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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第9章 別れの刻
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酒宴




 それは本当に突然の出来事だった。


 恐れていたその日は、何の前触れもなくやってくる。


 別れの刻……






「美奈……お客様だよ」


 道場で惣次郎といつもの様に他愛もない会話をしていた私を、近藤サンが呼びに来る。


 その表情から、何となく事態を察した。


 お客様は……きっと、玄瑞だ。


「惣次郎……私……」


 私は惣次郎を見る。


「……行ってこい」


 惣次郎は俯いたまま言った。


「惣次……郎?」


 その場に立ち尽くしている私を、近藤サンはその手を引き、無理矢理連れて行った。






 近藤サンは、私を玄瑞の居る部屋まで連れていくと、用があると言ってその場を離れた。


「美奈! 本当に会いたかった……晋作から聞いた時は、不安で不安で……眠る事さえままならぬ程だったのだぞ。迎えが遅くなってしまった事、赦してほしい」


 玄瑞は私の姿を見るなり私を抱きしめる。


「玄……瑞」


 私の心は複雑な想いでいっぱいだった。


「随分と過保護なご友人なこった……お前を連れて来た武士とは大違いだな」


 玄瑞を案内したのが土方サンだったのか……その場に居合わせた土方サンはクスリと笑う。


「こ……これは、人前で申し訳ない事をした。非礼を赦してくれ」


「こりゃあ、はじめの武士とは性格まで正反対か。面白れぇ! お前さんもそう硬くなるな。見ての通り此処は浪人やら百姓やらの集まりだ。お前さんらとは身分が違う」


「身分? それを言うならば私とてさして変わりは無い。そもそも家柄なぞで人の器量は量れまい。家柄が良くとも、個が無能ならば大儀を成し得んからな」


「ほう……お前、若いクセに良い目をしてるじゃねぇか。だが、長生きはしなそうだな」


 土方サンは不敵な笑みを浮かべる。


「そう言う貴殿こそ、長生きをする様な目をしてはおらんな。色男がそれでは、泣く女も多かろう」


「面白ぇ事を言うなぁ……気に入った! そうだ、今宵は此処に泊まって行くが良い。吉原に連れて行く金はねぇが、酒ならある。手頃な娘を呼んで酌させりゃあ良いだろう。お前さんも、色男に美声と来たモンだ……きっと、江戸の女も見惚れるだろうよ」


 楽しそうな表情を浮かべる土方サンに、私は何だか苛立ちを覚えた。


 私の帰り際に、何てくだらない事を言っているのだろうか。


 本当に無神経過ぎる。


「すまんが私にはコイツが居るもんでな。そういった類の事には興が乗らんのだ。折角の誘いだが遠慮しておこう」


「お前さんも稀有な趣味だねぇ。こんな小娘の何が良いやら……」


「フン……コイツの良さなど貴殿には分からなくて結構。さて……私達はそろそろ出るとしよう。美奈が世話になったな。道場主にも宜しくお伝え頂きたい」


 玄瑞はそう言うと、私の手を引き立ち上がる。



「待ってくれ!」



 私達を引き止めたのは、原田サンたちだった。


「まだ何か用か?」


 玄瑞は静かに尋ねる。


「あのよ……迎えが急な事だったから、俺らまだコイツに何もしてやれてねぇんだ。だから、さっきの土方サンの話じゃねぇけど、今夜は此処に泊まっていかねぇか? 最後に……酒宴でも開いてやりてぇんだよ」


 原田サンの言葉に、何だか胸が熱くなる。


「だが……我々は先を急いでいるものでな。申し訳ないが……」


「お願い! 私ももう一晩だけ此処に居たい! みんなにちゃんと、お別れを言ってないもの。玄瑞……駄目かなぁ」


 断ろうとする玄瑞の袖口を掴み、私は懇願した。


「……お前がそう言うなら、仕方があるまい。ただし、一晩だけだぞ?」


「うん。ありがとう」


 私の意向を酌んでくれた玄瑞に、心からお礼を言った。





 夕餉の酒宴まではかなり時間がある。


 私と玄瑞は、土方サンの勧めで道場へと向かった。


「そういえば、お前は免許を授けられたそうだな?」


 玄瑞は思い出したように尋ねる。


「土方サンから聞いたの? うーん。でも……免許って言っても、一番下の切紙っていう位だよ」


「三月にも満たないのに凄いではないか! よく頑張ったな」


 そう言って玄瑞は、私の頭をふわりと撫でた。


 懐かしい感触に、自然と笑みがこぼれる。


 それと同時に、それが惣次郎の手で無い事実に胸がチクリと痛んだ。



「此処が道場か……中々良い道場ではないか」



 玄瑞は道場内をぐるりと見渡した。



「あ……惣次郎」



 先程私が道場を出た時と全く同じ場所に全く同じ格好で、惣次郎は居た。



「何だ……この者は兄弟子か? 反応が無いが、具合でも悪いのだろうか」



 玄瑞は惣次郎に近付く。


「大丈夫か!?」


 その声に、惣次郎はゆっくりと顔を上げた。


「お前……誰だよ?」


「あぁ、名乗りもせずすまなかったな。長州藩医、久坂玄瑞と申す」


「久坂……玄瑞。そうか……お前が……」


 惣次郎は立ち上がり、玄瑞を睨み付ける。


「貴殿とは初対面だと記憶している。よって、その様な顔をされるいわれは無いと思うのだがな」


 玄瑞は苦笑いを浮かべた。


「ねぇ、アンタさ……剣術はできるの?」


「そうだなぁ……人並み程度と言ったところだろうか」


「ふぅん。流派は?」


「鏡新明智流だが、それが何か?」


「士学館か……相手にとって不足は無いね。少し相手してくれない?」


 惣次郎は玄瑞を挑発するかの様に言った。


「すまんがそれには乗れんな」


「なに? 逃げるの?」


「あぁ、そうだ。剣術を身に付けたとはいえ、たしなむ程度だ。貴殿には到底敵うまい」


 てっきり玄瑞は挑発に乗ると思っていたが、意外と大人な対応をした事に私は感心する。


「つまんないの……そんな反応されるとさ、興が冷めるよね」


 惣次郎は頬を膨らませる。


 そんな二人を見て私は、ホッと胸を撫で下ろした。


 そう……これで良い。


 玄瑞が挑発に乗らなくて本当に良かった。






 夕餉の時刻になり、酒宴が始まる。


 いつもの食事よりちょっぴり豪華で、お酒がある。


 晋作達との酒宴と比べると粗末な物だが、これはこれで良いものだ。


 試衛館のみんなは、私を楽しませる為に酒宴を盛り上げてくれる。


 みんなの気持ちを酌んで、終始笑顔で居るように徹した。


 そんな私が心の底から笑えなかったのは、この場に惣次郎の姿が無かったからだろう。



「そうか……久坂は俺と同じ年か! いやぁ、親近感が増すねぇ」


 酔った原田サンは玄瑞が同じ年だと知り、肩を組み玄瑞にお酒を勧める。


 玄瑞は苦笑いを浮かべながらも、勧められるがままに杯を飲み干して居た。


 その後も次々に、試衛館メンバーにからまれお酒を注がれる。


 そんな玄瑞が酔い潰れて眠ってしまうのには、そう時間はかからなかった。



「おい、美奈……早く……行ってこい」


「えっ!?」


 原田サンの言葉に耳を疑う。


「聞こえなかったのか? 惣次郎のところへ行けっつってんだよ」


「惣……次郎」


 今度は永倉サンが、その場で俯いている私の手を引き立ち上がらせる。


「なぁにしてんだよ! 良いか、泣いても笑ってもこれが最後なんだ。悔いのねぇように……話して来い!」


「永倉……サン」


 もしかして……


 もしかして、私が惣次郎と話す時間を作る為に、みんなは酒宴を開いてくれたのだろうか?


 私がゆっくり話せるように……玄瑞にお酒を勧めていたのだろうか?


 みんなの想いに涙が溢れた。


「な……泣くんじゃねぇよ! 礼なら後でいくらでも聞いてやる。だから、早く行ってこいよ」


 藤堂サンは私の背中をトンっと押した。



「みんな……ありがとう! 土方サン、今日は門限は!?」


 私は土方サンに尋ねる。


「そんなモンはありゃしねぇよ。今日だけは……特別だ。だが、行きすぎた行動は認めねぇからな」


「わ……分かってるよ!」


 私の返事を聞くと、土方サンはいつもの笑みを浮かべながら手をヒラヒラとさせた。



 それを合図に、私は走り出す。



 惣次郎を捜すために……



 彼は一体何処に居るのだろう?



 部屋にも道場にも、庭にも居ない。



 あとは、考えられる場所は……あそこだけだ。



 惣次郎の姿を見付ける為に、私は必死に走った。




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