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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第9章 別れの刻
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境内




 色々と探し回って最後に行き着いた場所。


 それはあの日、惣次郎と話し合った神社の境内だった。


 階段を登りきるなり、辺りを見回す。


 境内にうずくまるその人影を見付けた時、私は思わず息を飲んだ。






「惣次郎!」


 私の呼びかけに、その人影はゆっくりと顔を上げる。


「どうして……こんな所に……居るのよ」


 惣次郎に駆け寄った私は着物を掴み、途切れ途切れに尋ねた。


「どうしてって……分からなかったんだよ」


「何……が?」


「何って……お前の前でどんな顔をしたら良いのか……だよ。そりゃあさ、いつかはこんな日が来るなんて分かってたし、その時は笑ってお前を送り出してやろうと決めていたさ……でも」



 惣次郎は私の頬に手を伸ばす。



「出来なかった。お前の前で情けない顔なんて、したくはなかったのに……結局、格好悪いところを見せちまった。僕は……本当に駄目だね」


「そんな事無い! 惣次郎は……格好悪くなんかないよ……」



 私はそっと、惣次郎の手を取った。



「お前はやっぱり変な女だね。あんな風に良い男が傍に居るのに、僕なんかを追ってくるなんてさ」


「良い男って……玄瑞の事?」


「そんな名だったっけ。顔も声も良いし背丈もある。おまけに学もあるし、剣術もできる。その上、物腰も柔らかくてさ……非の打ち所が無いって、こういう事を言うんだって思った。僕なんか何一つ勝てやしない」



 惣次郎は玄瑞を褒めつつも、何だか悲しそうな目をしている。



「そんな事……」



 私が否定する声を遮るかのように、惣次郎は話し始める。



「っ……最後なのに……悪かったな。お前を困らせるつもりは無かったんだ。ただ単に、勝手に僕が一人で拗ねていただけ……でもさ、もう止めた! やっぱりさ、最後くらいは……笑って別れる方が良い」


「最……後」



 惣次郎の発した「最後」という言葉に、胸が苦しくなる。


 二人で会えるのも、これが最後……


 京で逢う頃にはきっと、お互いの立場は変わってしまっている。


 それにしても、初めて付き合った相手が歴史上の人物とは……何だか不思議な感覚だ。


 私の気の強さを受け入れてくれ、それでも好きだと言ってくれる人なんて、現代には居なかった。


 私と惣次郎の付き合い方なんて、土方サン達からすれば子供が仲良く遊んでいる様にしか見えなかった事だろう。


 だからこそ、あんなにも門限や時間にうるさかったのだろうし……


 でも……それでも、私にとっては真剣だったのだ。


 試衛館で過ごした日々は、まるで夢のようだった。


 好きな人と毎日を過ごせる事が、こんなにも幸せな事なのだと初めて知ったのだから。



 そんな、青くて淡い恋も今夜で終わり。



 明日からは、全てを忘れて生きていかなければならない。



「あのね、惣次郎……」


「ん? 何?」


「私ね……惣次郎と逢えて良かった。前に、逢わなければ良かったなんて言っちゃったけど……あれは、やっぱり訂正する!」


「どうして?」


「だって……惣次郎と出逢えたから、好きな人と一緒に過ごす事は楽しいって知ることができたんだし、それって初めての事だったから……だから、出逢えて良かった!」


「……そう」



 惣次郎は満足そうに微笑むと、私をふわりと抱きしめた。



「僕も……訂正する。美奈に出逢えて……本当に良かった。女に興味を持ったのなんて、初めてだ」


「う……嘘!? じゃあその前は、もしかして……」


「お前……何を想像しているの? 斬られたいわけ? 悪いけど、僕は男には全く興味ないからね?」


「だって、惣次郎が意味有り気な事を言うから……」


「そりゃあ、土方サン程じゃねぇけど……まぁ、適当に遊ぶくらいはしてきたさ。でも、女に惚れたのはお前が初めてだったからね。それに……僕はどうにも、淑やかな女には興が乗らねぇようだ」


「ふうん。惣次郎って変わった趣味だね?」


「お前のその言葉……自分で自分を貶しているって分かってるの?」


「……あっ!」


「やっぱり、お前は馬鹿だな」



 私達は顔を見合わせ、笑い合う。



「やっと……惣次郎の笑顔が見られた」


「お互い様だろ?」


「そうかも……ね」




 月明かりが照らす中。



 惣次郎は私にそっと口付ける。



 心が通ったと初めて確信した、あの日と同じ境内。



 あの日と同じ時刻に景色。



 あの日と変わらぬ気持ち。



 ただ一つ違っていたのは、それが最後の口付けだという事だけだった。




「そろそろ……帰ろうか」



「そう……だな。あんまり遅くなると、また怒られそうで敵わねぇからな」



 私達は、試衛館へと共に歩く。


 手をつないだまま、ゆっくりゆっくりと……それはまるで、試衛館に戻るまでの時間を引き延ばしているかの様だった。






 試衛館に戻り惣次郎と別れると、私は酒宴を行っていた部屋へと向かった。


「お? お前、帰ってきたのか!?」


 土方サンは私の姿を見るなり、満足そうな笑みを浮かべる。


「だって……あんまり遅くなると、怒られるから……」


 私の言葉に、土方サンだけでなく原田サンや永倉サンまでもが腹を抱えて笑い出した。


「な……何が可笑しいのよ!」


 私は頬を膨らませる。


「悪ぃ、悪ぃ! 何だか、お前が可愛く見えちまってなぁ。いやぁまさか、今夜ですらちゃんと帰って来るたぁ驚いたな……さすがは……」


「はぁ? 意味分かんないし!」


 不機嫌そうな表情の私を横目に、土方サンは笑いながら私の頭を撫でた。


「きっとこれも毎日、土方サンが厳しく監視をしてたからじゃないですか? だが、まぁ……ちゃんと帰って来たのは偉いわな」


「もう! 原田サンまで……回りくどすぎて、何が言いたいのか分からないのよ!」


「要は、土方サンの一人勝ちってぇこったな」



 一人勝ち?


 ますます意味が分からない。



「俺らは、美奈と惣次郎が帰って来るか……賭けてたって事さ」


 永倉サンが説明する。


「賭け!?」


「そうだ。ちなみに土方サンは帰って来る方に賭けた。俺と左之は帰って来ない方に賭けた」


「帰って来ない訳が無いじゃない! 私も惣次郎も、ここ以外に行く所なんて無いもの」


 私は首をかしげる。


「ほらな。このザマじゃ、帰って来ねぇわけがねぇだろ? お前らは読みが甘いんだよ」


「さすがは土方サンだな! 色恋沙汰はやっぱり熟知してるねぇ」


「コイツらは、お前らと違って青いからな」


 土方サンの言葉に、二人はまた笑い出す。



「そういえば……玄瑞は!?」



 そうだった。


 私は、この部屋に来た目的をすっかり忘れていた。



「あぁ、あの男ならば部屋に連れて行ったぞ?」


「部屋って、私の部屋のこと? 永倉サンが連れて行ってくれたの?」


「まぁ、そうなんだが……近藤サンがお前の部屋に寝かせるのは、駄目だと言ったからな。惣次郎の部屋で寝てるぜ」


「な!? 何で惣次郎の部屋なのよ!」


「そんなの知らねぇよ。近藤サンが言ったから、そうしたまでだ。そもそも、部屋だってそんなにある訳じゃねぇんだ。仕方ねぇだろ?」



 永倉サンの言葉に唖然としていると、突然部屋の襖が勢い良く開いた。



「ねぇ! 一体どういう事!? 僕の部屋に……男が寝てる!!」


「ごめん、惣次郎……何でも、永倉サンが運んだみたい。今、私の部屋に移してもらうから……ちょっと待ってて」


「お前、何言ってんの? そんなの認められる訳無いだろう?」


「えっ? でも、玄瑞や晋作と同室の事なんて、今までもよくあったし……私は気にならないよ?」


「お前が気にならなくても、僕が気にするんだよ!」


 惣次郎はそう言うと、不機嫌そうな表情になる。



 上海渡航では、普通に晋作や玄瑞と同室で暮らしていたからか、私からしたら玄瑞と同室になろうが、今更全く気になる事は無い。


 そんな私には、惣次郎が怒る理由が見当たらなかった。



「お前……いくら何でも、そりゃあマズイだろう」


「何が?」


「何が? じゃねぇよ。いくらお前みてぇな色気のねぇガキだろうがなぁ……男と同室は良くねぇよ」


 土方サンは深い溜め息をついた。


「私は別に気にならないよ?」


「お前は少しは気にしろ! まだ分かんねぇのか? お前は女なんだ……って、惣次郎! お前、何処に行く!?」



 土方サンとの話の途中にも関わらず、惣次郎は私の手首を掴むと、無理矢理引っ張り上げ私を立たせる。



「土方サンは黙ってて下さい。この馬鹿には……口で言っても分かりゃしねぇだろうからね……分かりやすい様に、教えてやるんですよ!」



「ねぇ、惣次郎! こんな時間に何処に行くのよ! 玄瑞はどうするの?」



 部屋を出た所で私が何を尋ねても、惣次郎は怖い顔をしているだけで、何も答えようとはしなかった。





 

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