表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第9章 別れの刻
55/131

別れ



 翌日


 私は、部屋で荷物の整理をしていた。


 荷物をまとめながら、この試衛館での暮らしを思い出す。


 本当にこれで最後なんだと……そう思う反面、何だか今でも実感が湧かない。


 私は今日、この試衛館を発つ。






「支度は整ったか?」


 朝餉からしばらくすると、玄瑞が私を呼びに来る。


「……うん」


「ならば、行こうか」


 玄瑞の言葉に、私はコクりと頷いた。






 私たちが近藤サンをはじめ、山南サンや源サンに最後の挨拶をし、玄関を出ると、門の前には既に試衛館のみんなが待っていた。


「……みんな」


 私は、その姿に目を丸くさせる。



「この三月……お前はよくやった。最後まで生意気なクソガキだったが、お前との暮らしも悪かなかった。その剣術でもって、長州の家族とやらを護ってやれ」


「土方……サン」


「な……泣く奴があるか! チッ……面倒臭ぇ。おい、左之……お前が何とかしろ」


 土方サンはそう言うと、私の背中を押す。


「え!? 俺? 参ったなぁ……その、なんだ? お前は、同じ試衛館で飯を食いあった仲だ。俺らは家族みてぇなもんだ……長州が嫌んなったら、いつでも帰って来いよ?」


「うん……原田サン、ありがとう」


 私は、原田サンにお礼を告げた。


「左之の言う通りだ。お前はいつまでも……俺らの可愛い妹だからな!」


 永倉サンは私の頭を撫でる。


「美奈……俺、お前の事……忘れねぇからな! いつかまた……一緒に稽古しようぜ!」


 藤堂サンは私の手を取る。


「お前が居なくなると、華が無くなるなぁ。男だらけになっては、何だか寂しい気がする。さてと……惣次郎で最後だな。行って来い」


 斎藤サンは私の手を引き、惣次郎の前に連れて行った。



「惣……次郎」



 私は、小さく呟く。



「餞別に……これをやる」



 惣次郎が私に手渡した物は、刀だった。



「えっ!? こんな高価そうな物……もらえないよ!」



「良いから……黙って受け取れ」



「あ……ありがとう」



 惣次郎のその真剣な表情に、私は刀を受け取った。


 その手を引き寄せると、みんなの前であるにも関わらず、惣次郎は私を抱き締める。



「今まで……ありがとうな。僕は……お前の事が、好きだから。だから……」



「……惣次郎?」



「だから……僕の事は……忘れて」



 みんなに聞こえないよう、耳元でそっと囁く。


 その言葉に反論しようとした時……惣次郎は私から離れ、笑顔を見せた。



「じゃあ……な」



 惣次郎は私の頭を撫でると、そのまま道場の方へと走り去って行ってしまった。



「惣次郎!」



 私は惣次郎を追いかけようとする。



「美奈……そろそろ、行くぞ」



 玄瑞に引き留められた私は、惣次郎を追う事を止めた。



「そうだ、それで良い……惣次郎の事は、俺らに任せておけ。道中……気を付けてな」



「土方サン……」



 私は涙を拭い、みんなに笑顔を向ける。



「みんな……ありがとう! また……ね」



「あぁ。また……な」



 玄瑞と私はみんなに会釈すると、試衛館を後にした。







 晋作の元へと向けて歩き出したものの、思い出すのは試衛館での思い出ばかりだ。


 そんな私の心中を察してか、玄瑞も黙って歩いている。


 惣次郎は大丈夫だろうか。


 最後に言った、忘れてくれという言葉……あれが、私の中でこだまする。


 忘れるって言っても……どうしたら良いのか分からない。


 そんな事が出来るのだろうか。



「奈……美奈?」



 私を呼ぶ声に、顔を上げる。


 考え事ばかりをしていた私は、気付けば立ち止まっていたようだ。


 玄瑞が心配そうに、私の顔を覗き込む。



「どうした、気分でも悪いのか? 少し休むか?」


「う……ううん。大丈夫。それより、急いでいるんでしょう?」


「それはそうだが……何だか、お前の顔色が悪いような気がしてな。少し休んだ方が良いと思うのだが」


「大丈夫だよ。心配かけてごめんね。それより……どうして急いでいるの?」



 私は何気なく尋ねた。



「それは……だな。実は、晋作の奴が面倒な事になってしまってな」


「面倒な事? まさか……何かやらかしたの?」


「やらかした訳では無いが……その危険性は高い」



 玄瑞は、深い溜息をつく。



「どういう意味?」


「晋作が江戸に居る間、私と晋作は文でやり取りをしていた。薩摩の一件以来、晋作は昂ってしまっていてな……異人を斬ると言って聞かぬのだ」


「薩摩のって……生麦でのやつ?」


「そうだ。早く行かねば、アイツは異人を襲撃しかねん」


「やっぱり……危険だ」



 私は、思わず俯く。



「攘夷自体は、積極的に行うべきであるとは思う。だがな……異人を一人、二人と斬ったとして何になろうか? そんな事よりもすべき事があろうに……」


「すべき事?」


「まずは同志を募り、志を同じくする我等が一丸となって藩を動かす。そうした上で攘夷を実行すべきだ。薩摩の一件に感化されてしまった晋作は、きっと焦っているのだろう。感情のまま動くアイツらしいが、黙って見過ごす訳にはいかん」


「そっか……何だか大変そうだね」



 私は、玄瑞に同情する。



「そうだな……お蔭で、藩邸に着いてからも何かと忙しそうだな」


「そっか……じゃあ、私が何か手伝うよ。私に出来そうな事があったら言ってよね?」


「心得た」



 玄瑞はそう呟くと、小さく微笑んだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ