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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第6章 各々の進む道
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門弟と食客たち



「ねぇ、土方サン。さっきから気になってたんですけど……その娘は誰ですかぃ?」



 皆が山南サンの容態を案じている中、その中の一人が土方サンに尋ねた。


「お前らにはまだ話していなかったな。コイツは美奈、今日からしばらく此処で預かる事となった……まぁ、いわゆる門弟だ」


「門弟!? この娘が? 土方サン……冗談は顔だけにして下さいよ。女に剣術ができるわけがないでしょう」


「惣次郎! お前は口が悪ぃんだよ。これはカッチャンが決めた事だ。お前には関係ねぇ」


 その場にへたり込んでいた私は、その名前に即座に反応した。



「惣次郎!? ねぇ、貴方……もしかして、沖田総司なの? 一番組組長の!」


 私は彼に詰め寄った。


「はぁ!? 沖田総司って何なんだよ。確かに僕は沖田姓だけど、総司じゃない。惣次郎だ!」



 あぁ……そうか。


 壬生浪士組に参加する頃に、惣次郎から総司になったらしいから、この時点ではまだ沖田総司ではないのか。


 私は一人で納得する。



「ねぇ、何一人で考え込んでるの? お前さぁ……そういや、何処のモンだよ」



 沖田サンに尋ねられ、どう答えて良いのか少し考える。



「……長州だよ。長州の偉そうな侍が連れて来たんだ。惣次郎がコイツと話がしてぇのは分かるが、今はそんな場合じゃねぇだろ」


 私の代わりに、土方サンがそう答えた。


「別に興味なんて無いよ。こんな女は僕の趣味じゃないからね」


「お前の姉ちゃんに勝るとも劣らねぇ気の強さだがな?」


「姉上と一緒にするな! 姉上は気は強いけどコイツとは比べモンにならない程の美人だっての」


 沖田サンは頬を膨らませた。



「や、山南サンの容態はどうだ!?」



 医者を引き連れた近藤サンが、血相をかいて部屋に入ってくる。



「多分、暑気にやられたんだと思うよ。今のところ体温も下がり始めているし……後は目を覚ましてくれれば、きっと大丈夫だと思う」



 私は近藤サンにそう言った。


 しかし、念のため本物の医者に診てもらう様にと付け加える。



「そうだね……きっとこの人はじきに目を覚ますよ。私の見立てでは、大丈夫だ。倒れた時の対応が良かったのだろうね? それにしても……しがない町医者である私には、見た事も無い器具に治療法だが、これは蘭学かい?」


 医者は山南サンを診察すると、そう言った。


「まぁ……そんな様なものかな」


「ん? もしや、お嬢さんがやったのかい!? これは驚きだ。女性の蘭方医が居るとはねぇ……。まぁとにかく、何かあったらまた呼びなさい」


 そう言い残すと、医者は去って行った。



「あの……近藤サン、ごめんなさい」



 私は、近藤サンに謝った。


 その理由は、部屋を見れば明白だ。


 山南サンを助ける為に焦っていたとはいえ、人様の家の畳に槍を刺してしまったのだから……。



「点滴を……する為に高さが必要だったの。そしたら、この人が槍を貸してくれたから……」


 私が畳に槍を刺したのは、点滴台の代わりに使うためだった。



「おや、おや……これはまた見事な刺さり具合だな。まぁ、気に病む事は無いさ、それよりも礼を言う。山南クンを手当てしてくれて、ありがとう」



 近藤サンの寛容さに、私は少し感動した。



「さて……カッチャンも帰って来た事だしな、コイツらの紹介をするかねぇ」


「そうだな。その方が良いだろう」


 近藤サンも土方サンに賛同する。



「おい、美奈。今日からコイツらはお前の兄弟子だ。しっかり挨拶しやがれ」



 突然話を振られ緊張しながらも、私はゆっくりと口を開いた。



「えっと……美奈、桜美奈です。長州では友人の医者の補佐をしていたから、多少は医術ができると思う。でも剣術は未経験だから不安だけど……友人の迎えが来るまでには、何とか形にしたいの。だから、よろしくお願いします!」



 私は、何とか言い切った。


「コイツはさっき言った惣次郎。惣次郎の隣りに居るのが、源サン……井上源三郎だ」


 沖田サンには何だか嫌われて居る様だ。


 理由は分からないが、視線すら合わせてもらえない。


 仕方が無いので、源サンにだけ会釈した。


「それから……北辰一刀流 目録の藤堂平助に、神道無念流 免許皆伝の永倉新八。種田流槍術の原田左之助と無外流の斎藤一。最後に、お前が手当てしてくれたのが山南サン……北辰一刀流 免許皆伝の山南敬助だ」


「前から思ってたんだけどさぁ……天然理心流なのに、他流派が多いよね」


 私はボソっと呟く。


「前から?」


「あ……いや、何でもないの。忘れて!」


「……変な奴」


 土方サンは怪訝そうな顔をしている。


 危ない、危ない。


 こんな所で素性がバレたら、晋作や玄瑞に怒られる。


 気を付けて行動しなくっちゃ。



「こ……こは?」



 そんな中、タイミング良く山南サンが目を覚ます。



「山南サン!」



 みんなは、山南サンに駆け寄った。


「これは……何です?」


 山南サンは、自分の腕に刺さる点滴を不思議そうに眺める。


「これは点滴。あの輸液が終わるまでは、このままで居て。元気になったら、いくらでも説明するから」


「そう……ですか。貴女が助けてくれたのですね? これは、お礼をしなくてはなりませんね」


 山南サンは、弱々しく言った。


「元気になったら、存分にお礼をさせてあげる。だから、早く良くなりなさい」


 私の言葉に、山南サンはフッと笑った。



「お前……そこは、お礼なんかイラナイって言う所じゃねぇのかよ!」


「平助、だからコイツは生意気な女だって言っただろう?」


「惣次郎の言う通りだ」


 藤堂サンと沖田サンは顔を見合わせ、溜息をつく。


「お礼したいって言ってんだから、受けてあげなきゃ失礼でしょうが」


「全く分かっちゃいねぇなぁ。女ってのはな、もっと淑やかじゃなきゃいけねぇよ。一度は断らねぇとなぁ」


「藤堂サンは考えが古いのよ! 淑やかだけの女なんて、すぐに飽きるに決まってるわ。だからこの時代には、妾が多いのよ」


 私は藤堂サンに言い返す。



「それも一理あるかもしれねぇなぁ……女は手に余る方が可愛いって、なぁ新八っつぁん?」


「左之の言う通りだ。平助も惣次郎もまだガキだから分かんねぇのさ」


「ほらね? ガキが女を語るなんて百年早いのよ」


 原田サンと永倉サンの言葉に、私は気を良くした。


「だが……」


 二人の言葉にはまだ続きがあるようだ。



「美奈は……発育が足りねぇなぁ。もう少し成長してくんねぇと、女としては扱えねぇなぁ」


「左之に同感だな」


「ちょ……失礼な奴ら! 意味わかんない」


 私は頬を膨らませる。


「ハハ……発育が足んねぇだってよ、聞いたか? 惣次郎!」


「だから言っただろ? コイツは女じゃねぇって」


「っ……うるさい!」


 四人の言葉に、私はプイっと顔を背けた。



「そんな風に頬を膨らませるな。可愛らしい顔が台無しではないか」



 斉藤サンは私の頬に手を当てる。


「げ! ハジメはこんなのが好みなのかよ?」


「えー。ハジメくんって趣味悪い!」


 口々に言う藤堂サンと沖田サンに殴りかかりそうになる気持ちを、私は必死に抑える。



「あぁ、好みだ。整った顔立ちも、気の強い性格も……全て好みだが、何か問題でもあるのか?」


 キッパリと言い放つ斉藤サンに、私は顔を真っ赤にさせながらも、その男らしさに格好良いと感じてしまう。



「お前ら、いい加減にしやがれ!」



 土方サンは眉間にシワを寄せている。



「惣次郎も平助も、可愛い娘が来たからといって虐めるとは……まだまだ子供だな。好かれたいなら、それは逆効果だぞ? 斉藤のように直球に言うのが一番だ」


「なっ!?」


 近藤サンの言葉に、沖田サンも藤堂サンも真っ赤になりながら絶句している。


「なんだ、なんだ? やけに美奈に突っかかると思っていたが……お前らそういう事だったのかぁ」


「まだまだ青いねぇ? きっとコイツは数年後には良い女になると思うぜ? 早い所唾付けとかねえとだな」


 原田サンと永倉サンは、沖田サンと藤堂サンをニヤニヤしながら眺めている。



「良し! 今日の稽古はこれで終いだ。夕餉は美奈の祝いがてら、蕎麦でも食いに行くか」


「賛成!」


 近藤サンの提案に、皆賛同する。


 夕餉前には、山南サンの調子も大分良くなっていたので、本人の希望もあり此処に居るみんなで蕎麦を食べに行った。


 

 試衛館時代の皆には、新選組時代の様な派手さは無いが、これはこれで良いと思った。



 何のしがらみも無い分、皆が皆それぞれ、伸び伸びとしている様に感じたからだ。



 あまり裕福な様子は見られないが、それでも近藤サンを中心にしてまとまっており、和気藹々としている。



 この時点での新選組メンバーに出会えた事に、何だか嬉しくなる。



 皆とはいずれ敵対しなければならない運命だが、それは仕方の無い事。



 だからこそ、今だけはそんな事は忘れて、楽しく過ごしたい……と、そう思える様な夜だった。



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