悪化する関係
沖田サンを叩いた挙げ句、土方サンに断りも入れずに試衛館へと逃げ帰って来た私は、自室に籠り先程の出来事を整理していた。
どうしてこんな事になってしまったのだろう。
どうして……沖田サンは、あんな事をしたの?
口を開けば喧嘩ばかりで、常に私に対して悪態をついている……そんな沖田サンが、私の事を嫌っていたのは明白だった。
嫌がらせ?
そっと唇に触れ、必死に考えるが答えなど見付かりはしない。
「なぁ……あの嬢ちゃん、一体どうしちまったんだ? 土方サンと走り込みに行っていた筈なのに、一人で帰って来たかと思やぁ部屋にこもっちまいやがってさ」
私の部屋の前で、原田サンが話す声が聞こえてきた。
「土方サンと、喧嘩でもしたんじゃねぇの?」
平助は、何の気なしに答える。
「いいや! ありゃあ何かあったね。帰って来た時の顔を見たか? 小娘のクセに、女の顔をしてやがった」
永倉サンは笑いながら言う。
だいたい、全部丸聞こえなのよ!
みんなして女の顔って言うけどねぇ……女なんだから、当然じゃない。
私は苛々していた。
「てぇ事は……まさか……土方サンが……」
原田サンは更に声を大きくする。
「美奈に手ぇ出した!?」
「お、おい左之! 嬢ちゃんに聞こえるだろうが!」
永倉サンは、咄嗟に原田サンの口を塞ぐ。
「全部丸聞こえなのよ、この三馬鹿がっ!」
「おい……誰が、誰に手ぇだしたって!?」
私が勢い良く襖を開けたと同時に、土方サンが三人に声を掛ける。
「げっ! 美奈……に土方サン!?」
三人は私と土方サンを交互に見た。
「あの……土方サン……さっきはごめんなさい! 私、何も言わずに帰っちゃったから……」
私は、土方サンを見かけるなり、消え入りそうな声で謝った。
「お前が謝る事ぁねぇさ。悪ぃのは惣次郎だからな。一応アイツには謝るように言ったが……あの性格だからな、あまり期待しねぇでくれ」
「……そう」
「それより、少しは落ち着いたか?」
「う……うん」
「ならば良い」
土方サンはフッと笑うと、道場へと向かう。
私も土方サンを追い掛け、道場へと向かった。
「おい、今の聞いたか!?」
「まさか……手ぇ出したのは、惣次郎の方だったとはな……」
原田サンと永倉サンは、コソコソと話し合う。
「平助!」
「な……何だよ、新八っつぁん」
永倉サンの只ならぬ雰囲気に、平助は困惑する。
「良いか? 平助。惣次郎は既に行動に移している。お前もうかうかしてっと、あの嬢ちゃんを惣次郎に持ってかれちまうぞ?」
「な、なな……何言ってんだよ! 俺はそういうんじゃねぇっての! か、勝手に勘違いすんなよな」
平助は顔を真っ赤にさせながら、反論する。
「お……俺、もうひとっ走りしてくる!」
そう言うと平助は、足早に去って行った。
「クク……青いねぇ……」
「全くだ。惣次郎も平助も……青過ぎて敵わねぇや」
残された原田サンと永倉サンは、腹を抱えて笑う。
「誰が青いって?」
「そ……惣次郎!?」
気付けば二人の背後には、沖田サンの姿があった。
「ねぇ……アイツ、何処に行ったの?」
「アイツ?」
「美奈の事だよ!」
「あの嬢ちゃんなら……土方サンと道場だろうよ?」
「……そう。僕があれだけ忠告したのに……本当に馬鹿女だね」
沖田サンの冷たい表情に、二人はそれ以上何も言えなかった。
土方サンを追ってきた私は、道場に着くなり稽古の続きを頼んだ。
そんな私の願いを、土方サンは快く引き受けてくれ、稽古は再開された。
「おい、少し構えてみっか?」
土方サンは私に竹刀を差し出す。
その一言に私の表情は、一気に明るくなる。
「え? 良いの!?」
「走り込みばかりで、大事な預かりモンのお姫様に逃げ出されちゃあ敵わねぇからな……まぁ、飴と鞭だ」
「そんなぁ。大事なお姫様だなんて……」
私は顔を紅潮させる。
「そ、そこに食いつくんじゃねぇ! 良いからさっさと構えやがれ」
「痛い! 痛いってば。わかったから、つねらないでよ」
頬をさすりながら、涙目になる。
「フン……稽古中にふざけるお前が悪ぃ」
土方サンは素っ気無く言った。
私は手渡された竹刀を、自分の思うように構えてみた。
それだけの事なのに、何だか自分が強くなったような錯覚を覚える。
「……違うな」
土方サンは何か納得がいかない様子だ。
「何か違う? 平晴眼を意識したつもりだったんだけどなぁ」
私は私は首をかしげた。
「もう少し、刃を内側に向けてみろ」
「刃?」
そんな事を言われても……竹刀に刃先など無いではないか。
「全然なっちゃいねぇ。良いからそのまんま立ってろ」
そう言うか言わないかの内に、土方サンは私の後に回り込んだ。
「ちょ……ちょっと!」
「良いから、今は余計な事を考えるんじゃねぇ!」
「わ……わかったわよ!」
威勢良くそう言ったものの……構え方の説明をする土方サンの声など、私の耳には届いてはいなかった。
土方サンの声よりも、自分の鼓動の音の方が大きく感じる。
構え方の説明だからって……こんな体勢、耐えられないよ!
後ろからすっぽりと包み込まれている自分に、何だか恥ずかしくなる。
も、もう限界だ……
「あのさ……とにかく、もう……離れてよ!」
私がそう言うと同時に、道場の扉が勢い良く開く。
「沖田……サン?」
「だから、言ったじゃねぇか……土方サンは手が早ぇってさ。お前……本当に馬鹿女だな。そういうの、虫唾が走るんだよ!」
私を蔑む言葉を発している筈なのに、沖田サンのその表情は、何だか苦しそうにも見えた。
「行くぞ!」
そう小さく呟いた沖田サンは、私の手を取り道場から出る。
「お、おい……惣次郎!」
残された土方サンは沖田サンを呼ぶが、沖田サンは振り返ろうとはしなかった。
「チッ……不味いところを見られちまったな。ったく……惣次郎の奴ぁ、青過ぎんだよ」
土方サンは沖田サンの表情を思い出し、苦笑いを浮かべた。




