別れ
翌日
私は、部屋で荷物の整理をしていた。
荷物をまとめながら、この試衛館での暮らしを思い出す。
本当にこれで最後なんだと……そう思う反面、何だか今でも実感が湧かない。
私は今日、この試衛館を発つ。
「支度は整ったか?」
朝餉からしばらくすると、玄瑞が私を呼びに来る。
「……うん」
「ならば、行こうか」
玄瑞の言葉に、私はコクりと頷いた。
私たちが近藤サンをはじめ、山南サンや源サンに最後の挨拶をし、玄関を出ると、門の前には既に試衛館のみんなが待っていた。
「……みんな」
私は、その姿に目を丸くさせる。
「この三月……お前はよくやった。最後まで生意気なクソガキだったが、お前との暮らしも悪かなかった。その剣術でもって、長州の家族とやらを護ってやれ」
「土方……サン」
「な……泣く奴があるか! チッ……面倒臭ぇ。おい、左之……お前が何とかしろ」
土方サンはそう言うと、私の背中を押す。
「え!? 俺? 参ったなぁ……その、なんだ? お前は、同じ試衛館で飯を食いあった仲だ。俺らは家族みてぇなもんだ……長州が嫌んなったら、いつでも帰って来いよ?」
「うん……原田サン、ありがとう」
私は、原田サンにお礼を告げた。
「左之の言う通りだ。お前はいつまでも……俺らの可愛い妹だからな!」
永倉サンは私の頭を撫でる。
「美奈……俺、お前の事……忘れねぇからな! いつかまた……一緒に稽古しようぜ!」
藤堂サンは私の手を取る。
「お前が居なくなると、華が無くなるなぁ。男だらけになっては、何だか寂しい気がする。さてと……惣次郎で最後だな。行って来い」
斎藤サンは私の手を引き、惣次郎の前に連れて行った。
「惣……次郎」
私は、小さく呟く。
「餞別に……これをやる」
惣次郎が私に手渡した物は、刀だった。
「えっ!? こんな高価そうな物……もらえないよ!」
「良いから……黙って受け取れ」
「あ……ありがとう」
惣次郎のその真剣な表情に、私は刀を受け取った。
その手を引き寄せると、みんなの前であるにも関わらず、惣次郎は私を抱き締める。
「今まで……ありがとうな。僕は……お前の事が、好きだから。だから……」
「……惣次郎?」
「だから……僕の事は……忘れて」
みんなに聞こえないよう、耳元でそっと囁く。
その言葉に反論しようとした時……惣次郎は私から離れ、笑顔を見せた。
「じゃあ……な」
惣次郎は私の頭を撫でると、そのまま道場の方へと走り去って行ってしまった。
「惣次郎!」
私は惣次郎を追いかけようとする。
「美奈……そろそろ、行くぞ」
玄瑞に引き留められた私は、惣次郎を追う事を止めた。
「そうだ、それで良い……惣次郎の事は、俺らに任せておけ。道中……気を付けてな」
「土方サン……」
私は涙を拭い、みんなに笑顔を向ける。
「みんな……ありがとう! また……ね」
「あぁ。また……な」
玄瑞と私はみんなに会釈すると、試衛館を後にした。
晋作の元へと向けて歩き出したものの、思い出すのは試衛館での思い出ばかりだ。
そんな私の心中を察してか、玄瑞も黙って歩いている。
惣次郎は大丈夫だろうか。
最後に言った、忘れてくれという言葉……あれが、私の中でこだまする。
忘れるって言っても……どうしたら良いのか分からない。
そんな事が出来るのだろうか。
「奈……美奈?」
私を呼ぶ声に、顔を上げる。
考え事ばかりをしていた私は、気付けば立ち止まっていたようだ。
玄瑞が心配そうに、私の顔を覗き込む。
「どうした、気分でも悪いのか? 少し休むか?」
「う……ううん。大丈夫。それより、急いでいるんでしょう?」
「それはそうだが……何だか、お前の顔色が悪いような気がしてな。少し休んだ方が良いと思うのだが」
「大丈夫だよ。心配かけてごめんね。それより……どうして急いでいるの?」
私は何気なく尋ねた。
「それは……だな。実は、晋作の奴が面倒な事になってしまってな」
「面倒な事? まさか……何かやらかしたの?」
「やらかした訳では無いが……その危険性は高い」
玄瑞は、深い溜息をつく。
「どういう意味?」
「晋作が江戸に居る間、私と晋作は文でやり取りをしていた。薩摩の一件以来、晋作は昂ってしまっていてな……異人を斬ると言って聞かぬのだ」
「薩摩のって……生麦でのやつ?」
「そうだ。早く行かねば、アイツは異人を襲撃しかねん」
「やっぱり……危険だ」
私は、思わず俯く。
「攘夷自体は、積極的に行うべきであるとは思う。だがな……異人を一人、二人と斬ったとして何になろうか? そんな事よりもすべき事があろうに……」
「すべき事?」
「まずは同志を募り、志を同じくする我等が一丸となって藩を動かす。そうした上で攘夷を実行すべきだ。薩摩の一件に感化されてしまった晋作は、きっと焦っているのだろう。感情のまま動くアイツらしいが、黙って見過ごす訳にはいかん」
「そっか……何だか大変そうだね」
私は、玄瑞に同情する。
「そうだな……お蔭で、藩邸に着いてからも何かと忙しそうだな」
「そっか……じゃあ、私が何か手伝うよ。私に出来そうな事があったら言ってよね?」
「心得た」
玄瑞はそう呟くと、小さく微笑んだ。




