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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第8章 青い二人
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手紙


 それからの私と惣次郎は、毎日をただ楽しく過ごして居た。


 毎日、惣次郎に稽古をつけてもらい、剣術の方の上達も申し分無い。


 稽古の合間にはいつも二人で話をし、稽古が休みの日には二人で様々な所へと出掛けて行った。


 芝居小屋や大道芸、見世物に甘味屋……約束した通り、惣次郎は本当に色々な所へと連れて行ってくれた。



 相変わらず、土方サンの監視の目は厳しく……門限を定められていたばかりか、夜遅くまで惣次郎の部屋に居ようモノなら、土方サンに強制的に抱えられ、部屋へと連れ戻される始末だ。



 そんな時、土方サンはいつも言う。



「ガキ共が盛って、間違いが起きねぇようにだ」



 と……



 それでも、こんな毎日は私にとって、幸せな日々だった。



 今日は昨日よりも楽しく過ごそう。



 明日は今日よりも楽しく過ごそう。



 私たちは、いつもそう考えていた。



 土方サンの言った通り、限られた二人のこの時間、絶対に悔いを残さないようにと……







 ある日の事。


 私は山南サンから文を受け取った。


「貴女にお届け物ですよ」


「文……」


 中身など見なくても、内容は直感的に分かった。


 私の名が書かれたこの文字。


 間違いなく、玄瑞の書いたものだ。


「山南サン……ありがとう」


 私は小さく呟くと、その手紙を携え、部屋へと戻った。


 読まなくてはならないと思えども、中々手が動かせない。


 きっと、玄瑞が迎えに来るのだろう。



「美奈、居るか?」



 惣次郎が勢いよく襖を開ける。



「惣……次郎」



「な……何で泣いてんだよ!?」



 惣次郎は慌てて私の元へと駆け寄ると、ふわりと抱きしめた。



「なんか……あったのか?」


 惣次郎は静かに尋ねる。


「文がね……きたの」


「文?」


「玄瑞からの……文」


 私は惣次郎の着物をギュッと握りしめた。


「で、内容は?」


「わかんない……何だか怖くて……読めないの」


「……そっか」


 惣次郎は一言だけ呟くと、私が落ち着くまでのしばらくの間、そのまま何も言わなかった。


 きっと、惣次郎にも分かったのだろう。


 その手紙の内容が……






「ねぇ惣次郎。文を、一緒に……見てくれる?」


「……分かった」


 惣次郎はそう言うと、手紙を開く。



「やっぱり……迎えが……来るみてぇだな」



 手紙を一気に読み進めた惣次郎は、小さく呟いた。



「そう……それで……玄瑞は、いつ来るって?」



「この文からして、おそらく……ここ数日……だろうな」



「それにしても……急だよね。もっと前々から教えてくれたら良かったのにね……」



 私は、思わず俯いた。


 部屋には長い沈黙が訪れる。


 お互いに、何を言って良いのか分からなかった。



「私……近藤サンに話してくるね」



「……あぁ」



 私はこの沈黙に、居ても立っても居られず、部屋を後にした。



「本当……玄瑞は……急すぎるよ」



 部屋を出てすぐに、私はその場に座り込む。


 拭っても拭っても涙が止まらない。


 惣次郎ともっと一緒に居たい。


 その気持ちは強いはずなのに、晋作や玄瑞から離れられない自分が居る。


 惣次郎の事が好きなのに……


 長州のみんなを裏切りたくはない。


 私の心は矛盾だらけだ。



「おい。こんな所で何やってやがんだ?」



 あぁ……また土方サンの声だ。


 でも今は、土方サンと話す気にもなれない。


 私は、そのまま聞こえていないフリをする。



「おい。聞こえないフリをするたぁ、良い度胸だなぁ?」



 土方サンは何だか苛立っている様だ。


 さっさと、何処かに行きなさいよ。


 私は今は、誰とも話したくないんだから……



「お前……まさか、具合でも悪ぃのか!?」



 勝手に勘違いした土方サンは、私をヒョイっと抱え上げた。



「具合なんて……悪くないわよ」



 私は、土方サンから視線を反らす。



「……てぇ事は、何か? お前はわざと返事しなかったのか?」



「そうよ。悪い?」



 私は、しれっと言う。



「本当にお前は、生意気な奴だなぁ……って、お前……何かあったのか?」


「何でも……ない」


「何でも無い、じゃねぇよ。何でも無い奴が泣いたりしねぇだろうが!」



 土方サンは私の頬をつつく。



「まったく……勘が良い男は面倒臭いわね」


「なっ!? ガキが生意気言ってんじゃねぇ!」



 私は、仕方なく土方サンに事の次第を全て説明した。



「そうか……時間切れ……か」


「だからさ……私、近藤サンに話して来なくちゃ」


「まぁ待て。お前は行かなくて良い。近藤サンには俺から話しておく。……お前は、惣次郎の側に居てやれ」


「っ……分かった」



 私はそう呟くと、全てを土方サンに任せる事にした。





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