物騒な買い物
今日で、久坂サンの監視下に置かれていた療養生活からも解放された。
数日間おとなしくしていただけで、何だか身体が鈍ってしまった様な気がする。
折角の海外なのに、高杉サンのせいでとんだ目に遭ったものだ。
「おい、美奈。さっさと出掛けるぞ」
高杉サンは素っ気なく言う。
「あっ! もう、待ってよ」
私は慌てて高杉サンと久坂サンの後を追った。
それにしても、高杉サンは……どうして、あんな事をしたのだろう?
からかわれていただけとは分かっているつもりだが、何だか変に意識してしまう。
きっと、高杉サンにとっては大した事では無かったのだろうが……私にとってはある意味、一大事だ。
「人の顔をジロジロ見てんじゃねぇよ」
高杉サンは私の鼻を思い切りつまむ。
「痛っ! もう、何でそういう事ばかりするの!?」
私は鼻の頭を擦りながら、頬を膨らませた。
「お前……あの日の事を考えて居たんだろう?」
高杉サンは耳元で囁くと、不敵な笑みを浮かべた。
「なっ!? ち……違うもん!」
図星を突かれた私は、思わず赤面する。
「言っておくが、あれに他意はねぇよ。そうさな……犬猫の類いを抱いて寝るのと似たようなモンだろうよ」
「い……犬猫って! どこまで失礼な男なわけ!?」
「当たり前だ。お前を女だと思ってりゃあ、あれでは済むまいよ」
そう言って笑う高杉サンに、殺意が芽生える。
多少なりとも意識してしまった自分が馬鹿らしい。
やっぱり、高杉サンは意地悪だ!
私は高杉サンをキッと睨み、プイッと顔を背けた。
「俺に相手して欲しくば、もっと良い女になるこったな」
「フンッ! 相手なんて、こっちから願い下げよ!」
「クク……まぁ、そんなに怒るな。そんなんじゃあ、いつまでたっても色気が出ねぇぞ」
私は、悪びれる様子も無い高杉サンの脇腹を、一発小突いてやった。
「痛っ……」
「ざまぁみろ!」
不意打ちを喰らわせて、何だか気分がスッキリする。
「っ……本当に可愛い気のねぇ女だなぁ、お前は!」
高杉サンは脇腹を押さえながら吐き捨てた。
「何とでも言いやがれ! ねぇ……久坂サン、行こう?」
私は、少し先を歩く久坂サンに駆け寄った。
「その……何だ、私は高杉の様には思ってはおらんからな。アイツの言う事は気にするな」
「私を認めてくれるのは、久坂サンと五代サンくらいだよ」
「そ……そこで何故、五代殿が出てくるのだ!? お前は、何かにつけて五代殿がと言う。まさか五代殿の事を……」
「何を想像してるか知らないけどねぇ……五代サンに対しての恋愛感情は、一切持ち合わせてはいませんからね?」
「ならば良いのだが……」
久坂サンは小さく微笑んだ。
「久坂はコイツを甘やかし過ぎだ! さっさと躾てもらわねぇと、こっちの身が持たねぇ」
私たちを追ってきた高杉サンは、私の頬をつねりながら言う。
「だ……だから、痛いってば!」
「うるせぇ! 久坂が興味を無くすくれぇの醜女にしてやらぁ」
「フフ……高杉に頬を伸ばされている姿さえ、実に愛らしいな」
いつものクダラナイやり取りを繰り広げながらやって来た場所……それは、とある商店だった。
「お前に付き合っていたら、体力が持たねぇ……」
高杉サンは既に疲れきっている。
「全く……高杉サンは鍛え方が足りないのよ」
私は溜め息をついた。
「美奈、いい加減止めておけ。そろそろ高杉が可哀想だ」
久坂サンはそう言うと、私の頭を優しく撫でる。
「ところで……此処は、何の店? 何だか怪しい雰囲気なんだけど」
私は店に入るかどうか躊躇する。
「嫌ならそこで待っていろ。今日はお前にも良いものを買ってやろうと思って居たのだがなぁ……嫌なら仕方がねぇさな」
高杉サンが私にプレゼントだなんて珍しい。
何を買ってくれるのだろう?
華やかな洋服?
可愛いボトルに入った香水?
それとも……豪華な宝石?
プレゼントに釣られた私は、高杉サンへと歩み寄る。
「それならそうと、先に言いなさいよ。今までの事は水に流してあげる! さぁ……宝石でも何でも、好きな物を私に貢ぎなさいな」
「お前は……一体、何様のつもりだ? どうして、こうもデカイ態度で居られるのかねぇ? フン……まぁ良い、付いてこい」
その言葉に、私は高杉サンの後を追った。
さて……
長州のお坊っちゃまは、何を貢いでくれるのだろうか?
私は期待で胸が膨らむ。
「ちょっ……ちょっと、ちょっと! 何なのよ!? 貢ぎ物ってぇのはね、綺麗な服や輝く宝石とかを言うのよ? それが……何? そんな物、この店には一つも無いじゃない」
高杉サンに必死に抗議する。
「服や宝石ってぇのはなぁ……色気のある女に送るモンだ。ガキみてぇなお前にゃ、まだ早ぇさな」
「じゃあ、一体何を送るつもりよ! 変なモンだったら、ノシをつけて送り返してやるからね?」
「そりゃあねぇな」
「どうして言い切れるのよ!」
「当然だ。男勝りなお前にゃ、おあつらえ向きなモンだからなぁ」
高杉サンはクスクスと笑った。
おあつらえ向きな物って……
こんな店で何をねだれって言うのよ。
だって此処は、どう見ても……
武器屋じゃない!
「がさつなお前に似合いの品々だろう?」
高杉サンは、クスクスと笑いながら言った。
その言葉に私は頬を膨らます。
「これと、それと……あれも貰おうか」
そんな私などお構いなしに、高杉サンは次々に買い物を進めて行く。
「よし! 帰ぇるぞ」
さっさと買い物を済ませた高杉サンは、一人で店外に出ていってしまった。
私たちは宿へと戻る。
「……結局何も貢いでもらってないし」
私はボソッと不満を漏らす。
「何か言ったか?」
「別に!」
上機嫌な高杉サンを横目に、深い溜め息をついた。
「これをお前にやる。それと、こっちは久坂にだ」
高杉サンは机の上に、二つの包み紙に包まれた何かを無造作に置いた。
私と久坂サンはそれを手に取ると、静かに包み紙を開けた。
「じ……銃!?」
私たちは目を白黒させる。
「どうして、こんな物を?」
久坂サンは不思議そうに尋ねた。
「この先、間違いなく刀の時代は終わるだろう。そうすりゃあ次は、コイツの時代さな」
「刀の時代が終わる……か。此度の視察で、確かにそれは肌にヒシヒシと感じた。だが、それは何だか淋しいな」
「寂しがっている暇なぞねぇさ。そういう時代を築くのは俺やお前らだ」
「そう……だな。高杉に美奈、それに伊藤や井上に山縣も居る。そして……そんな私たちには、信頼できる桂サンの存在もある。きっと、世の流れを良い方向に変えて行けるだろう」
久坂サンと高杉サンは、顔を見合わせると小さく笑った。
「ちょっと待ったぁ! どうして私まで入っているのよ。私をテロリストの仲間に入れんじゃないわよ」
良い雰囲気になっている二人を、私はぶち壊しにした。
「何を言っている。お前の粗暴さは、戦に出られる程じゃねぇか。きっと戦に出ても、良い活躍をするだろうさ」
「そ……粗暴って! こんな可憐な美女に使う言葉じゃないでしょうが」
「クク……それだ、それ」
高杉サンは、楽しそうに言った。
「確かに可憐なところもあるが……美奈の気概は一軍の将にも匹敵するな」
「ちょっと、久坂サン……それは褒めてるの? 貶してるの?」
「勿論……褒めている」
真顔で言う久坂サンに、返す言葉も無い。
「とにかく、お前らはコイツを忍ばせておけ。この先、きっと役立つ」
「そうだな。有り難く受け取ろう」
「そんな危険な生活なんて、望んでないんだけど!」
そう言いながらも、高杉サンに気圧された私は、銃を懐に仕舞い込んだ。
どうせなら、こんな物騒なモノじゃなく、もっと可愛らしい物が良かったなぁ。
私は深い溜め息をついた。
「女が好みそうな品なら後でいくらでも買ってやる……だから機嫌を直せや」
「明日は、美奈が好みそうな物を見に行くか? 折角時間もあるのだ。たまにはお前に付き合ってやらねばな」
高杉サンと久坂サンは、私の頭を撫でながら次々に言った。
私の頭の上には二つの大きな手。
いつも意地悪ばかりする高杉サンと、いつも可愛がってくれる久坂サン。
高杉サンとは毎日のように喧嘩をするし、久坂サンの過保護さが鬱陶しく感じる事もある。
それでも
やっぱり、私は……
この二人が大好きだ!
「約束……だよ?」
「心得た」
「今回だけだからな」
双璧に挟まれるように座っている私は、二人に向けて満面の笑みを浮かべた。




