出立
翌日、まだ夜も明けきらない内に久坂さんに起こされる。
私の寝ぼけた表情を見て、久坂さんはフッと笑った。
「まだ寝足りぬという顔をしているな? もう少し休ませてやりたいのは山々だが……今日は、まずは船着き場に向かわなければならない」
「……船着き場?」
「そうだ。日をかければ歩いて行けぬことも無いが……女の足には厳しいだろう? だから、船を頼んだのだ」
「船なんて素敵っ! そうと分かれば、すぐに用意しなきゃ」
私は目を輝かせる。
「ああ……ちょっと待て! 今の世でその装いでは、目立ち過ぎる。異人などと噂されかねんからな……とりあえずの物で申し訳ないが、着物を用意させた。お前はそれを着ると良い。仕度が済んだら、広間に来てくれ」
「ありがとう……ございます」
「何だ、急に畏まって……歳の頃は私とそう変わらないだろう? この一日、あれ程までに威勢が良かったくせに……畏まるお前は……何だか気持ちが悪いな」
「気持ちが悪いだなんて失礼ね! ……色々としてもらって、さすがに申し訳ないと思ったのに」
私は頬を膨らませる。
「……つまらぬ事は気にするな」
久坂さんはそう言うと、部屋から去っていった。
この屋敷の女中が着物を持ってきてくれ、私の着付けと髪結いをしてくれた。
なんとか着付けをしてもらったものの……身長153cmの私には、この時代の着物は若干丈が短かった。
以前何かで読んだが、この江戸時代の女性は143~145cmが平均身長だそうで、男性でも155~160cm程らしい。
現代であれば小柄な私も、この時代ではかなりの長身という事になる。
それは、何とも不思議な感覚だった。
さておき……タイムスリップしたその時に持っていた荷物も、全て無事なようだ。
手早く身支度を整える。
仕度が済んだ私は、久坂さんのいる広間へと向かった。
「久坂さん……あのね……着物が、短いの」
広間に着くなり、久坂さんに訴えた。
「やはり丈が足りなかったか。お前は細っこいわりには、男の様に背丈があるからなぁ……かといって私の着物では大きすぎるだろう? これはあちらに着いたら手配する必要があるな……すまぬが、しばらく我慢してくれ」
私のことを長身と言う久坂さんは見たところ180cm程の身長があり、この時代でも珍しいほどだ。
「まぁ、お前の好きな布で仕立てれば良い」
「……仕立てる?」
「この時代では、布を選び体格に合わせて仕立てるのが普通だ。もっとも、既製の物が無いわけではないが……美奈の場合は仕立てるのが良いだろう」
久坂さんは、見ず知らずの私にどうしてここまで良くしてくれるのだろう?
やはり、私が未来から来たことが理由なのだろうか。
もしかして……優しくしておいて、この先私はその知識を利用されるのだろうか?
モヤモヤする心を抑え、私たちは船着き場へと向かった。
幾度か休憩を重ね、船着き場に着いたのは日も沈みきった後だった。
「こ……これが……船?」
「そうだ、中々の物だろう?」
「そう……だね」
軍艦や現代の船を想像していた私は、その船の小ささに唖然とする。
これは……本当に沈まないのだろうか?
萩までの長距離を持ちこたえることが出来るようには到底思えない。
立ち尽くす私は、久坂さんに促され恐る恐る船に乗り込んだ。
いざ乗り込んでみると船内は意外と普通で、これならばきっと大丈夫だろうと自分に言い聞かせた。
「早く長州の街並みを見たいなぁ」
私がそう呟くと、久坂さんは優しく微笑んだ。
「長州は良い所だ。きっと美奈も気に入る」
「そっか……」
この時の私はまだ知らなかったのだ。この船旅の本当の恐怖を……。