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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第9章 別れの刻
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最後の教え



 惣次郎に連れて来られた場所。


 それは、私の部屋だった。


 話ならさっきの境内で、終わったはずだ。


 まだ……何かあるのだろうか。


 境内に居たあの時は、あんなにも穏やかな表情だったのに……今の惣次郎の表情は、何だか怖い。


 どうして怒っているのだろう。


 どうして何も答えてはくれないのだろう。


 どうして……






「ねぇ……最後に……お前に、大事なことを教えてあげるよ」


 部屋に入るなり、私に背を向けたまま言った。


「大事な……事?」


 惣次郎の言葉の意図するものが何なのか、イマイチ読み取れない。


「そう……大事な事」


 振り返った惣次郎は、やはり怖い顔をしている。



「僕はさ……最後の最後まで、お前の馬鹿さ加減に呆れたよ。さっきのは何? 結局……お前は何も分かってないんだよね」


「馬鹿って……何で今更そんな事を、言われなきゃならないのよ!」


「……お前の自覚が、足りな過ぎるからだよ」



 そう呟くと、惣次郎は私の肩を思い切り押す。



「痛っ……何すんのよ! 危ないでしょうが!」



 突然押された衝撃でその場に倒れ込んだ私は、惣次郎をキッと睨む。


 どうして、こんな事をするのだろうか。


 そもそも、男が女に手を上げるなど言語道断だ。


 それにしても……惣次郎は何故、怒っているのだろう。



「お前さぁ……どうして、僕が怒っているのか分からないだろう?」


「当たり前じゃない。そんなの……言ってくれなきゃ分かる訳ないでしょう?」


「やっぱりお前は……馬鹿だ」



 惣次郎は深い溜め息をつくと、ゆっくりと私に歩み寄る。


 その表情はまるで能面のようで、感情も温かさも感じられなかった。


 そんな顔が暗い部屋の中で、ぼんやりと見える。


 少しずつ近付いて来る惣次郎に、私は座ったままの状態で、反射的に後ずさりしてしまう。


 きっと、その気迫に気圧されてしまったのだろう。



「だからさ。惣次郎は一体、何に怒ってるのよ……ちゃんと言って……よ」



 そう言い放った瞬間、私の視界は反転する。


 反射的に閉じた目蓋を開くと、視線の先には天井と惣次郎の顔。



「そこ……どきなさいよ」



 まるで人が変わってしまったかの様に、冷たい表情を浮かべている惣次郎を見据えて言った。



「どいてほしかったらさぁ……自分で振りほどいてみろよ」



 その言葉に悔しさを感じた私は、思いっ切り力をこめる。


 惣次郎に掴まれたその手を振りほどこうともがくが、それはびくともしない。



「自分で振りほどけないから言ってるんでしょう? だいたい、何も言わなければ分からないのよ」



 もがく事を諦めた私は、気丈に主張する。



「どう頑張ったってさ……女のお前の力じゃ、振りほどけやしないんだよ。そんな事くらい、いくら馬鹿とはいえ……分かるだろう?」


 反論の仕様が無くなった私は、惣次郎から顔を背けた。



「もう少し……自覚しろよ」



 そう呟いた惣次郎の声は、何だか悲しそうだった。



「自……覚?」


「あまり隙を見せるなって事。この先、僕がお前を護ってやる事は出来ないんだよ? だから……自分の身は自分で護るしかない。お前がこんなんじゃ……僕は、笑ってお前を送り出せやしない」



 私の頬に、一滴の雫が落ちる。


 もしかして、惣次郎は……泣いている?


 私は、思わず惣次郎を見上げた。



「例え、仲間だとしても……お前が隙だらけなら……間違いが起こらないとは限らない。だからさ、あの時……同室など認めないって言ったんだ!」


「もしかして惣次郎は……そんな事に怒っていたの?」


「何だよ……今更、気付いたのかよ。お前は本当に、馬鹿だな」


「馬鹿って何よ! もう、良いから……さっさと、どきなさいよ。いい加減重いのよ!」



 私は、惣次郎の下で再びもがく。



「……どうしようかなぁ。だってお前、自分じゃ振りほどけないんだろ?」


「っ……そうよ! だから、どいてって言ってるの」


 惣次郎は面白いものでも見ているかのように、楽しそうな表情を浮かべている。


「いい加減に……してってば!」


 私がそう叫んだ瞬間、勢い良く襖が開く。



「惣次郎! お前……何やってやがんだ? 行き過ぎた行動は認めねぇと言わなかったか?」



 襖を開けたのは、土方サン達だった。


「やだなぁ……土方サン、人の恋路の邪魔はしないんじゃ……ありませんでしたか? それに、永倉サンに左之サンまで……覗きはいけませんよ」


「恋路の邪魔だと? お前がやってんのは、そんな大層なモンじゃねぇだろうが! 女ぁ無理矢理組み敷いて、何が恋路だよ」


「僕は、最後に教えていただけですよ。自分の身は自分で護れと……コイツは自覚が足りないですからね。このまま長州に帰すには……隙がありすぎて、危なっかしい」



 サラリと答える惣次郎と、眉間にシワを寄せている土方サン。


 二人の対峙により、部屋には不穏な空気が流れている。


 何だか居心地が悪い。


 惣次郎は私から離れると、嘘くさい笑みを浮かべる。



「コイツの仲間に……土方サンのように手の早い男が居たとしても、明日からは僕が護る事は出来ませんからね……もっと気をつけてもらわなきゃ、心配で長州に帰せやしませんよ」


「だっ……誰の手が早いって!?」


 土方サンは、惣次郎の頬をつねる。



「痛いじゃないですか……僕はただ、コイツに危機感を持って欲しかっただけなんだけどなぁ」


「まぁ……お前の言う事も一理あるな。確かにコイツは危なっかしい。お前が危惧するのも分からなくはない」


「でしょう? だったら、早くその手を離して下さいよ」



 惣次郎の言葉に、土方サンは舌打ちをしながらも、頬から手を離す。



「おい」



 土方サンは私の方を向くと、突然呼び掛けた。



「な……何よ」


「お前、惣次郎の言いたい事は理解できたのか?」


「……なんとなく」


「そうか……ならば良い。ここを離れた後は……せいぜい気を付けるこったな」



 土方サンは、私の返事を聞くとニヤリと笑い、原田サンらを引き連れて、部屋から去って行った。






 取り残された私達は、お互いに気まずそうな顔をしている。


「わ……悪かった」


「何が?」


 私は、キョトンとする。


「お前に分からせる為とはいえ……痛い思いをさせちまった……から?」


「別に良いよ。惣次郎……加減してたでしょう? だって、そこまで痛くは無かったし」


「そうか。さっきも言ったけどさ……頼むから、もう少し自分が女だという自覚を持ってくれ。じゃねぇと……お前が心配で……」


「うん……分かった。約束する」



 私がそう言うと、惣次郎は満足そうな表情を浮かべた。



 惣次郎からの最後の教え。



 それは……



 女は男には力では敵わない。



 だからこそ、異性に隙を見せ過ぎてはいけない。



 つまり……



 自分の身は自分で護れ。



 という事だったのだ。



 私がそれを理解した時……波乱の夜は、静かに終わりを告げた。









 







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