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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第5章 上海視察
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帰路



 清国では様々な事を経験した。


 街並みを散策したり、様々な美味しい料理を食べたり、みんなで写真を撮ったり。


 写真は洋服姿だったので、久坂サンの似合わない事と言ったら……思い出しただけで、今にも笑いが込み上げる。


 五代サンは顔が良いだけあって、本当によく似合っていて格好良かったなぁ。


 高杉サンは……可もなく不可もなく!


 この写真は宝物にしよう。



 他にも……


 各国の領事館に行ったり、アームストロング砲なる凄い武器を見たり、蒸気船や清国の練兵を見に行ったりもしたな。



 何と言っても、教会に行った事が私にとっては一番の出来事だったと思う。


 誰にでも分け隔てなく医療が施せる。


 この時代の日本においても、そんな世の中にしたい。


 そう思わずには居られなかった。


 今はその目標のために何をすべきか、必死に模索している。



 考えてみれば……何だかいつも、五代サンや中牟田サンと一緒に居た様な気がする。



 それも……もう終わり……か。



 私は深い溜め息をついた。






「なぁに辛気臭ぇ面ぁしてやがんだ? 重苦しい雰囲気なんざ俺ぁ好かねぇ。柄にもねぇ顔してねぇで笑いやがれ!」


 高杉サンは私に近寄ると、両頬を引っ張った。


「痛い、痛いからぁ! そんな事したら、余計に笑えないし!」


「フンッ……そんな面ぁ、お前には似合わねぇんだよ」


「だって……」


 楽しかった日々を思い出せば思い出す程淋しさが勝り、笑う気になんて到底なれない。


 私は、この清国で二人に買ってもらった髪飾りとネックレスを眺めた。


 髪飾りは久坂サンから、ネックレスは高杉サンからの贈り物だった。



「折角買ってやったのに付けねぇのか?」


「だって、何だか勿体無い気がして……」


「付けなけりゃ意味がねぇだろうが」


 高杉サンは私からネックレスを奪うと、後ろに回り込み、私の首からさげた。


「これで良し! 髪飾りは帰ってから付けろ。首飾りは着物で見えねぇが……髪飾りはそうもいかねぇからな」


「ありがとう」


 私はポツリとお礼を言った。



「美奈ぁ!」



 不意に呼ばれ振り返る。


「五代サンじゃねぇか……悪ぃが船でコイツを呼ぶ時は春通と呼んでくれ。帰るまでは女だとバレちゃマズイもんでなぁ」


「あぁ! そうだったね、ごめんね」


 高杉サンの言葉に、五代サンは軽く謝った。



「で、何の用だ?」


「高杉サン……そんな顔をしなくたって良いじゃないか。今日は清国を発つ日だからね、美奈に贈り物を持ってきたよ」


「だから、何度言えば分かるんだ? コイツは……」


「分かってるって! でも今は私たちの他には誰も居ない。そうだろ?」


 五代サンの言葉に、高杉サンは溜め息をついた。



「ほら、これだよ。開けてごらん」



 私の手に小さな箱を握らせると、五代サンはそれを開けるよう私に促した。



「指環?」



 小さな箱の中には、ピンク色の宝石がはめ込まれた指環が入っていた。


 ハート型の石が可愛らしい。



「エンゲージリング……だよ」



「え……エンゲージリング!?」



 私は目を見開く。


 エンゲージリングと言えば、婚約指環ではないか!



「何だそりゃ?」


「異国ではね、好いた女性に指飾りを贈るそうだよ。いつか、祝言を挙げようという約束の印にね。ミュルヘットに教えてもらったんだ」



 放心状態の私の目の前で、五代サンは笑みを浮かべている。


「婚約指環なんて……貰えないよ」


 私は当然の様に断った。



「フフ……心配しなくても、さっきのは半分冗談だよ。祝言の約束でなくても良いんだ。そうだなぁ、いつか……薩摩に遊びに来てくれる約束でも構わないよ? それなら貰ってくれるだろう?」


 反応に困った私は、チラリと高杉サンの顔を見る。



「折角だから、貰ってやれや。薩摩にも近々行きゃあ良い」



 高杉サンの一言に、私は小さく頷く。



「五代サン……ありがとう!」



 五代サンは、私の指にそっと指環をはめると、満足そうな表情を浮かべた。


「そうそう、これは中牟田サンからだよ」


 そう言いながら、五代サンは私にもう一つの包みを手渡した。



「何だろう?」



 中牟田サンと言えば、会う度に私を女の様に愛らしいと言っていた。


 実際は女なのだから、当然なのだが……


 そんな彼が私に何をくれたのか?


 五代サンの話によれば、高杉サン付きの小姓に直接渡すのは忍びない……と言っていたそうだが。



「なっ!?」



 包みから出した物に、私は言葉を失う。



「良いねぇ! 美奈によく似合いそうだね」


「男だって言ってんのに……あの人は何てモンを贈ってやがんだよ」



 五代サンが目を輝かせ、高杉サンが溜め息をついた物、それは……



「チャイナドレスじゃない!」



 どこからどう見ても、それはピンク色のチャイナドレスだった。



「あの変態っ」



 私は吐き捨てるように呟いた。



「今夜、着てみてよ」


「嫌に決まってるでしょう?」


「クク……あの変態の前で着てやれや。ついでに久坂や五代サンも喜ぶだろうよ」



 高杉サンは笑いながらいう。



「高杉サンも人が悪いなぁ。中牟田サンにも真実を教えてあげれば良かったのに」


「真実を知るのは、俺らと五代サンまでで十分さな。これ以上、面倒な事になるのは不本意だ」


「それもそうだね。これ以上、好敵手が増えるのは大変そうだからね。高杉サンや久坂サンを出し抜くのは無理みたいだけど……」


「何故、俺まで入っている?」


 高杉サンは眉間にシワを寄せる。


「あれ? 違った? 私には、高杉サンも随分と美奈を可愛がっている様に見えたけどね。二人とも、この子にベッタリだし……美奈も二人にベッタリだし、何だか妬けるなぁ」


「そりゃあ誤解だな。コイツを甘やかしてんのは久坂のみさな」


「ふぅん」


 五代サンは含み笑いを浮かべた。






 船は清国を出航する。


 日本へ向けての船旅が再び始まった。


 今回は、船室も宿と同様に三人一部屋となった。


 何故なら、行きと帰りでは乗船する人数が減っていたからだ。


 清国滞在中に、コレラ等で命を落とす者が居たらしい。


 私たちは、徹底的にコレラ対策に勤しんでいたので、何とか無事だったが……私の知らない内に、ここに乗船していた人が亡くなるというのは、何だか複雑な心持ちだ。


 そんな訳で部屋が空き、行きよりも少し広い部屋で三人同室となったのだ。



「お邪魔するよ?」



 五代サンが部屋にやって来る。


「あれぇ? どうしたの?」


 ついさっきも会ったというのに……一体どうしたのだろう?


「用事は特には無いんだけどね……ほら、日本に着けばしばらくは会えなくなるだろ? だから今の内にたくさん会って話しておきたいと思ってね」


「それなら、五代サンも長州藩士になっちゃえば良いじゃない!」


 そうしたら、暇な時は五代サンに遊んでもらえる。


 そんな軽い気持ちで投げかけた質問だった。



「そんな事をしたら切腹モンだね」


 五代サンは苦笑いを浮かべる。


「切腹で済みゃあ良いけどなぁ?」


「斬首じゃないのか?」


 高杉サンや久坂サンも次々に言った。


「切腹? 斬首?」


 何だか物騒な話だ。


「このまま長州に行ってはみたいが……さすがに無断で脱藩などできやしないよ。私の腹や首どころか、家まで取り潰されてしまうからね。私の命などは良いが、御取潰しは困る」


「自分の命よりも、家の方が大事なの?」


「勿論だよ。家があっての自分だからね」


 何だか私には理解ができない。


 自分あってこその家ではないのだろうか。


「君のような女の子にはきっと理解できないかもしれないね」


 五代サンはそう付け加えた。




 私には、そんな世の中が少し悲しく感じた。




「そういえばさ、異人たちはお互いを名前で呼び合うんだって。不思議な文化だよね」


 暗くなってしまった雰囲気を変えるかのように五代サンは言った。


「だからさ、私たちも折角だから名前で呼び合うのはどうかな?」


「異国かぶれは御免だ」


 五代サンの提案に対し、久坂サンは不機嫌そうに呟く。


「久坂サンは固いなぁ。……まぁ良いや。美奈、それなら久坂サン以外でそうしようか」


 もっと近くに来るようにと手招きされ、私は素直に近づく。


「ほら、呼んでみて」


「えっと……才……助?」


「そうそう! 良いねぇ……なんだか親しくなれた気がするね」


 そう言って微笑む五代サンにつられて、私まで笑顔になる。


「それ以上近付くな! お前は変なところで従順すぎる」


 久坂サンは私の腕を掴むと、五代サンから引き離した。


「そういう君は素直じゃないね。本当は自分も名前で呼んで欲しいんでしょう?」


「な……何を言う!? そ、そんな事は無い」


「ねぇ、美奈。久坂サンの事も、これからは名前で呼んであげなよ」


「私は異国の文化などにかぶれるつもりは毛頭無い」


 私は、顔を背けむくれている久坂サンの目の前に回りこんだ。


「もう……最後まで喧嘩しないでよね? 玄瑞」


「な……何という事を」


 久坂サンが目を輝かせ私に抱き付こうとした瞬間、五代サンは私を引き寄せる。


「じゃあ次は……あっち!」


「それはちょっと……」


 五代サンが指をさしたのは、高杉サンだった。


「どうして?」


「だって、俺を呼ぶんじゃねぇっていう雰囲気がヒシヒシと伝わってくるもん! あれ、絶対怒るよ?」


 私は躊躇する。


「大丈夫だって。そっと近付いて呼んでごらん? そうしたら、高級なお菓子をあげよう」


「わかった! とびきり高級なやつだからね?」


 見事にお菓子につられた私は、高杉サンへと近付いた。


「何か用か?」


「えっと……」


 不機嫌な訳ではないが、上機嫌なわけでもない。


 高杉サンは、そんな表情を浮かべている。


 高級菓子と怒られる事を瞬時に秤にかける。


「あのね……」


「何だよ」


「……晋作!」


「だから、何の用だって聞いてんだ」


 名前で呼んでいるのに、普通に返された事に驚く。


「だから、晋作! って呼んでるの!」


「はぁ? だから用事は何だって聞いてるんだ」


「晋作!」


 高杉サンは私の両頬を思いっ切りつねる。


「用事もねぇのに人の名前を連呼すんじゃねぇ! 鬱陶しい」


「痛いってば! いつもと違う呼び方に気付いて欲しかっただけなのに」


「呼び名なんざ何でも良いんだよ! 呼びたい様に呼びやがれ」


 そんな私たちの様子に見かねて、五代サンが割って入り簡単に説明した。


「何だ、アンタの入れ知恵か」


 高杉サンは深い溜息をついた。


「そうだよ。名前で呼び合う方が、何だか良いでしょ?」


「俺ぁどうでも良いさ」



 今更呼び名を変えるのは、何だかむず痒い気がするが、五代サン……いや、才助の言う通りみんなともっと親密になれるような気もする。



「晋作、玄瑞! 日本に帰っても、たくさん遊ぼうね!」



「偉そうに……生意気なんだよ」


 晋作は私の額を小突く。


「痛っ!」



「これはこれで、中々良い響きだな……しかし日の本に戻れば遊ぶ間などないぞ?」


 玄瑞は小さく微笑む。


「やる事をやった上で、遊ぶもん!」



「何で二人だけなの? 私が言い出したのに」


 才助は不満そうな表情を浮かべている。


「私、きっと薩摩に……才助の国にも遊びに行くよ」


 私は笑顔でそう告げた。



「良し! それじゃあ夕餉にしようか。晋作、玄瑞、美奈……食堂に行くよ」


 才助の言葉に私たちは顔を見合わせた。



「どうして貴殿にそう呼ばれねばならんのだ」


「五代サンに名で呼ばれんのは何だかむず痒い……」


「私は良いと思うけどなぁ」



 口々に思い思いの言葉を発する。



「貴殿でも、五代サンでも無いよ。才助だ! 今日からは名前で呼び合うって決めたからね」



 強引な才助に何も言い返せなくなっている晋作や玄瑞の姿に、思わず私は笑ってしまった。



 日本までの船旅も、退屈しないで済みそうだ。



 不思議とそんな予感がした。








 

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