手紙
それからの私と惣次郎は、毎日をただ楽しく過ごして居た。
毎日、惣次郎に稽古をつけてもらい、剣術の方の上達も申し分無い。
稽古の合間にはいつも二人で話をし、稽古が休みの日には二人で様々な所へと出掛けて行った。
芝居小屋や大道芸、見世物に甘味屋……約束した通り、惣次郎は本当に色々な所へと連れて行ってくれた。
相変わらず、土方サンの監視の目は厳しく……門限を定められていたばかりか、夜遅くまで惣次郎の部屋に居ようモノなら、土方サンに強制的に抱えられ、部屋へと連れ戻される始末だ。
そんな時、土方サンはいつも言う。
「ガキ共が盛って、間違いが起きねぇようにだ」
と……
それでも、こんな毎日は私にとって、幸せな日々だった。
今日は昨日よりも楽しく過ごそう。
明日は今日よりも楽しく過ごそう。
私たちは、いつもそう考えていた。
土方サンの言った通り、限られた二人のこの時間、絶対に悔いを残さないようにと……
ある日の事。
私は山南サンから文を受け取った。
「貴女にお届け物ですよ」
「文……」
中身など見なくても、内容は直感的に分かった。
私の名が書かれたこの文字。
間違いなく、玄瑞の書いたものだ。
「山南サン……ありがとう」
私は小さく呟くと、その手紙を携え、部屋へと戻った。
読まなくてはならないと思えども、中々手が動かせない。
きっと、玄瑞が迎えに来るのだろう。
「美奈、居るか?」
惣次郎が勢いよく襖を開ける。
「惣……次郎」
「な……何で泣いてんだよ!?」
惣次郎は慌てて私の元へと駆け寄ると、ふわりと抱きしめた。
「なんか……あったのか?」
惣次郎は静かに尋ねる。
「文がね……きたの」
「文?」
「玄瑞からの……文」
私は惣次郎の着物をギュッと握りしめた。
「で、内容は?」
「わかんない……何だか怖くて……読めないの」
「……そっか」
惣次郎は一言だけ呟くと、私が落ち着くまでのしばらくの間、そのまま何も言わなかった。
きっと、惣次郎にも分かったのだろう。
その手紙の内容が……
「ねぇ惣次郎。文を、一緒に……見てくれる?」
「……分かった」
惣次郎はそう言うと、手紙を開く。
「やっぱり……迎えが……来るみてぇだな」
手紙を一気に読み進めた惣次郎は、小さく呟いた。
「そう……それで……玄瑞は、いつ来るって?」
「この文からして、おそらく……ここ数日……だろうな」
「それにしても……急だよね。もっと前々から教えてくれたら良かったのにね……」
私は、思わず俯いた。
部屋には長い沈黙が訪れる。
お互いに、何を言って良いのか分からなかった。
「私……近藤サンに話してくるね」
「……あぁ」
私はこの沈黙に、居ても立っても居られず、部屋を後にした。
「本当……玄瑞は……急すぎるよ」
部屋を出てすぐに、私はその場に座り込む。
拭っても拭っても涙が止まらない。
惣次郎ともっと一緒に居たい。
その気持ちは強いはずなのに、晋作や玄瑞から離れられない自分が居る。
惣次郎の事が好きなのに……
長州のみんなを裏切りたくはない。
私の心は矛盾だらけだ。
「おい。こんな所で何やってやがんだ?」
あぁ……また土方サンの声だ。
でも今は、土方サンと話す気にもなれない。
私は、そのまま聞こえていないフリをする。
「おい。聞こえないフリをするたぁ、良い度胸だなぁ?」
土方サンは何だか苛立っている様だ。
さっさと、何処かに行きなさいよ。
私は今は、誰とも話したくないんだから……
「お前……まさか、具合でも悪ぃのか!?」
勝手に勘違いした土方サンは、私をヒョイっと抱え上げた。
「具合なんて……悪くないわよ」
私は、土方サンから視線を反らす。
「……てぇ事は、何か? お前はわざと返事しなかったのか?」
「そうよ。悪い?」
私は、しれっと言う。
「本当にお前は、生意気な奴だなぁ……って、お前……何かあったのか?」
「何でも……ない」
「何でも無い、じゃねぇよ。何でも無い奴が泣いたりしねぇだろうが!」
土方サンは私の頬をつつく。
「まったく……勘が良い男は面倒臭いわね」
「なっ!? ガキが生意気言ってんじゃねぇ!」
私は、仕方なく土方サンに事の次第を全て説明した。
「そうか……時間切れ……か」
「だからさ……私、近藤サンに話して来なくちゃ」
「まぁ待て。お前は行かなくて良い。近藤サンには俺から話しておく。……お前は、惣次郎の側に居てやれ」
「っ……分かった」
私はそう呟くと、全てを土方サンに任せる事にした。




