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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第8章 青い二人
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淡い恋心


 惣次郎の話って、何なんだろう?


 部屋に戻ってからも、私はその事ばかり考えていた。


 惣次郎は何だか暗い表情を浮かべていた。


 何かあったのだろうか……







 夕餉が済み、私は部屋に戻る。


 惣次郎は夕餉中も、浮かない顔をしていた。


 いつもは冗談などを言って場を盛り上げるのに、今日はみんなから話を振られても、嘘臭い笑顔を浮かべるだけだった。


 当然、私とも顔を合わせない。


 そんな惣次郎の態度が、私は気になって仕方がなかった。



「美奈……入っても……良い?」



 部屋の前で、惣次郎が尋ねる。


 その声に、私は自分から襖を開けた。



「あのさ……此処だと多分、みんなに話が聞こえるから……少し外に出ない?」



 みんなには聞かれたくない話……


 その言葉が気にはなったが、私はコクりと頷いた。




 しばらく歩いて辿り着いたのは、小さな神社だった。


 夜の神社は何だか薄気味悪い。


 そう思った私は、身震いする。



「もしかして……怖いの?」



 暗がりで私の表情など見えない筈なのに、惣次郎は的確なところを突いてくる。



「こ……怖くなんかないわよ! お化けの一つや二つ……私の剣で斬り捨ててやるんだから」


「刀も持って無いクセに、どうやって斬るのさ」


「あっ……」



 そうだった。


 そういえば、私は刀など持っていなかった。


 そんな事は、考えてもいなかった。



「お前……やっぱり、可愛げがねぇのな。そんなに強がんなくても良いと思うんだけどなぁ……」



 惣次郎は溜め息を一つつくと、私の手を取った。



「この手は何よ」


「こうしてりゃあ、怖くねぇだろ?」



 反論してやりたい気持ちもあったが、私は黙って頷いた。



「ふぅん……たまには素直なんだ」



 惣次郎はケラケラと笑う。






 境内に腰を下ろした私たちは、同時に空に浮かぶ月を見上げた。


 繋がれた手は、そのまんまだ。



「月……綺麗だなぁ」



 惣次郎は呟く。


「月を見に来た訳じゃないんでしょう? ねぇ、話って……何?」


 一向に話し出そうとしない惣次郎に痺れを切らし、私から尋ねた。



「あのさ……お前って……長州の侍に囲われて居るわけ?」



 惣次郎の口から出た言葉に、私は唖然とする。



「意味……分かんないんだけど」



 囲われて居るという言葉。


 それはある意味、本当だ。


 確かに私は長州に拾われて、玄瑞や晋作の後ろ楯のもと暮らしている。


 お世話になっていると言ってはいるが……その実、言い方を変えれば囲われて居るのと何ら変わりは無いのかもしれない。



「そのまんまの意味だよ。あの男がさ……お前は、二人の侍に愛でられてるって言ってた。僕なんかじゃあ……お前は手に余るって」



 私は、思わず俯く。



「否定……しねぇんだ。そういや、そいつら……長州の上級武士なんだってな? お前を手に入れてぇなら、その二人以上の男になれって言われちまったよ」



 惣次郎は悲しそうに言った。



「そんな事言ったってさ……どうすりゃ良いんだよ。手に入れられる方法があるならさ……こっちが教えて欲しいくらいだっての」



 苦しそうに想いを吐き出す惣次郎。


 そんな声を聴いた私は、考えるより先に体が動いていた。



「お前……何やってんだよ! 同情なんて……要らないんだよ」



 私は何も言わず、惣次郎を抱きしめる。




 これは同情なのだろうか?


 そんなのは、私にも分からない。


 ただ、そうしたいと思ったから……そうしただけだ。


 これでは、あの日の惣次郎とおんなじだ。


 あの日、惣次郎はこんな気持ちだったのだろうか?




「あのさ……」


 私は、ゆっくりと口を開いた。


「前に、私は長州に拾われたって言ったよね? 私を拾ったのが久坂玄瑞……長州の藩医なの。山縣サンの言ってた上級武士の高杉晋作は、玄瑞の友人なのよ」



 惣次郎は無言のまま、私の話に耳を傾ける。



「惣次郎は囲われてるって言った。その二人の後ろ楯が無ければ、生活すら出来ない私は……確かに囲われてるのかもしれないね」


「そっか……」


「でもね。私は二人の妾なんかじゃない! これだけは、否定する。二人は常に私を対等に扱ってくれるし……そこに男女の関係は無いわ」



 私は言いたい事を言い切った。



「何だよ……そういう事だったのか。僕はてっきりお前が……。それにしても……あの男、意味あり気に言いやがって……絶対にわざとだろ! 性格悪ぃ……」



 惣次郎は、山縣サンを思い出し、腹を立てている。


 そんな様子を見て、私はクスクスと笑った。



「あのさぁ……そろそろ離れてくれない?」



 惣次郎の声に、我に返る。



「ご、ごめんっ」



 慌てて離れてようとした瞬間、今度は逆に私の方が惣次郎に包み込まれていた。



「は……離れろって言ったじゃん!」



「言ったよ? やっぱりさぁ……女に抱きつかれるより、こっちの方が余程しっくりくるからね」



 ケロリと言う惣次郎に、開いた口が塞がらない。



「何で……こういう事、するのよ?」


「それなら逆に聞くけどさ。お前だって、さっきは何であんな事したんだよ?」



 質問を質問で返されてしまった……


 やっぱり、惣次郎は意地悪だ。



「っ……したかった……から」



 その答えに、惣次郎はケラケラと笑い出す。



「お前、あの時の俺と変わんねぇじゃん」



「笑うな、馬鹿!」



 私は惣次郎から顔を背けた。



「今さぁ……」



「な、何よ」



「あの日と同じ事をしたら……お前は、僕を拒むの?」



 答え困った私は、真剣な顔をした惣次郎から目が離せずに居た。




 私は、玄瑞や晋作がとにかく大好き。


 井上サンも伊藤サンも、桂サンも好き。


 山縣サンは……ほんの少しだけ好き。



 じゃあ……



 惣次郎は?



 長州のみんなへの好きと、惣次郎への好き。



 考えれば考える程……この二つに、何だか違和感を感じる。



「だから、固まるなって!」



 惣次郎の声に、ハッとする。



「答えられねぇなら……答えなくて良いや」



 頬に手を当てられた瞬間、私は反射的に目を閉じた。



 唇に感じた感触。



 それは、あの日とは違うものの様にも思えた。



「……今日はひっぱたかねぇんだな」



 惣次郎は気恥ずかしそうに言った。



「叩く理由が……ないもの」



「……そっか」



 私はきっと……惣次郎が好きなんだ。



 これはきっと、玄瑞や晋作に対する好きとは異なる感情。



 この時初めて、私は自覚した。



 でも……



 長州の私と後の新選組である惣次郎が、共に歩む事はできやしない。




 それが現実だ。




 あの時、私が試衛館に拾われていたならば……




 私たちには、違った未来があったのかもしれない。




 そう思う私には、手放しに浮かれる事はできなかった。











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