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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第6章 各々の進む道
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分かれ道


 8月23日


 私たちは京へと入る。


 玄瑞と出逢ったのは、確かこの長州藩邸だった。


 あれから既に、早1年近くが経とうとしている。


 時間が過ぎ去るのが何だか、とてつもなく早く感じた。






「良いか、美奈。お前は庭で玄瑞と遊んでろ。お前が居ると面倒事になりそうで敵わねぇからな。玄瑞もコイツをよく見張っていてくれよ?」


「心得た」


「ちょ、ちょっと。どういう意味よ!」


 納得のいかない私を置き去りにして、晋作は一人で藩邸内に入っていってしまった。


「私だってねぇ……おとなしくして居られるんだから。っ……晋作のチビ!」


 私は思い切り頬を膨らませた。


「晋作はそういう意味で言ったのではないと思うぞ?」


「じゃあ、どういう意味よ!」


「お前がこの時代の者でないと露呈してしまう事を危惧しているのだろう。口は悪いがお前の事を案じているのだ。それが晋作の優しさだな」


「何それ。優しさって……晋作は……分かりにくいのよ」


「フフ……あれも不器用な男だから仕方があるまい」


 玄瑞の言葉に、私は少しだけ反省する。



 それにしても、晋作の優しさは本当に分かりにくい。


 もう少しハッキリ言ってくれたら良いのに……






 晋作を待つ間、私たちは藩邸内の庭園を散策した。


 庭はとても広く、確かに時間を潰すにはうってつけ……ではあったが、それも長時間だとさすがに飽きてしまう。



「待たせたな」



 池の鯉を眺めていると、背後から晋作の声がした。



「晋作!」



 暇潰しに飽き始めていた私は、満面の笑みを浮かべる。



「ほぅ……今日は良い子にしていたみてぇだな。関心、関心!」



 晋作は私につられたかのように、微笑んだ。



「それで、殿は何と仰っていたのだ?」


「何が?」


「何がではない。長崎で軍艦を購入した件についてだ」


「クク……そんな事ぁ話しちゃいねぇさ。それよりなぁ……」


「は、話していないのか!? まったく、お前というやつは……。で、何か言いかけたようだが、他にも何かあるのか?」



 言いにくそうにしている晋作に、玄瑞は不思議そうな顔をしている。



「すぐに江戸に行くよう言われた」


「え……江戸!?」



 私と玄瑞は思わず聞き返す。



「江戸での在勤を命じられたのさ。江戸在勤だった桂サンは、京の留守居役になっちまったからなぁ……正直あまり気は進まねぇが、仕方あるまいよ」


「そう……か」


「で? お前らはどうする? 江戸に来るか?」


 晋作の言葉に、玄瑞は少し考える。


「私は……付いては行けぬ。すまんな」

 

「何故だ?」


「私はこの京ですべき事があるからな。まずは殿に『廻瀾条議』と『解腕痴言』を上呈せねばならん。その後は、攘夷活動に努むべく……」


「ちょ、ちょっと待て! お前そんな物をいつの間に書いた?」


 晋作は苦笑いを浮かべる。



 それもそのはずだ。


 私たちは清国へ視察に行っていたのだから、これだけの文章をまとめる時間など無かったはずだ。



「主には、清国に滞在中と……帰りの船の中でだが?」


「まさかお前……俺らが寝た後に書き物をしていたのか?」


「無論だ。時間を粗末にするのは、どうにも性に合わなくてな」


「クク……さすがは、村塾一の秀才だな」


 晋作は心から感心しているようであった。




「で? 美奈はどうする? 玄瑞と京に残るか……俺と江戸に行くか、お前が自分で選べ」



「な、何を言っている! 美奈は私と此処に残るに決まっているだろうが」



「そうとも限らねぇさ。コイツはいつも突拍子もねぇ事を言い出しやがるからなぁ」




 突然難しい選択を迫られた私は、困惑してしまう。



「何で? みんな一緒じゃ駄目なの? 離れ離れなんて嫌だよ……」



 今ここで決断を迫られたところで、決めようが無い。


 確かに、玄瑞と京に残るという選択肢が一番好ましいだろう。


 だが……江戸に行きたい気持ちもある。


 江戸の街並みや医療状況なども見てみたい。


 ただ問題なのは……江戸に行くのは玄瑞でなく、晋作だという事だ。


 私は必死に模索する。


 何が正しい答えなのかを。



「私……」



 しばらく考え込んだ後、私は口を開く。


 二人の食い入るような視線が痛い。



「ちょっと待て!」



 晋作は何かを思い付いたようで、話し出そうとする私を遮った。


 そうかと思えば何やら二人は寄り添い、私に聞こえないように内緒話をしている。



「玄瑞、ひとつ賭けをしねぇか?」


「賭け……だと?」


「美奈が、俺とお前のどちらを選ぶか賭けるのさ。負けた方は今宵の夕餉の金を出す。どうだ、面白ぇだろ?」


「フン……お前は愚かだな。そんなもの、結果は分かりきっておろうに」



 しばらくの間ヒソヒソ話すると、二人は離れる。


 玄瑞は呆れ顔をしており、晋作は不敵な笑みを浮かべていた。


 晋作のこの表情……どうせまた、ロクでもない事を考えているのだと、私は悟る。




「良し! 良いぞ。さっさと言えや」



 晋作は私に、早く続きの言葉を言うようにと促した。



「私ね……江戸に行きたい!」



 その一言に、晋作は満面の笑みを浮かべ、同時に玄瑞はその場に崩れ落ちた。




「な……何故だ!? 何故、私よりも晋作を選ぶ」



「玄瑞よ……諦めの悪い男は好かれねぇぞ?」




 晋作は、うろたえる玄瑞の肩を叩きながら笑う。



「だって……人で選んだんじゃないもん。確かに人で選んだら、玄瑞と一緒のほうが安心だけどさ。江戸の方が面白そうだったから……つい」



 私は申し訳なさそうに呟いた。



「そう……か。だが案ずるな、お前が江戸へ行くと言うならば……ここでの用はすぐに済ませ、私も江戸へと向かえるよう努めるさ」


「あんま無理すんなよ、玄瑞。まぁ……美奈の事は任せておけ」


「お前に任せてはおけぬから、言っているのだろうが!」


「クク……そう熱くなるなよ。それはそうと……」



 晋作は玄瑞から離れると、私に近付く。



「今宵は玄瑞が美味いモンを食わせてくれるそうだ! それも、綺麗な女付きでな!」



「き、綺麗な女なんて……急にそんな事を言われたら、照れるじゃない」



「誰がお前の事だと言った? お前の頭ん中は腐ってやがんのか?」



「なっ!?」



「今宵は祗園あたりで酒宴だ!」



 晋作はそう言うと嬉しそうな表情を浮かべ、おもむろに私の頭をなでた。






 その晩、祗園で夜通しのドンチャン騒ぎが行われる。



 まぁ、馬鹿みたいに浮かれて騒いでいたのは勿論、晋作だけだが……




 そして、翌日



 不安気な表情を浮かべる玄瑞に見送られる中、私と晋作は江戸に向かうのであった。



 









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