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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
序章
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感覚の相違

 

 

 屋敷内のとある部屋でそっと降ろされた私は、内装の豪華さに目を見張る。

土地の広さだけではない。

内装も家具も、見たことのない装飾があしらわれている物が多く、素人目に見てもこれらは価値がありそうなものだと分かる程だった。


この人は相当なお金持ちなのだと思った。



「足を見せてごらん?」



男は、呆然としている私の向かいに腰を下ろすと穏やかに告げた。



「あの……ここは……貴方のお家なの?」



まずは、あたりさわりのないことから彼に尋ねてみた。



「家……か。私の家かと問われるとそれは少し違うな」


「そ……そうなんだ」



男の答えに、私はあからさまに落胆する。

日々を忙しく過ごす私に神様がくれたご褒美的な出逢い……などという甘ったるいものではなかったのだ。


まぁ、考えてみれば人生なんてそんなものなのだろう。

結局のところ、ドラマのような一般人と大富豪がどうこう……なんて現実にあるはずはない。


そもそもこんなに広いお屋敷だ。

きっとこのお屋敷には病気の主人か何かの為に、彼のような主治医を置いているのだろう。



「お嬢さん、名前は?」



勝手に色々な妄想劇を繰り広げていた私は、突然の問いかけに肩をビクッと震わせた。



「あ、えっと。美奈……桜 美奈。あなたは?」


「そうか……美奈、か。桜という名字は趣があって良いな。私は久坂だ。名は玄瑞という」



その名前に私はフッと笑ってしまった。

なぜなら彼の告げた名は、あまりにも有名な幕末の人物と同姓同名だったからだ。



「久坂玄瑞なんて……幕末の偉人と同じ名前じゃない! もしかして、偽名を使っているの? でも、それが本名だとしたら……貴方のご両親はきっと歴史が好きなのね。たまたま苗字が久坂だったから名前も同じにするなんて、そんなこともあるのね」


「偽りなどではないさ。これが私の名だ。幕末の……偉人? ……何のことを言っているのか良くは分からぬが、そう言うならばきっとそうなのだろうな」



久坂玄瑞などという名前のクセに、その人物を知らなそうな様子に驚いた。

禁門の変で有名な久坂玄瑞と同じ名を付けておきながら、ご両親はその由来を聞かせなかったのだろうか?


まさか、由来を教えるより早くご両親はお亡くなりになってしまっているのだろうか? 


だとしたら、私は余計なことを言ってしまったのでは?


いやいや、それはきっと考えすぎ。

やっぱり……偶然?


何にせよ、だとしたら本当に奇跡に近い。


それにしても……なんだか不思議な人。



私があれこれ考え事をしている中、久坂さんは慣れた手つきで私の足に包帯を巻いていく。



「どうしてこんな所に傾き者の様なこ洒落た格好をした娘がいるのかは私にはわからぬが……お前は此処がどういう所か分かっているか?」


「どういうところって……そりゃあ、お金持ちの誰かの家でしょう?」


「いいや、違うな。ここは誰かの家ではない。ここは長州の屋敷……つまり普通の家ではなく、藩の者が京に滞在している間に寄宿するための屋敷だ。私は此処には殿の用向きで一時的に滞在していたが、それも済んだので萩に帰るところだったのだよ。先程の質問の答えだが……正確に言うと、私の家は萩であって京ではないということだ。本来ならばこのようなところに娘が入り込んだなど、大変なことなのだが……」



久坂さんのその言葉に、私はますます混乱する。


ちょ……ちょっと待って!!


殿??


殿っていえば、お城とかに住んでいるアレの事だよね?


長州??


長州って、要するに山口県の事でしょう?


藩屋敷??


それって……俗に言う、何とか藩邸っていうヤツだよね?


この人……一体何を言っているの?


私の頭の中に、いくつもの疑問符が浮かび上がる。



「久坂さん……」


「どうした?」


「ちょっと……意味が分からないんですけど」



私の言葉に、久坂さんは首をかしげた。



「まず……長州って何? 長州や萩は、山口県の事でしょう? そもそも殿って何なの!?」


「お前こそ何を言っている? 山……口とは人の名か? 私には聞き覚えがないが……」


「いや、山口県は地名だから! それこそ昔は長州だったらしいけど……明治の廃藩置県から、藩なんて無いよ。ねぇ、久坂さん……大丈夫? 私をからかっているのだとしたら、つまらない冗談は止めてよ」


「冗談などではない。全てありのままの事実だ!」



私はこの人にからかわれているのだろうか? 


訳の分からないことを言う久坂さんに、不信感が募る。


冗談でないとしたら……もしや、久坂さんは幕末かぶれなのだろうか? 


それもかなりの重傷な感じの……残念な人? 


だから、自分の出身を長州とわざわざ名乗るのだろうか。


まぁ、この広い世の中には色々な人が居る……だからこういう趣味の人が居ても可笑しくは無いのだが……。


しかし……もしも本当に幕末好きな人ならば、久坂玄瑞を知らない事が腑に落ちない。


ましてや、自分と同じ名前であるのに。


久坂さんの表情を見るに冗談を言っている様には見えないが……私の頭がおかしくなったとも考えにくい。


この足には痛みがあるし、当然ながら感覚もある。


夢……でもなさそうだ。



「何だか話が噛み合わんな……」



久坂さんは深く溜め息をついた。



「……同感」



私もつられて溜め息をつく。



「それより、美奈……と言ったか。お前のその着物は、どちらの国の物だ?」


「どちらの国って……近くのショッピングモールで買った服だから、日本の会社のものだと思うけど?」


「しょ……もーる? いやいや……この日の本に、そんな素足を丸出しにした装いをしている娘は誰一人としておらん」


「はぁ!? この位の短さ、今時普通だと思うけど……」



話し方も、装いも……文化すらも微妙にズレている。


この違和感は何だろう?



「ねぇ、久坂さん……最近起きた大きな事件や出来事って……何がある?」



その違和感を解消する為、私はわざと尋ねた。



「最近……か。大きな事件と言われると困るな」


「何でも良いのよ! ほら、何かしらあるでしょう? 毎日ニュースでいろいろ流れるじゃない」


「にゅ……って」



久坂さんは難しい顔をして少しだけ考え込むと、何か思いついたのかゆっくりと口を開いた。



「和宮様が……徳川に降嫁召される次第となったこと、だろうか?」


「はぁ!? 和宮? 誰それ。って……と、徳川!?」


「何だ……知らぬのか? 今、巷ではその話題で持ち切りではないか。失礼だが、いささか不勉強が過ぎるな。それとも、どこぞの田舎から出てきたばかりなのか?」



開いた口が塞がらないとはこの事だろう。

私の頭の中はすでに真っ白だ。



「し、失礼ね! えぇ、えぇ……知っていますとも! 貴方が言っているのは、天皇家と徳川家を結び合わせるアレ……そう、公武合体でしょう? でもねぇ……それは、最近じゃないのよ。少なくとも、150年は昔だもの。真剣な表情で何を言い出すかと思えば……やっぱり、ふざけているのね」


「ふ、ふざけてなどおらん! ……150年? お前こそ何を言っている?」


「そっちこそ、記憶がおかしいんじゃないの? 今が20xx年、つまり平成xx年。貴方の言う公武合体が起こったのは文久……とかでしょう?」



真剣な表情なのに、おかしな事を言う人だ。


気丈に言いつつも、内心は不安から胃痛がしていた。


なぜなら……そう、まるで夢物語のような……認めたく無いことが、ふと私の頭の中をよぎったからだ。



「ちょっとごめんなさい……貴方と話をしていたら、胃が痛くなってきた」



額の冷や汗を手で拭うと、鞄から胃薬を一錠取り出し、それを口に放り込む。


その胃薬は、持っていたペットボトルのオレンジジュースで流し込んだ。



「そ、それは……何だ?」


「何って……普通の胃薬よ? まぁ……病院でもらった薬だから、見て分からないのは仕方ないけど」


「その形……西洋の薬なのか? それに……その、奇妙な色の液体は何だ?」


「あぁ……これは、オレンジジュースよ。オレンジジュースなんて、みんなこんな色じゃない?」


「おれ……んじ?」



久坂さんは目を丸くしている。


その様子は、まるで初めての物を見るかのような表情だ。



「まさかとは思うが……」


「まさかとは思うけど……」



私たちは同時に口を開いた。



「私たちは……生きている時代が……違うのか?」


「私たちは……生きている時代が……違うの?」



全く同じ言葉に、私たちは顔を見合わせる。



「ねぇ! 今は……一体、何年なの!?」



私は慌てて久坂さんに尋ねた。



「文久……元年だ」



「っ……文久……元年!?」



そうか……やはり、そういう事なのか……。


先程の、認めたく無いこと……そう、夢物語のようなこと。


 

どうやら私



タイムスリップしてしまったようです。



幕末に!!



「し……新選組! ねぇ、新選組も居るんでしょう? えっと……土方歳三とか、沖田総司とか!」



どうやら、私にも春が巡ってきたようです。



美形の土方さんと恋に落ちちゃったりして……それともやっぱり、美男五人衆とかも捨てがたいよね。



いずれにせよ、大好きな新選組と同じ時代を過ごせるなんて……本当に夢みたい!



甘美な妄想に耽りつつ、私は久坂さんに詰め寄り尋ねる。



「新選……組? 何だそれは……」



久坂さんの反応に、ふと我に返った。



「あ……そうか、新選組はまだ無いんだっけ? 今が文久元年なら……新選組と会えるのは再来年あたり。なぁんだ……まだまだお預けか」



久坂さんの訝しげな表情などは構いなしに、この時の私は完全に浮かれきっていた。


だって……いずれにせよ、私が新選組と出逢えるのは時間の問題なのだから。



「楽しそうなところ、すまないが……美奈、ちょっと良いか? まぁ……その、何だ? 良ければ……なのだが、私と共に長州に来ないか?」



久坂さんの訳のわからない一言に、私は耳を疑った。


この人は、唐突に何を言っているのだろうか?


初対面の私に、自分と一緒に来ないかって……一体どんな口説き方よ?



「はぁ? 何で私が、そんなところに行かなくちゃならないのよ?」


「ならばお前はこの先どう暮らす? 私が拾わずとして、お前はどうやって生活するのだ? 仮に……仮にだぞ、お前が本当に先の世から来た……という事はだ。お前には身寄りも……住まう家すら無いのだろう? 殿の許可なく勝手に、お前をこの屋敷に住まわせることは出来ない。だが……長州に戻れば、だ。女一人くらい置いてやることもできるだろう。いずれにせよこの京では、身寄りのない女が一人で生きていくのは不可能だと思う。それこそ、騙されて置屋あたりに売られるのが目に見えている」


「そっか……そういえば私、帰る所すら無いんだ……よね」



久坂さんの話を聞き、急に現実に引き戻される。



出来る事ならば、新選組に拾われたかった……。



しかし



今この時点で行き場の無い私は、久坂さんの好意にすがる他にこの時代を生き抜く術はないだろう。



この人も何だか信用できないが……本当にあの久坂玄瑞なのだとしたら、きっと悪い人ではないはずだ。



と……思う。



確かとても優秀で、医者であり維新志士であった人物だと記憶している。



変な浪士や町民に拾われるよりは、素性がハッキリしている分いくらかマシ……か。



「でも、さ。突然私なんかがお邪魔したら、おうちの人もきっと迷惑……だよね?」


「そんなことはない。身寄りの無い娘を、京の街に放り出すことの方が余程後味が悪いからな。それに、お前には個人的に興味がある」


「興味って……。そんな事より本当に迷惑じゃ……ないの?」


「ああ、心配せずとも良い。……向こうにはな、私の仲間も大勢居る。美奈もきっと皆と親しくなれるだろう」



私はしばらく考え込んだ。

ここで身寄りのない私が放り出されでもしたら……久坂さんの言う通り、悪い人に騙されて島原などに売られてしまうかもしれない。



「そっか……じゃあ……身の振り方を決めるまで、少しの間お言葉に甘えてみる」



私は小さく微笑んだ。




長州……。



どんな所か想像もつかないけれど、旅行感覚なのかそれを楽しみに感じる自分も居た。



私たちは明日、この長州藩邸を発つ。



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