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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第6章 各々の進む道
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試衛館



「で? お前は剣術はどの程度できるんだ?」


 晋作の姿が見えなくなった頃、土方サンが私に尋ねた。



 どの程度と言われても……



「全くできないよ? 竹刀や木刀にすら触れた事もないもん」


 私はさらりと告白する。



「はぁ!? お前……正気かよ? 経験もねぇクセに、住み込みで習おうってのか!?」



 土方サンは驚きのあまり、大声を出した。



「土方サン……最初はね、誰でも初めてなのよ? 土方サンだって、初めて剣を握った日があったでしょう? それと同じよ」



 私は土方サンを諭すかのように言った。



「お前……生意気なんだよ! そもそも、その話し方は何とかならねぇのか? お前は、どこぞのお姫様かよ!」


「まぁ……こんな美女が居たら、お姫様だと思うのは仕方ないかもしれないけどね? それ以前に、お姫様が此処に居る訳がないでしょう?」


「お前は……自分の立場が分かってねぇようだなぁ?」



 土方サンは私の両頬をつねる。



「痛い! 痛いってば!」



 何という事だろう。


 晋作と離れたというのに、此処にも私の頬をつねる男が居たとは……そんな事は、想定外だ!



「ハハ……美奈は可笑しな娘だな。トシに怯むどころか、対等に話すとは……トシの見込み通り、気概があるな」



「カッチャン、笑ってねぇでコイツを何とかしてくれよ! 全く、躾もなってねぇ女なんざ女じゃねぇよ!」



「いやいや、彼女はこのままで良いと思うがなぁ。実に可愛らしい顔をしているではないか」



「……黙っていればな! 顔が良くてもなぁ、気性の激しい女は、俺ぁ好まねぇよ」



 二人は、本人を抜きにして好き勝手言い合っている。



「おやぁ? そちらのお嬢さんは、どなたです? ……土方クン。もしや、貴方は……」



 その声に振り返れば、稽古上がりかと思われる男たちが続々と集まってきていた。



「山南サン! 変な想像は止してくれ」



 土方サンは、男たちの中央に居る男性を、山南サンと呼んだ。



「休憩かね?」



 近藤サンは山南サンに尋ねた。



「ええ、そうですよ。この様に暑くては、多少の休息も大切ですから……ね……」



 山南サンは言い切るか、言い切らないかの内にその場に崩れ落ちた。



「山南サン!」



 その場に居たみんなが、山南サンに駆け寄る。



「みんな、どいて!」



 私の声に、反射的にみんながどいた。


 その隙に私は、倒れた山南サンの様子を診た。




 脳梗塞? 


 それとも、貧血か何か?


 私には診断など出来るはずは無いが、それでもここに居る皆よりは幾分マシだろう。 


 それにしても……この暑さなのに、汗が出ていない。


 加えて、身体も何だか熱い気がする。


 稽古上だったと言っていたし、この時期の道場内はきっとかなりの暑さだったはず。



 これは……うつ熱状態なのかもしれない。



「そこの筋肉質の貴方! とりあえず、山南サンを涼しい部屋に連れて行って横にさせて。それから……貴方は、氷とか井戸水とか何でも良いから、身体を冷やせる物を大量に持ってきて! 私は、部屋に荷物を取ってくる」



 突然の指示に皆は困惑しながらも、それぞれの役目を果たそうと動き出した。



 山南サンの部屋に急いで行くと、既に皆が準備を済ませていてくれた。


 とりあえず、片方の脇の下や首筋、太股などに氷や井戸水で冷やした手拭いを入れる。


 衣類を脱がせ、身体に水をかける。


「お、お前……何してんだよ」


 土方サンは私の肩を掴む。


「良いから、皆でこのまま団扇で扇いでて!」


「わ……わかった」


 私のあまりの剣幕に気圧された土方サンは、他の皆と共に山南サンに風を送る。


 その間、もう片方の脇の下で体温を測った。



「38度9分か……発汗も無いし、多分うつ熱状態なんだと思う」



 うつ熱というのは……体温が上手く放散できずに、体内に熱が蓄積してしまい、高体温をきたす状態の事だ。


 運動などにより熱産生が熱放散を上回り、バランスを崩してしまうと、起こしやすい。



 まぁ、分かりやすく言うと……熱中症だ。



 しかし、うつ熱状態という事は、3段階の重症分類の内の3度なのだろう。


 3度は重症型だ。


 意識喪失と発汗の無さ、それに38度以上の発熱。


 本来ならば、緊急入院モノだ。


 意識も無いので、経口補水液……つまり、スポーツドリンクの様な物を飲ませる事は不可能だ。


 早く何とかしなくては……


 私は必死に頭を巡らせる。



「やるしか……ないよね」



 一つの策を思い浮かべると、私は荷物をまさぐった。



 乳酸リンゲル液



 そして



 輸液セット




 リンゲル液は、氷で冷やしている。


 このリンゲル液は生理食塩水に色々と加えられたもので、病院でもよく見かける輸液製剤の一つだ。


 何故こんな物を持っているかと言うと……それは、人に入れる為ではなく、輸液の滴下速度を練習する為に配られたものだった。


 輸液セットも同様だ。


 これらは全て点滴の手技を習うために配られたもの。


 しかし、どれも新品の本物であるので、実際に使用できない事も無い。



 問題はただ一つ……



 私は、人体に注射をした事が無いという事だ。



 昔は、学生同士で注射や採血をし合ったらしいが、今はやらない。


 どこかの学校で、事故があって以来、全国的に行われなくなったそうだ。


 だから、私たちは人形に針を刺しただけだ。



 しかし、不安だなどとは言っては居られない。



 死ぬか、生きるかなのだから……



「これを持って立ってて!」



 側に居た人に輸液製剤を手渡した。



 アルコール綿で輸液製剤の刺し口を拭い、ビン針を刺す。



 今度は山南サンの側に寄り、刺しやすそうな血管を指で探した。



「おい、お前……何をする気だ!」



 土方サンは声を荒げた。



「うるさい! 山南サンを死なせたくなかったら、黙ってて」



 私は土方サンを制止すると、再び血管を探す。



「ここだ!」



 良さそうな位置を見付けると、アルコール綿で拭いながら、深呼吸をした。



 そして、針をゆっくりと刺し入れる。



 針が血管に入った感触がしたが、これで一息ついては居られない。


 輸液がしっかりと落ちるかが重要だ。



「うん……落ちてる!」



 輸液が落ちていくことを確認すると、時計を見ながら輸液セットのクレンメを調節し、滴下速度を変えていく。



 そこまで終わると、私は緊張の糸がほどけたかの様に、膝から崩れ落ちた。



「おい! 大丈夫か?」



 咄嗟に土方サンに支えられる。



「うん……大丈夫。これはきっと、精神的な疲労って奴ね……」



 私は、力なく笑った。
















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