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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第8章 青い二人
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約束



「惣次……郎?」



 土方サンの視線の先には、先程私を置いて帰っていったはずの、惣次郎の姿があった。



「やっと来やがったか……クソガキが。ったく、手間ぁ掛けさせんじゃねぇよ」



 そう小さく呟いた土方サンは、先程までの冷たい表情とは打って変わって、いつもの様に面倒臭そうに苦笑いを浮かべる。



「土方ぁぁぁ!」



 私と土方サンを見るなり、惣次郎の表情は豹変する。


 惣次郎は刀を抜いたかと思うと、そのまま私達の方へと向かってきた。



「あんの馬鹿が!」



 土方サンはそう呟くと、瞬時に私を自分の後ろへと追いやった。


 刀が合わさる冷たい金属音に、反射的につぶってしまっていた目蓋をゆっくりと開ける。


 目の前では、惣次郎の刀を土方サンが受けていた。



「アンタさぁ……自分が何やってるか分かってるんですかぃ? ここまで節操無しとは、流石は土方サンですねぇ」



 惣次郎は、表情すら変えずに言った。



「お前こそ何しに来たんだよ? 自分からこんな所に美奈を置き去りにして……やっぱり惜しくなったからって、ノコノコ帰ってきたのか。……てめぇは、それでも男か? 女一人こんな夜更けに……コイツの身の危険は、考えなかったのかよ」



 土方サンはそう言うと、刀を合わせたままの状態で、惣次郎を思い切り蹴り飛ばした。


 腹部を蹴られた惣次郎はバランスを崩し、そのまま倒れこむ。


 私は咄嗟に惣次郎へと駆け寄った。



「情けねぇなぁ……惣次郎。てめぇも男なら、自分の事くれぇ自分でケリつけて来やがれ! 良いか? 何があっても、コイツを置き去りにするんじゃねぇぞ? そんな腑抜けた事……次やったら、俺ぁお前を斬る」



 土方サンは惣次郎の目の前でそう告げると、そのまま私達に背を向け、試衛館へと帰って行った。





「惣次郎! 大丈夫!?」


  私は涙をポロポロと流しながら、惣次郎の肩に手を掛ける。


「これが大丈夫な様に見えるのかよ。ったく……土方サンも手加減がねぇのな」


 惣次郎は苦笑いを浮かべている。



「……ごめん……なさい」


「ねぇ、なんで美奈が謝るの?」


「だって……惣次郎を傷つけたから……」



 私の言葉に、惣次郎は飛び起きる。



「謝んのは、僕の方だ」


「……どうして?」


「僕がお前を置き去りにしたから……土方サンなんかに……。危険な思いをさせて、ごめん」



 危険な思い?


 よく分からないが、さっきの土方サンへの言動といい、惣次郎は何か勘違いをしているようだ。



「別に……危険な事なんて何も無かったよ?」


「なに呑気な事言ってんの? さっきだって土方サンに手ぇ掴まれて、無理矢理……」


「はぁ!? 意味分かんない。私、土方サンに怒られてたんだもん。そりゃあ、まぁ……あの時の土方サンは、かなり怖かったけど」



 私の言葉に、惣次郎は目を丸くする。



「怒られてたって……何でだよ?」


「その……惣次郎を……傷つけたから」


「あの人が、僕の為に……怒った?」


「そうだよ? 惣次郎がどれだけ傷ついたと思ってんだぁなんて、怖い顔して怒鳴られちゃった」



 私は、手首をさすりながら答える。


 その手首には、土方サンの手の跡がクッキリと残っていた。


 私の手を見るなり、惣次郎はその手を取る。



「ごめん……全部、僕のせいだ。僕がもっと冷静になっていれば……痛い思いも、怖い思いもさせなかったのに」


「何だか、私達……お互いに謝ってばかりだね」



 そう言った瞬間、不意に手を引き寄せられる。


 お蔭で私は、惣次郎にすっぽりと包まれてしまった。



「じゃあさ、仲直り……する?」



 惣次郎の言葉に、私は返事の変わりにコクリと頷く。



 その答えを受け取ると、惣次郎は私にそっと口付けた。



 それは、仲直りの印。



 気恥ずかしさと、嬉しさとが入り混じり……何だか、心の中がむず痒かった。







 一息つくと、私達は境内に腰を下ろす。


「あのさ……」


 惣次郎はゆっくりと口を開いた。


「本当はさ、お前を置き去りにした訳じゃねぇんだ」


「どういう事?」


 私は首をかしげる。


「あの階段を下りた所に居たんだよ。あのまんま言い合ってたらさ……きっと取り返しがつかない事になっちまうって思ったから。それに、この神社の入り口はあの階段しか無いと、勝手に思い込んでた」


「……そう」


「まさか、裏から来られるとは思ってなくて……階段の下に居れば、問題ないって思ってた。頭ん中を整理して、冷静になってからもう一度話そうって」


「整理……できたの?」


 私は恐る恐る尋ねる。



 仲直りをしたとは言え、実際は状況なんて何一つ変わってはいない。


 一時的に、幸せな気分になっただけに過ぎないのだ。


 しばらくすれば、どうにもならない現実に呼び戻される。



「お蔭様で、ある程度は……考えがまとまったよ」



「……そっか」



 きっと、この想いは今宵限り。


 明日からは、綺麗に忘れて生きていく。


 惣次郎も私のように、そんな選択を決断したのだろう。


 分かりきっている答えなのに、心が壊れてしまいそうな程痛い。



「僕はさ……やっぱり、試衛館を離れる事はできない。近藤サンは僕にとって、家族だから……今更、裏切るような事は出来ねぇよ。きっと、美奈も同じ気持ちなんだろうと思った」


 惣次郎は、ポツリポツリと話し始めた。


「だからお前が試衛館を離れて、さっき言ってたように京で再び逢う時は……敵になるしかねぇんだよな」


「……そうだね」


「けどさ……やっぱり、僕にはお前を斬るなんて出来やしねぇんだ」


「それは……私も同じだよ」



 私はそう答えると、膝を抱えた。


 できれば、この先の言葉は聞きたくは無い。


 身勝手かもしれないが……惣次郎の口から、今日限りで忘れるなんて言われてしまったら、泣いて困らせてしまいそうだ。


 これは多分、先の事を分かっていて受け入れてしまった私への罰なのだろう。



「でもさ、僕とお前が京で敵同士になるって事は……逆に考えれば、また逢えるって事だろ? お前も京に滞在するし、僕も京に居るって事だ」


「えっ?」


 惣次郎の意外な言葉に、耳を疑う。


「だから……お前がこの後、長州に帰ったとしても、これで終わりじゃねぇって事だろ? 京で逢えるんだもんな」


「でも……」


「良いから! 頼むから、今は何も言わねぇでくれ」


 惣次郎は声を荒げた。




 その様子に……いくら鈍い私にも、惣次郎の意図はハッキリと分かった。


 京でまた逢えると言った惣次郎。


 でも、本当は分かっていて言っているのだろう。


 また逢えたとしても、今のようには居られない事を。


 それではあまりにも悲しすぎるから……


 だからわざと、私達の関係にも先はあると言う風な言い方をしたに違いない。




「そう……だね。京で逢ったらさ、色々な所に行こうよ。近藤サンや土方サン……それに、晋作や玄瑞たちには内緒で……二人っきりで」



「京にはさ、干菓子や京菓子……それに甘味屋もたくさんあるって聞いた。まずは、京中の甘味を食べるだろ? あとはやっぱり、祭りだよな。祇園祭には行かねぇとな! 幕臣になったらさ……お前には着物でも簪でも、何でも好きなモン買ってやる」



「そうね……さっさと出世して、私にたくさん貢いでちょうだい!」



「お前なぁ……普通、自分で言わねぇだろ! やっぱり、お前は変な女だな」




 叶うはずの無い夢。


 守れるはずの無い約束。


 訪れるはずの無い二人の未来。




 全て解っていながら、私達はわざと京での約束をした。



 敵同士になる運命など何ともない事だと、虚勢を張るかのように……



「そんな私に惚れたのは何処の誰よ?」



 私は笑いながら言う。



「……沖田サンところの……惣次郎ですよ」



 惣次郎は、意外にもあっさりと口にした。



「意外と素直じゃない。熱でもある訳?」



 私は惣次郎の額に手を当てる。



「熱なんか無いっての! それよりさぁ……僕はお前の気持ち、聞いてないんだけど」



「気持ちってなぁに? 意味が分からないんですけど?」



 惣次郎は、わざととぼける私の頬を軽くつねった。



「……可愛くねぇ女」



 そう呟く惣次郎の声は聞かなかった事にして、私は立ち上がった。




「そろそろ帰ろうか。いい加減帰らないと、兄弟子たちに余計な詮索されちゃうもん」



「そう……だな」




 惣次郎は私の後を追うようにして歩く。



「惣次郎!」



「何だよ?」



 私は、不意に振り返る。



「私も……惣次郎の事が、好き……だよ」



 そう一言だけ呟くと、前を向き再び歩き出した。



「美奈!」



 惣次郎は、慌てて私を追いかける。


 そのまま隣りに並ぶと、私の手を取った。



「お前が帰るまでの間……色々な所に連れてってやる。剣術も、僕が教えてやる。だから……」



 惣次郎は、握る手の力を少しだけ強めた。



「僕の事……それに、試衛館や市谷甲良屋敷での事……絶対に、忘れんなよな?」



「うん……絶対に忘れたりしない。だから、惣次郎も……約束ね?」




 そう答えると、私達は顔を見合わせて笑う。




 試衛館までの帰り道……辺りは既に明るくなり始めていた。





 


 











 



 

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