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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第8章 青い二人
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叶わぬ夢



「お前さぁ……このまま、試衛館に残れよ」



 惣次郎は消え入りそうな声で言った。



「それは……出来ないよ」


「何でだよ!? だってお前、前に言ってたじゃねぇか。お前を落としたら……その……」


「確かに言った。だってあの時は、本当にこんな風になるなんて考えなかったんだもん。でもね、無理なモノは無理なのよ」


「意味分かんねぇよ!」



 私の答えが余程意外だったのだろう。


 惣次郎は声を荒げた。



「恩義があるの。惣次郎にも近藤サンに恩義があるでしょう? 惣次郎にとって、試衛館のみんなが家族であるように……私にとって、長州のみんなは家族なの」


「……っ」


「だから、私は予定通り……玄瑞が迎えに来たら、その時は……此処を離れる」



 気付けば私の目からは涙が溢れていた。



「な……泣くなって! 別にずっと会えなくなる訳じゃねぇだろ? お前の事情も考えずに、軽率な事を言ったのは謝る! だから……」



「惣次郎……私達はきっと、出逢うべきじゃなかったんだよね。私が興味本位で試衛館に来ちゃったから……」



「な、何言ってんだよ……そんな事あるはずねぇよ」



 惣次郎は困惑している。



「惣次郎だけには……教えてあげる。私の秘密を……」



「秘密?」



「前に、惣次郎の夢が叶うって言ったの覚えてる?」



 私は惣次郎に尋ねた。



「あぁ。俺らが武士だか幕臣だかになれるってヤツか?」


「そう、それ。何で私がそんな事が分かるか不思議に思わない?」


「あんなモン、適当に言っただけだろ?」


「適当じゃないよ」



 そう言うと、私は惣次郎の懐に顔をうずめた。


 これ以上、こんな泣き顔を見せたくはなかったからだ。



「私ね……この時代の人間じゃないのよ」


「はぁ!? お前、何言って……」


「今からずっと先……150年は先の未来の人間なの」


「お前、頭でも打ったのか!?」



 惣次郎は心配そうに、私の頭を撫でる。



「失礼なヤツ! 頭なんか打って無いわよ!」


「だって……そんなの信用しろって方が無理だろうが」


「私が此処に来てすぐ、山南サンの治療をしたのを覚えてる? あの時、医者が見たことも無い器具だって言ってたよね」


「ありゃあ、蘭学なんだろ?」


「本当はね……違うの。あれは、私の時代の医療器具。この時代の医者が知るはず無いのは当然なのよ」


「嘘……だろ?」



 私は更に話を続けた。



「それから……少しだけ先の、未来の事を教えてあげる」


「未来?」


「試衛館のみんなはね、清河八郎の募集で……浪士組に参加するわ。それで上洛したみんなは、その後は会津藩お抱えの新選組という大きな組織になる」


「新選……組」


「そんな新選組の仕事はね……」



 惣次郎は無意識にか、私を抱きしめる力を強めた。



「長州などの尊王攘夷を謳う志士達を……取り締まる事」



「何だよそれ……意味分かんねぇよ! それじゃあ、まるで……」



「敵。そう……長州の者である私や、今日来ていたみんなは……いずれは敵になるのよ」



 私は俯く。



「お前は……それを分かっていて、僕を受け入れたのかよ!? 絶対に一緒にはなれないって……分かっていて……」



「そうだよ! 分かっていて……でも、それでも私は……惣次郎が……」




 好きだと気付いた……と言いかけて、私は止めた。


 この先の言葉は口にしてはいけない。


 そう思ったからだ。


 今更気付いたところで、どうにもならない。


 玄瑞や晋作を裏切る事など、私には出来ない。


 あの二人には恩義以上に、友人や仲間……いやそれ以上の……そう、まるで家族のような絆を感じているからだ。


 今夜の事も、惣次郎への想いも……全ては今宵限り。


 それで……良い。




「……っ。もう良い!」


 惣次郎はそう一言だけ呟くと、私を置いて走り去って行ってしまった。




 残された私は、月を見上げる。


 惣次郎を傷つけてしまった。


 その罪悪感と、惣次郎を好きだという感情と……それに反して、双璧たちから離れられない自分。


「……最悪だ」


 はじめから一緒に居られないと分かっていたのに、どうして受け入れてしまったのだろう?


 したかったから、した。


 やっぱり、私は猪だ。


 理性のある人間の行動とは、到底思えない。


 私は膝を抱えると、思いっ切り泣いた。







「こんな綺麗な月夜に一人泣きたぁ……かぐや姫も寂しいねぇ?」



 聞き覚えのある声に、私は顔を上げる。



「土方……サン?」



「まったく……惣次郎もお前も……青くて敵わねぇや」



 土方サンはそう言うと、苦笑いを浮かべた。


「いつから居たの?」


 私は思わず尋ねる。


「いつからだろうなぁ? お前らがくっついて……」


「わぁー! もうそれ以上言わなくて良い!」


「何だよ。俺ぁ、お前の質問に答えただけだろうが」


 そう言う土方サンは、不敵な笑みを浮かべていた。



 土方サンに全部見られていた。


 そう考えただけで、私の全身は紅潮する。



「覗きなんて……悪趣味なのよ」



 私はプイッと顔を背けた。



「こんな夜更けに、誰にも言わずに出て行くお前らが悪ぃんだろうが! お蔭で探し回った俺の身にもなれ!」


「そんなの頼んでないもん」


「か……可愛くねぇ女。良いか? お前は預かりモンなんだ。お前に何かあって斬り捨てられんのだけは御免だ」


「晋作はそんな事しな…………するね! 確かに気性の激しいアイツなら、簡単に斬り捨てそうだ!」



 怒り狂う玄瑞と晋作の姿を思い浮かべた私は、何だか可笑しくなって笑い出す。



「だろ? アイツは絶対にそういう男だ。そんな予感がする」



 しみじみと言う土方サンに、私は更に笑った。



「かぐや姫は……やっと泣き止んだみてぇだな」



 土方サンにそう言われてみると、すっかり涙は止まっていた。



「ねぇ……全部聞いてたんでしょう? どうして、途中で出てこなかったのよ」


「そりゃあ出てくに出られねぇだろうが! だいたいなぁ……俺ぁ、人の恋路を邪魔するような、無粋な真似はしねぇさ」


「じゃあ、何でずっと居たのよ。そのまま帰れば良かったじゃない」


「そりゃ、アレだ……お前らがその……流れに任せて、行き過ぎた行動をとらない様にと心配して……だなぁ」


「そ……そ、そんな事ある訳無いじゃない!」


「ある訳無いと決め付けるのはいけねぇなぁ……何故なら、惣次郎とて男だからな」



 そう言って楽しそうに笑う土方サンを横目に、私は頬を真っ赤に染めた。



「でもさ……結局、傷付けちゃった。私って本当に最低だよね」



 自分の膝に顔をうずめ、呟く。



「あぁ、お前は最低……だな」


「何それ! そこはさぁ、そんな事無いよ……とか言って慰めてくれるんじゃないの?」



 意外な反応に、私は拍子抜けする。



「慰めて欲しいなら俺には期待しねぇこったな。生憎、俺は正直モンだからな」


「はいはい、そうですかぁ」



 私は気の無い返事を返した。



「お前の話……ありゃあ、本当なのか?」



「本当だよ。……信じるか信じないかは別として、ね?」



 全部聞かれてしまっていたなら、今更隠す事も無い。



「だからねぇ……土方サンの事も色々と知ってるんだよ? ね、豊玉先生!」


「お……お前、何故それを!?」


「未来から来た私には、これくらいの事は造作も無い事なのよ。何なら、句の内容まで教えましょうか?」



 先程のあてつけに、少しだけ意地悪する。


「いや……遠慮しておこう」


 土方サンは苦笑いを浮かべた。



「お前の話が本当ならば……俺らは敵同士になるわけだ」



 不意に土方サンが呟く。



「惣次郎も面倒な女に惚れちまったモンだなぁ……それと、お前もか」


「……そうだね」


「何だ、やけに素直じゃねぇか」


「今更隠しても……仕方ないもの」



 私は泣き出しそうな自分を、無理矢理封じ込めた。



「それでもお前は長州に帰るんだろう?」


「そんなの……当たり前じゃない。私は、長州の人間だもの」


「そうか……という事はだ。京で逢った時は、この試衛館で習った剣で……俺達と刃を交えるわけだな」


「……っ」


「そんでもって、惣次郎と対峙して……お前が斬られる可能性もあるって事だよな?」



 私は返す言葉が見当たらず、土方サンの話をただ聞くしかできなかった。



「こりゃあ、どっちが斬られても……遺されたモンは良い人生は歩めねぇよなぁ」



 やたら遠まわしな言い方に、土方サンが何を言いたいのか、私には分からなかった。



「何が言いたいのよ!」


「お前、俺が言いたい事が本当に分かんねぇのか?」



 土方サンの表情からは笑顔がすっかり消え、いつの間にか冷たい表情になっていた。


 そのままの表情で、私の手首を掴む。


 掴まれた手首にかかる力の強さに、私は顔を歪ませた。



「お前……惣次郎がどれだけ傷ついたか、分かっちゃいねぇだろう?」



 聞いた事もないような低い声に、私はビクッと肩を震わせる。



「泣きゃあ許してもらえるとでも思ってんのか?」



 涙を流す私に土方サンは更に力を強めると、冷たく言い放った。




 この時、私は初めて異性を怖いと思った。


 今まで誰に対しても威勢が良く、物怖じせずに接してきた。


 それを双璧の二人は面白いと許してくれていた。


 そういえば……いつか山縣サンと対峙した時に、晋作が言ってたっけ。


 この時代では、私の気の強さも大概にしないと、命がいくつあっても足りないって。


 こんな時になって、ようやく気付く。


 私は、二人に護られていただけなんだと……




 涙を流しながらも、私は土方サンをキッと睨む。



「ほう? こんな状況でも、まだ虚勢を張って居られるたぁ感心だ。だがな……」



 その瞬間……ほんの一瞬ではあったが、土方サンは口角を上げたかのように見えた。



「お前も惣次郎も……てめぇらだけでどうにか出来ねぇくせに、恋だなんだと色気づいてんじゃねぇよ。クソガキどもが!」



 私に向かって言ったはずの土方サンは、何故だか私とは違う方向を向いている。



 土方サンに怯えながらも、私はその視線の先を追った。



















 


 



 








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