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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第7章 新選組の前身
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来訪者


 試衛館に滞在して早一ヶ月。


 私は今でもめげずに、厳しい鍛錬にも耐え続けている。


 持ち前の身体能力のお蔭か、私の剣術は瞬く間に上達していった。


 それは近藤サンも認めてくれる程で、私には剣術の才があると言ってくれた。


 その後


 惣次郎とは特に、これといった進展は無い。


 ただ変わった事と言えば、あの日以来大きな喧嘩をする事はほとんど無くなり、時折二人で出掛けるようになったという事くらいだろうか。






「美奈はこちらに居ますか? 貴女にお客様ですよ?」


 いつものように道場で鍛錬をしていた私を、山南サンが呼びに来る。


「お客様? あ、玄瑞かな」


 私は明るい笑顔になると、道場を飛び出した。


「お、おい! 美奈!」


 気になった惣次郎が、私の後を追いかけて来る。


「げ、玄瑞って誰だよ!」


「私の大切な友人! 私を迎えに来たのかも」


「迎えって……」


 そのまま私達は玄関へと走った。






「あれ? 何でみんなが此処に居るの?」


 私を待っていた意外なメンバーに、首をかしげる。


 そう……訪ねて来た人物は、玄瑞ではなかった。



「美奈! いやぁ、久々だなぁ……着物姿のお前も可愛らしいが、袴姿のお前も良いねぇ」



 伊藤サンはそう言うと、お約束かの様に私に抱きつく。



「お前……何勝手にくっついてんだよ! さっさと、どきやがれ!」



 惣次郎は瞬時に、伊藤サンを力づくで私から引き剥がした。



「コイツら何モンだよ!」


「惣次郎……この人達は、長州の仲間よ」



 私はとりあえず、惣次郎にみんなを紹介する。



「今飛び付いてきた人が、伊藤俊輔サン。あのねぇ……晋作や玄瑞が居ないからって、私に抱きつくのは止めてよね!」


「すまん、すまん。好みの女には直球勝負ってぇのが俺の信条なモンでな」


「そんな信条は、他所でやってちょうだい」


「こりゃあ……相変わらず、美奈は手厳しいなぁ」



 伊藤サンは頭をかきながら笑う。



「まったく……お前という奴は節操が無さ過ぎる。かような小娘を相手に何をやっている」


「この堅物が山縣狂介サン。何だかよく分からないけど、いつも私の事を敵視するのよねぇ。晋作や玄瑞に可愛がられているのが、気に入らないのかしら?」


「そ……そんな事では無い! お、お前が立場をわきまえぬ行動をだなぁ……」


「私のこの振る舞いは、晋作や玄瑞のお墨付きよ? そもそも私は、山縣サンに好かれようなんて思って行動してないもの」


「っ……この小娘が!」



 山縣サンは刀に手をかける。



「狂介……止めておけ。美奈も、狂介をあまり挑発するなと、高杉サンから言われなかったか?」



 井上サンは山縣サンの手を抑えると、静かに言った。



「最後に、この人が井上聞多サン。井上サン……ありがとう。えっと……ごめんね」



 私は井上サンに小さく謝った。



「みんな長州の人たちよ。でも……何でみんなが此処に居るの? 迎えは玄瑞が来てくれるって、晋作が言ってたけど……」



 状況が掴めない私は、みんなに尋ねる。



「俺らは高杉サンに用があって江戸に来たんだよ」


「晋作に?」


「そうそう! 高杉サンから、美奈が此処に居るという文を貰った久坂サンがさぁ……そりゃあ大層ご立腹でよ。江戸に行く俺らは、市谷甲良屋敷に寄って美奈の様子を見てくるよう仰せつかった次第だ」


伊藤サンは、苦笑いを浮かべる。



「玄瑞は……そんなに怒ってたの?」



私は、恐る恐る尋ねた。


「そりゃあもう! 三日三晩は、私の美奈がぁ……なんて嘆いてたぜ? 今でも毎日のようにお前の無事を気に掛けている始末だ。だが、あの人も今や長州の主要人物になっちまったからな……そうそう自分の時間を持てねぇみたいだぞ」


伊藤サンの言葉に、私は何だか玄瑞の身体が心配になってしまった。



「玄瑞……大丈夫かなぁ」


「お? 久坂サンは羨ましいねぇ。美奈にこんなに想われるなんてさ」


「からかわないでよ! 玄瑞だけじゃなく、晋作や伊藤サン達がそんな状態だったら、私はみんなの心配だってするわよ」



 私は慌てて反論する。



「それより美奈……ちょっと良いか?」



 井上サンが私に手招きした。


「なぁに?」


 呼ばれて近付くと、井上サンは私の手を引きその場を離れる。



「そこの少年! 少し大事な話があるので、コイツは借りて行く。俊輔、狂介……すまんがその男、しばし引き止めておいてくれ」


「え!? 何それ、意味分かんないんだけど!」



 井上サンはそう言うだけで、他には何も説明などしてはくれなかった。





 しばらく歩き、人気の無いところまでやって来る。


「で? 一体、何なのよ。惣次郎に聞かれちゃマズイ話なわけ?」


「惣次郎?」


「さっき私と一緒に居た人よ」


「そうだな……長州以外の者には聞かせるわけにはいかんな」


 井上サンは、何だか難しい顔をしている。



「美奈……いよいよ時代が動き始めるぞ」



 突拍子も無い一言に、私は首をかしげた。


「どういう意味よ」


「お前は、生麦での出来事を知っているか?」



 生麦?


 何の事だろう?


 私は必死で頭を巡らせる。



「薩摩の起こした騒動だ」



 その言葉に、私はピンと来る。



「あぁ! 生麦事件ね? 確か、薩摩藩主の大名行列か何かを通りかかったイギリス人が、薩摩の人たちに斬られたとかいう事件だよね」


「そうだ。それで……だな。どうにも、それを聞いた久坂サンや高杉サンに火がついてしまってなぁ」


「火がついたって、どういう事?」



 あの二人はまた、ロクでもない事を考えているのではないだろうか?


 瞬時にそう思った私は深い溜息をつく。



「薩摩は生麦での一件の様に、攘夷を行動で示した。しかし我が長州は未だに公武合体などと言っている。それでは時代に乗り遅れてしまうのではないか、長州もこれに乗じて攘夷行動を起こすべきではないのか……と、高杉サンは久坂サンへの文で、その様に説いているそうでだなぁ」


「要するに、アイツらは……何をする気なの?」


「それはまだ分からん。私達が檜屋敷へ向かうのも、そこで高杉サンに会ってその考えを伺って来るようにと、久坂サンより言われた為だからな。あの人の考えは本人に会って聞くより他は無い」



 井上サンの表情に、私は何だか不安を覚えた。



「案ずるな。何が起ころうと、お前は私達が護るさ。何せ、お前は高杉サンや久坂サンが愛でている者だ。つまりは、長州にとっても大切な者だからなぁ」



 私の表情から心情を察してか、井上サンは優しく微笑んだ。



「玄瑞は……どうしてる?」


「そうだな……今はとにかく忙しそうだ。朝廷の尊王攘夷派の公家と手を結び、公武合体派を排斥しようと、桂サンと共に躍起になっている。朝廷を尊攘論でまとめようと考えているのだろう」 


「そっか……そりゃあ、玄瑞も忙しいよね」



 私は呟くように言うと、俯いた。



「そんな顔をするな。久坂サンは、毎日お前の身を案じていたぞ? 早く江戸に来られるようにと、寸暇を惜しんで激務をこなしていた」


「それはそれで、逆に心配なんだけど……。確かに勤勉な玄瑞らしいけど、少しくらいは休憩してもらいたいものよね」



 私はクスリと笑う。



「それで……いつ頃ここに来られるか聞いている?」


「ひと月後……遅くとも霜月には迎えに来ると伝えて欲しいと言われていたな」


「来月か再来月ってところね」




 試衛館での暮らしは確かに楽しい。


 だが……私が居るべき場所は、晋作や玄瑞の隣りであって、此処ではない。


 この一ヶ月を試衛館で過ごした私は、徐々にそう感じ始めていた。


 元々、幕末の人物では新選組が大好きだったはずなのに……いつの間にか維新志士に肩入れする事になるなんて。


 人の心は移ろいやすい物だとは言えども、何とも不思議な感覚だ。


 しかし、これだけは言える。


 新選組も維新志士達も、形は違えどこの日本をより良くする為に尽力した、立派な異人達なのだ。


 



「美奈、ここからが本題だ」


「本題?」


 井上サンは急に真剣な表情になる。



「我々と共に、檜屋敷へ行かぬか?」


「え!? い……今から、私も晋作の所に行くの? なんでまた……もしかして晋作か玄瑞に言われたの?」


「これは久坂サンらの意向ではない。二人は、お前の意思を尊重する事を重んじている」


「じゃあ……どうして?」


「何だかお前が寂しそうな表情をしていたからな。長州の仲間が恋しくなったのかと思ったのだ。……これは独断だ。それに、こんな得体の知れぬ道場に居るよりかは、江戸の高杉サンの元に連れて行った方が久坂サンも安心するだろう」




 井上サンの言葉に私は考え込む。


 確かに今の私は、若干ホームシック気味だ。


 それは認める。


 玄瑞や晋作に早く会いたいし、今日こうして長州の三人が尋ねて来てくれた事は、本当に嬉しかった。


 だが……


 まだ、剣術は中途半端なままだ。


 確かに少しは上達したかもしれないが、実戦で使い物になる程ではない。


 ここで投げ出してしまって良いものだろうか?


 私は何の為にここで剣術を学んでいるのだろうか。




「ごめん……井上サン。やっぱり私、まだ行けない。久坂サンが迎えに来るのを此処で待つ」



「何故だ?」



「だって、まだ中途半端なままだもん。私、決めたのよ。長州のみんなの為に、剣を扱えるようになりたいって。この先、長州は幾度となく危機的な状況を迎えるわ。それでも長州は……新しい世をつくる為に立ち止まっては居られないの! 私を対等に扱ってくれる玄瑞や晋作の……足手まといにはなりたくないもの」



「そう……か。それがお前の答えか」



「折角気遣ってくれたのに、ごめんね?」



「いやいや、謝らずとも良いのだ……それにしてもお前は本当に芯のある、良い女だな。二人がお前を愛でる理由も解る。ならば、その剣術……鍛錬を重ね、精進するしかあるまいな」



 井上サンは微笑むと、私の頭をふわりと撫でた。





 


 

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