表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第5章 上海視察
32/131

宣教師



 今日も鼻歌を歌いながら香炉に火をくべる。


 昨日は桜だったから、今日は梅かなぁ?


 5月も半ばとなった今では、桜も梅も時期外れだったが、高杉サンも久坂サンもこの香りを気に入ってくれていたので、同じ香りを日替わりで使っていた。



「今日は梅……か」


 久坂サンがふと呟く。


「そうだよ。だって昨日は桜だったでしょう? 日替わりにしないと、二人が喧嘩しそうなんだもん」


「そんな子供じみたことはしないさ」


「しょっちゅう言い合いしてるクセに?」


「あれは……高杉が突っかかってくるから悪いのだ」


 久坂サンは溜息をつく。



「誰が悪ぃって?」



 日課になっている早朝の散歩から、高杉サンが帰宅する。


「お? 今日は梅……か。良い香りだ」



 高杉サンは何だかご機嫌な様子だ。



「美奈、今日は良い所に連れて行ってやる」


「良い所?」


 私は首をかしげた。


「お前が興味を持ちそうなところさな」


 その言葉に、私の表情は一気に明るくなった。


 あの日の一件以来、二人は私を外によく連れ出してくれるようになっていた。


 アメリカやイギリス、ロシアなどの商館を訪問したり、大きな蒸気船を見学したり……


 毎日どこかへ出かけ、色々な物を見てまわる。


 本屋と宿の往復生活からは、見事解放されたのだ。


 理由は……


 放っておくと、私が行方不明になりそうだから……らしい。


 全くもって失礼な話だ。





 その後、五代サンも合流し目的地まで4人で歩く。


 私たちが訪れた場所は……



 教会だった。



「ここが私の興味をそそる場所?」


「そうだ」


 高杉サンは呟くように答えた。


「私……キリスト教徒じゃないんだけどなぁ。そりゃあ確かに、将来的には教会で結婚式を挙げたいなぁなんて思ってるけどさ」


「結婚式?」


「えっとねぇ、欧米では教会で祝言を挙げるんだよ。真っ白なウェディングドレスを着て、新郎……旦那サンになる人は、真っ白なタキシードを着るの!」


 あまりピンときていない様子の久坂サンを横目に、私は目を輝かせる。


「美奈は、異国の文化をよく知っているね。白いドレスかぁ……君によく似合いそうだ。どうだい? 私と式を挙げてみるかい?」


「五代サンもタキシードが似合いそうだね! 私も、早くウェディングドレスが着たいなぁ」


「なんなら今、この清国で挙げても構わないよ?」


「私を貰ってくれるなんて、五代サンも中々お目が高いねぇ?」



 私と五代サンは、冗談を言い合いながら、結婚式の話題で盛り上がる。



「なっ……何を言っている。祝言とは夫婦になる事だぞ? お前は分かっているのか? そんな事は認めん!」



 久坂サンは頬を膨らませる。



「久坂サンには文サンが居るクセにー!」


「居るクセにー!」



 私たちは、笑いながら久坂サンをからかう。



「そ……そういう五代サンには妻子は居らぬのか?」


「私は独り身だよ。だから、妾などでなく、正妻として迎え入れる事もできる」


「だってさ! 私は妾なんて御免だもん」



 久坂サンはガックリと肩を落とした。



「ならば……文とは離縁しよう!」



 その言葉に私は慌てる。



「な……何言ってるの!? そんなの駄目だよ!」


「美奈の為とあらば致し方あるまい」


「ちょ、ちょっと……今までのは冗談だってば! 少しからかっただけ! だから、そんな事する必要なんてないの!」



 この人には冗談は通じないのだろうか。


 とにかく、真っ直ぐ過ぎる。



「クク……お前ら馬鹿だなぁ。久坂の性格をまるで分かっちゃいねぇ。コイツぁ、そういう男さな」



 傍観していた高杉サンは、笑いながら言った。



「笑ってないで、何とかしてよ!」



 私は高杉サンにしがみつく。



「仕方ねぇなぁ……」



 高杉サンは気だるそうに呟くと、久坂サンに声を掛けた。



「久坂ぁ……案ずるな。離縁なぞする必要はねぇよ」


「どういう事だ?」


「美奈は、お前を本当は好いているんだとよ。ああやってからかうのは、愛情の裏返しさな」



 突拍子もない事を言う高杉サンに、開いた口が塞がらない。



「な……何言ってんの! 私、そんな事は一言も言ってないじゃない」


「これで良し!」


「これで良し! じゃないでしょう!? 更に状況を悪化させてどうすんのよ」



 高杉サンはニヤついた表情を浮かべる。



「そうか……今まで気付かなかったとはいえ……お前にはすまない事をしたな」



「く……久坂サン!? とりあえず手を放してってば! もう、これどうすんのよ……全部、高杉サンのせいだからね!」



「クク……本当にお前らは面白ぇなぁ。さぁて、久坂の機嫌も直ったところで、早速行くとしようかねぇ」



「そうだね。いつまでも教会の前で騒いでいたら申し訳ないしね」



 まとわりつく久坂サンを引きはがしている私など放っておいて、高杉サンと五代サンは笑いながら教会へと歩いて行ってしまった。



「ちょっと待ってよ!」



 私も急いで二人の後を追った。





 中に入ると、そこは普通の教会だった。


 これのどこが、私の興味をひくのだろうか?



「おや、日本人のお客とは珍しいですね」



 中に居た人物は、流暢な日本語で私たちに声を掛けてきた。



「耶蘇教の宣教師……か」


 久坂サンは真面目な表情に戻ると、そう呟いた。


「耶蘇教?」


「キリスト教の事だよ。ここはね、教会と病院を兼ねているんだ」


 五代サンは、私にこっそりと教えてくれた。



「私はミュルヘットと申します。イギリスから来ました」


「私は美奈です。この教会は病院があるんですか? 良かったら見学させて下さい」



 五代サンから話を聞いた私は、誰よりも早くミュルヘットさんに話しかけていた。


 清国では偽名を使わなければいけないというのに、私は本名を名乗ってしまっている事にすら、気付いてはいなかった。


「歓迎しますよ、ミナ!」


 ミュルヘットさんは笑顔で手を差し出す。


「ありがとう」


 そう言うと、私は手を取った。




 ここはキリスト教の布教と共に、施医院という病院も兼ねている。


 宣教師達は海外で布教活動を行う際には、必ず医師を伴って来るそうだ。


 どんな身分の人間であっても、病める者が居れば彼らを救い、そして入信させるらしい。


 何だか、入信のさせ方には良い印象は持てないが、どんなに貧しい人でも医療を受けられるという点では感心する。


 この時代には、日本に限らず海外でも、十分な医療が受けられずに死んでいく人も多いだろう。


 そんな中、医療を提供してくれるという事は、患者にとっては本当にありがたい事なのだと思う。


 こういった布教活動を考えるとは……中々抜け目ない。




 様々な物に興味を示し、次々に質問を投げ掛ける私に、ミュルヘットさんは一つ一つ丁寧に答えてくれた。


 宣教師とは、皆が皆こうも親切なのだろうか?



「気は済んだか?」



 一通り見てまわると、高杉サンは私に尋ねた。


「うん! すっごく勉強になったよ。良い所に連れて来てくれて本当にありがとう」


「礼なら五代サンに言え。ここを見つけてきたのは五代サンだ。医術を学ぶお前にとって、今後の糧となるだろう……とな」



 高杉サンの言葉に、私は五代サンへと視線を移した。



「そっか……五代サンもありがとう!」


「フフ……どう致しまして。それだけ喜んでもらえると、苦労して情報を得た甲斐があるよ」


「苦労したの?」


「うーん。どうだろうね?」


「相変わらず……軽いなぁ」


 私たちは顔を見合わせて笑った。





 今日は、施医院に行った。



 明日は何処に連れて行ってくれる?



 視察とはいえ、私たちは様々な場所や物を、自由に見て回れる。



 好奇心旺盛な私にとって、それは本当に素敵な日々だった。



 帰国……したくなくなっちゃうかもしれないね。



 楽しい毎日のお蔭で、一日一日が瞬く間に過ぎて行く様に感じていた。









 









 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ