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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
ほのぼの番外編
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過ぎ去りし後



「何だ、こんな所に居やがったのか……」



 聞き覚えのある声に、僕は顔を上げた。


「土方サン……何か用ですか? 今日の僕には、貴方と遊んであげる余裕はありませんよ」


 僕が素っ気無く返すと、土方サンは苦笑いを浮かべる。


「……可愛くねぇ奴」


「土方サンに、可愛いなんて思われなくても結構です」


 一人になりたいのに……何だか邪魔をされた気分だ。


 僕は無言で立ち上がる。


「何処に行く?」


「土方サンの居ない所ですよ」


 そう冷たく言い放つと、僕は歩き出した。


「おい……惣次郎」


「まだ、何か?」


 僕は、面倒臭そうに返事する。


「あの刀……清光だろう。美奈に、くれちまって良かったのか?」


「……良いんですよ。あれは、切紙の祝いのつもりですから」


「そう……か」


 土方サンはまだ何か言いたそうな表情を浮かべていたが、構わずその場を後にした。




 何処に行こうか。


 何処でも良いから、とにかく一人になりたい。


 今日は稽古をする気にもなれない。


 忘れろなんて言ったクセに、刀なんて渡して……


 僕も女々しい男だ。


 そんな事を考えながら、自嘲気味に笑う。



「惣次郎! こんな所に居たのか」



 試衛館から出ようとした時、近藤サンに呼び止められた。



「近藤サン……今日は……その、稽古は……」


「良いんだ。お前はいつも良くやってくれている。たまには休むのも良いだろう。それより……少し部屋に来ないか? 団子もあるぞ」


「……行きます」



 本当は団子なんて食べる気にもならなかったが、近藤サンの笑顔に負けてしまった。


 きっと、僕を心配して気を遣っているのだろう。


 近藤サンの、そんな風に分かり易い優しさが好きだ。




「さぁ、好きなだけ食え!」


 近藤サンは部屋に着くなり、団子の入った包み紙を開く。


 中には大量の団子だ。


 とても、二人で食べる量ではない。


「頂きます……」


 そう呟くと、一串手に取る。



「実はな、惣次郎を励ましてやろうと思って呼んだのだが……いざとなると、良い言葉が思い浮かばないな」



 近藤サンは難しい表情を浮かべている。


 そんな率直な言い方に、自然と笑みがこぼれた。



「近藤サン、そんな事を考えていたんですかぃ? 慰めは……要りませんよ」


「そう……か。惣次郎も、いつまでも子供ではないのだな。子供の時分より見ているせいか、どうも子供扱いしちまうなぁ……いやぁ、すまん」


「良いんですよ。近藤サンになら、どんな扱いを受けたとしても構いません」



 僕は団子に手を伸しながら言う。



「それより、トシを見なかったか? 惣次郎を探しに行った様だが……」


「土方サン? そういえば会いましたよ。どうせ僕をからかいに来たんだと思って、すぐに離れましたけど」


「惣次郎……お前達があまり親しく無いのは分かるが、あぁ見えてトシもお前を心配してるんだ。少しだけでも良い……分かってやってくれ」


「心配……ねぇ」



 土方サンが僕を心配するなんて、有り得ない。


 そんな風に思いつつも、あの日の事をふと思い出す。


 そういえば、美奈が言ってたっけ……


 僕を傷つけたから……土方サンに怒られたって。



「まぁ、良いさ。トシの気持ちも、いずれ伝わる時がくるだろう。それより……」


「それより?」


「どうして、美奈を行かせたんだい?」



 近藤サンは嫌な事を聞く。


 素直過ぎるこの人は……時折、人が聞きにくいような事でも、気にせず聞いてしまう節がある。


 僕は無理に笑顔を作ると、その問いに答えた。



「仕方が無かったんですよ」


「仕方が無かった?」


「僕にとって、近藤サンや試衛館のみんなが家族であるように……美奈にとっては、長州の奴らが家族なんです。それにアイツは、長州に拾われた身ですからね。相当の恩義を感じている様でした」


「拾われた……身?」



 近藤サンの反応に、何だか違和感を感じた。


 もしかして……土方サンは、美奈の事を話しては居ないのだろうか?


 美奈は、あの日の僕との会話を土方サンに聞かれてしまったと言っていた。


 僕はてっきり、近藤サンにまで話が伝わってしまっていると思っていたが……あの人は意外と口が堅かったのか。



「そうなんですよ。京で行く当ても無く困っていた所を……試衛館に迎えに来た、あの医者に拾われたそうです」


「そうだったのか……では、美奈は何処の出なんだい?」


「そ……れは……えっと、記憶が無いそうです。そう……拾われる前の記憶が!」



 僕は、何とか誤魔化す。


 土方サンが近藤サンにすら話さなかったという事は、きっとあの事は黙っていた方が良いのだろう。


 少なくとも土方サンは、言わない方が良いと判断した……


 あの人は何気に頭がきれる。


 ここは、その判断に乗る方が良いに違いない。



「あの娘は……そんな辛いものを抱えていたというのか。なのに常に明るく振舞い……何とも健気な娘だ」


 近藤サンは目を潤ませている。


「まぁ……アイツは何も考えちゃ居ないですからね。頭より体が先に動く様な奴ですよ」


「確かに、元気の良い娘だったな。女にしておくには勿体無い程の気概と、剣術の才があった。惣次郎も稽古を積まねば、次に会った時には追い越されてしまうぞ?」


「次……ねぇ」



 次に会った時に……


 そんな何気ない言葉に、胸がズキリと痛む。


 美奈の言った未来が本当であるならば……


 次に会った時には……敵だ。


 稽古で竹刀や木刀を振るうのとは、訳が違う。


 対峙すれば、斬り合いになる可能性だってある。


 僕に美奈が斬れるのだろうか?


 そんな事は出来やしない。



 だが



 アイツが他の誰かに斬られるくらいなら



 いっそ、僕の手で……





「惣次郎!」



 近藤サンの声に、ハッと我に返る。



「どうした? 随分と怖い顔をしていたぞ?」


「な……何でもないですよ。少し考え事をしていました。あ! そうだ……僕、土方サンに用事があったんです。すっかり忘れてました」


「ん? そうか……それなら、残りの団子を持って行きなさい」


「近藤サン、ありがとうございます」



 団子を手渡された僕は、近藤サンの部屋を出た。






「土方……サン。入りますよっと」


 僕は土方サンの部屋の襖を開けた。



「あぁ……惣次郎か」


「団子を近藤サンに貰ったんですよ。だから、お裾分けに来ました」



「お前が俺にお裾分けなんざ、珍しいな」



 土方サンは何だか嬉しそうな表情をしている。


 僕は腰を下ろすと、団子の包み紙を開いた。



「そういえば……どうして、近藤サンに言わなかったんですか?」


「何の話だ?」


「美奈の事……ですよ。アイツがこの時代の人間で無い事……とか」


「そんな事は言う必要もねぇだろうよ。ゆくゆくは敵になると知って、奴等の態度が変わっちまっても、アイツに辛ぇ思いさせるだけだしな」



 土方サンの意外な答えに、正直僕は驚いた。


 この人は、案外優しい人なのだろうか。



「土方サン……もしかして、美奈に惚れてたんですかぃ?」


「なっ!? んな訳ねぇだろうが! 何で俺が、あんな小娘に惚れる? 俺ぁもっと色気のある女が好みだ」


「ふぅん。色気……ねぇ。まぁ普段はあれでも、女ってぇのは……ふとした時に色気が出るモンなんですよ」


「お……お前、まさか!?」


「嫌だなぁ、土方サン。僕は土方サンの様に不純ではありませんからね……土方サンが考えている様な、行きすぎた行動はとってませんよ」



 僕は、土方サンの表情を見て笑う。



「そ……そうか。それはそうと、この先の事だが……」


「分かっていますよ。僕はね、ずっと近藤サンに付いていくつもりです。僕が試衛館を裏切る事はない。だから、僕も美奈も……忘れた方が良い」


「忘れる必要なんざ……ねぇよ」


「えっ!?」



 その言葉に、思わず団子を落としてしまう。



「お、お前。何、人の部屋に団子を落としてやがんだ!?」


「どうして? 忘れなきゃ……前には進めないじゃないですか」


「じゃあ逆に聞くが……そうやって無理して忘れようとして、忘れられるものなのか?」



 土方サンは、畳を拭きながら静かに尋ねた。



「そりゃあ……」


「お前の想いは、そんな軽いモンじゃねぇだろう?」


「そう……ですね。土方サンは何でもお見通しってわけだ」



 僕はその場に寝転がると、笑いながら言った。



「確かにこの先、お前とアイツが一緒になる事はねぇかもしれねぇ。だがな……互いに想い続けてりゃあ、奇跡は起こるかもしれねぇぞ?」


「奇跡……ねぇ。土方サンも、案外夢見がちなんですね。まるで、そこら辺の娘のようだ」


「む、娘!? 馬鹿な事言ってんじゃねぇよ」



 土方サンは顔を真っ赤にして慌てている。



「もしも土方サンの言う様に、奇跡が起きたら……」



 僕は襖を開けると、空を眺めながら呟く。



「今度は手放したりなんて……しない。どんな手を使ってもね」



「ん? 何か言ったか?」



「いいえ、何でもありませんよ」



「……そうか」



 部屋の中に冷たい空気が吹き込んだ。



 もうすぐ冬が来る。



 お前が言った通り、京に行けば……



 また逢えるのだろうか。



 どんな形でも良い。



 もう一度逢えるのならば、立場なんて……



 どうだって良い。



「おい惣次郎、早く閉めろ。寒くて敵わねぇ」



「土方サンは鍛え方が足りないんですよ」



「っ……生意気言ってんじゃねぇよ」



「京に……」



「は? 京がどうした?」



「京に、早く行きましょうね」



 僕は襖を閉めると、土方サンに笑顔を向けた。



「……あぁ、そうだな」











 

 

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