にして変わる。


 穏やかな表情から一変、眉間にシワを寄せ険しい表情となった。



「真面目な話とは何だ? 異人を斬るなどと馬鹿げた事を、まだ言うつもりか?」


「馬鹿げた事だぁ? お前は結局何も解っちゃいねぇなぁ」


「解っていないのは、晋作の方ではないか! 異人を斬ってどうなる? お前は、この日の本に訪れた異人を全て斬るつもりか?」


「あぁ、そうさ。薩摩に遅れをとるなど、長州の恥。我が藩も、行動を持って攘夷を示さねばなるまいよ」



 私を挟んで、二人の言い合いが始まってしまう。


 攘夷だ何だと言う前に、私の気持ちを少しは考えて欲しいものだ。


 私一人の気持ちも理解できない者に、日本をどうこうしようなんて議論する資格など無いのではないか。


 立ち上がるに立ち上がれない、居心地の悪さに、私は深い溜め息をついた。



「ほう? ならば、晋作の企てを聞こうではないか!」


「企てだと? そんなモンは文に書いた筈だ。フン……まぁ良い、それ程言うなら詳しく教えてやろうじゃねぇか。近頃は、武州にて異人らが我が物顔で遊び歩いていると聞く。だから……」


「そいつらを斬る……と言うのだろう? 聞きたいのは、そんな事ではない。お前が、何の為に斬るかだ」


「理由なんざ、攘夷を示す為以外の何モンでもあるまいよ。玄瑞も可笑しな事を言う」



 晋作は玄瑞を鼻で笑った。



「だから……それが無意味だと言っているのだ」


「無意味だと? お前とて、清国で見ただろうよ。このままでは、日の本は同様になる。だからこそ、攘夷を行動で明確に示すべきだと言ってるんじゃねぇか」



 二人は徐々に感情的になり、立ち上がる。


 私は、そんな二人を黙って見ていた。



「今必要なのは、無意味な殺戮ではない。同志を集め、皆が一丸となり事に当たる事こそが最善。お前の企みは策でも何でもない。晋作は……まだ解らぬのか!?」


「無意味などではねぇさ! 玄瑞こそ解っちゃいねぇ……そんな悠長な事を言ってたらなぁ、この日の本は手遅れになる」


「事が重大だからこそ、全ては慎重に進めるべきだ。お前の考えは、稚拙過ぎるぞ? 晋作」


「誰が幼稚だと!? もう良い。お前の様な腰抜けは、今この場でたたっ斬ってやらぁ」


「のぞむところだ!」



 どこまで行っても平行線の二人の意向。


 その熱気に拍車が掛かった二人の論争は、ついには斬り合いにまで発展しようとしている。


 ハラハラしている周りの様子など見えていないのか、二人は静かに刀を抜いた。



「っ……いい加減に……しなさい!」



 間に挟まれた私は、立ち上がる。



「そんなくだらない事で言い争うなんて、不毛よ!」



 二人の間に立つ私は、晋作と玄瑞の顔を交互に睨む。



「何が日の本よ! 何が攘夷よ! アンタ達のやってる事は……ただのテロ行為じゃない」


「て……てろ?」



 玄瑞は、聞き慣れない言葉に困惑している。


 そんな玄瑞の様子など気にも留めずに、私は続けた。



「晋作は……どうして、簡単に人を斬るだなんて言えるの? 異人だって……同じ人間なのよ?」


「フン……俺ぁ、異人を人と思った事などあるまいよ。奴等は弱国を食い物にする卑しい存在だからな」


「でもね……今の日本が異国に打ち勝つ事なんて、出来やしないのよ。異国には、日本には無い知識や技術を持っているもの」


「お前……何が言いてぇんだよ」



 晋作は私の着物を掴むと、その苛立ちをぶつける。



「私の居た時代を築いてくれたのは、確かに此処に居る皆だよ。身分制度も無く、皆が学問を身に付けられて……好きな職を選び、好きな人と一緒に過ごせる平和な世の中」


「ならば……俺らの計画や判断は、常に正しい筈じゃねぇか。お前にとやかく言われたかぁねぇ」


「でもね……新しい時代を切り開く為に、皆は多くのモノを失っていく。此処に居る皆の命や大切な物を犠牲にして得る平和なんて……私は望まない」


「古い物を壊して新しい物を築くには、犠牲が出るのは仕方ねぇ事だ……それが例え、俺の命だったとしてもな」



 晋作は呟くように言うと、私からそっと手を離した。


 その儚げな表情に、思わず息を飲む。


 この時代の人間は、何だか自分の命などに価値を置いていない様に見える。


 いつ死んでも構わない。


 いつ死んでも良いように、今できる事は全てやっておく。


 そんな生き方をしている様に思えた。


 それは、平和な時代を生きてきた私には、到底相容れない考え方だった。



「晋作……私は、ね」


「まだ何か言いてぇのかよ」



 晋作は腰を下ろすと、杯を一気に飲み干す。



「晋作も玄瑞も……長州のみんなが、大好きなの」


「フン……そりゃあ、ありがとよ」


「だから! みんなを犠牲にしたくはないの。なるべく……無意味な事は避けて……犠牲は最小限に留めたいのよ」


「……そうか」



 晋作はそのまま静かに、何かを考えている様子だった。


 玄瑞と晋作の激論、そして私と晋作の話。


 楽しそうにお酒を酌み交わしていた皆は、晋作や玄瑞に気を遣ってか、おとなしい。


 私達三人のせいで、この場の雰囲気が悪くなってしまった。


 何だか、申し訳ない気分で一杯になる。




「おい、お前……ちぃとばかし、面ぁ貸せや」




 晋作は突然立ち上がると、私の手を引く。



「晋作! お前は、美奈を何処に連れて行くつもりだ!」



「玄瑞……お前は付いて来るんじゃねぇ! 少し……コイツを借りていく。お前らも悪かったな、俺に気にせず楽しくやってくれや」



 そう言い残し、晋作と私は部屋を出た。



 追ってくると思っていた玄瑞が、追ってくる事は無かった。







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