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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第4章 上海へ
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九死に一生


 5月1日



 その夜、私は酷い揺れで寝所から転げ落ちそうになり、目が覚めた。


 地響きにも似たような音と、船を叩くかのように降り続ける激しい雨。


 恐怖でその場にうずくまる。



「おい、大丈夫か!?」



 揺れに耐えながら、高杉サンが私に近づく。



「……高杉……サン」



 私は、目の前に差しのべられた手をとった。


 立ち上がろうとするも、揺れのせいか上手く立ち上がれない。


 何度も立とうと試みる。



「あっ!」



 やっと立ち上がったものの、バランスを崩した私は、高杉サンの上に倒れ込んでしまった。



「おいおい……随分と積極的じゃねぇか」


 高杉サンはフッと笑う。


「馬鹿な事言ってないで、さっさとどきなさいよ!」


「お前が上に乗ってりゃあ、動けやしまい。お前こそ、早くどけ」


「わ……わかってるわよ!」


 そう言って立ち上がろうとするも、やはり立ち上がれない。


 それほどまでに、酷い揺れだった。



「何だ……もう諦めたのか?」


 高杉サンは楽しそうに笑う。


「諦めてない……けど、無理みたい」


 私は高杉サンの上で力尽きた。


「ならば、ずっとこのままさなぁ。……久坂が助けに来るのを待つか?」


「それはそれで大変な事になりそうだから嫌よ! ねぇ、高杉サン……本当は動けるんでしょう?」


「クク……だとしたら?」


「笑ってないで、さっさと動きなさいよ! ……痛っっ!」


 高杉サンは、私の額を小突いた。


「おい、口のきき方に気を付けろ。そんな風に大声出しゃ他のモンに聞かれる」


「……高杉サンが、さっさとどかないのが悪いんじゃない」


 私は頬を膨らませた。



「船……沈んじゃうのかなぁ。そしたら、私……高杉サンとこのまま一緒に……」



 恐怖と不安でいっぱいになってしまった私は、高杉サンの着物を掴み、ポロポロと涙を流す。



「俺ぁ……お前なんぞと死ぬのは御免だ。どうせ共に死ぬならば、良い女がいい」


「こんな時まで……そんな事を言うの……ね」



 高杉サンは私の頭を二三度撫でると、いとも簡単に立ち上がった。



「……立てるんじゃない」


「久坂に斬られるのだけは御免だからな」



 その時、部屋の扉が勢いよく開いた。



「美奈! 大丈夫だったか!?」



 床にうずくまる私を見付けると、久坂サンは駆け寄った。


 久坂サンは、私をそっと抱き起こす。


 優しさの欠片も無い高杉サンとは大違いだ。


「気分は悪くないか?」


「うん……大丈夫」


 私は涙を拭うと、笑顔で答えた。


「そうか……お前が無事で本当に良かった」


「この揺れの中、私の為に此処まで辿り着いたの?」


「当たり前ではないか。そもそも私は、高杉の心配なぞしてはおらん」


 久坂サンはキッパリと言った。


「久坂は冷てぇなぁ」


「何だ、心配して欲しかったのか? お前はこれくらいの事では動じぬと思って居たのだが?」


「そりゃあそうさな。こんぐれぇの嵐なぞに長州男児が怯んでいられまいよ」


 高杉サンは不敵な笑みを浮かべる。


「船……沈まない?」


 私は恐る恐る尋ねた。


「……大丈夫だ」


 久坂サンは私を抱き寄せると、背中をさすりながら答える。



「さて……俺ぁ外でも見て来るとするか」



 揺れに耐えながら、その場に佇んでいた高杉サンは呟いた。


「高杉、お前……今から甲板に出ると言うのか? 止めておけ……海に振り落とされてしまう」


「そうなりゃあ、それが俺の運命って事さな。久坂ぁ、俺の寝所を汚すんじゃねぇぞ?」


「なっ!? 馬鹿な事を言うな!」


 高杉サンは笑いながらそう言うと、私たちに背を向けた。



「私も行く!!」



「お前は何を言っている! 危ないと言ったはずだ」



「海に振り落とされてしまったら……それが私の運命、なんでしょう?」



 高杉サンは振り返ると、私の方に歩み寄る。



「クク……やっぱり、お前は気が強ぇなぁ」



 私の手を掴むと強引に引き寄せ、立ち上がらせた。



「付いて来い!」



 私はそのまま、引きずられるようにして歩いた。


 船内は何だか慌ただしい。


 水夫たちは、右へ左へと走り回っていた。


 その姿に、何か大変な事が起きているのではと不安になる。



「船は簡単に沈みはしねぇさ」



 私の心の中を悟ったかのように、高杉サンは呟いた。



「そう……だよね。史実では、高杉サンは清国に行ってるんだもん。きっと、大丈夫だよね」



 自分に言い聞かせるように、私は言った。



「当たり前だ。俺ぁ、こんな所で死にゃあしねぇさ」



 高杉サンは口角を上げると、手を握る力を強めた。



 甲板へ続く扉を開く。


 激しい雷雨と高波に弄ばれるかのごとく、船は上下左右に揺れ動く。


 その度に高杉サンに支えられながら、何とか体勢を保っていた。



「こりゃあ、表には出られそうもねぇなぁ」



 高杉サンは呟く。



「当たり前だ!」



 その声に振り返ると、いつの間にか私達に追い付いていた久坂サンが、息を切らせて立っていた。


「なんだ、お前も来やがったのか?」


「当然の事だ! 美奈を危険な目に遇わせる訳にはいかないからな」


「久坂ぁ、お前はこいつを甘やかし過ぎだ」


「そんな事は無い! お前こそ美奈を何だと思っている ?こいつは藩士でもなければ男でもない。ただの娘なんだぞ?」


「だから何だ? こいつぁ、そんな柔な女じゃねぇさ」


 私の存在などお構いなしに、二人は言い争う。


 だんだん激しくなる口論に、私は徐々に心配になる。



「もう止めようよ! 二人が喧嘩をするのは、私のせい? 私が居るから、二人は仲が悪くなっちゃったの?」



 高杉サンからそっと離れると、私は二人の間に立った。



「お前のせいではない」


「お前のせいじゃあねぇよ」



 久坂サンと高杉サンは、同時に同じ言葉を発した。



「そもそも、私たちは仲が良いという訳では無いからなぁ」


「クク……単なる腐れ縁という奴さな」



 二人は、思い思いに呟く。


「高杉は村塾に居た頃から、何かと私に突っ掛かって来たもんだ」


「お前はいつもすまして居やがって、いけ好かねぇ男だったからなぁ」


 懐かしそうな表情を浮かべ、昔話に花を咲かせようとしている。


 だが……


 今はそんな風に、悠長にしていられるような状況ではない。


 船はその間にも、激しく揺れているのだ。



「ねぇ! 昔話は部屋でしたら良いじゃない! 早く……戻ろう……よ」


 言い切るか言い切らないかの内に、私は目の前の久坂サンに倒れ込む。


「久坂サン、ごめんね。 大丈夫だった?」


「あぁ……何とも無い」


 私と久坂サンは、同時に立ち上がる。



「俺の次は久坂か? お前は、右へ左へ……節操ねぇなぁ?」



 高杉サンは、からかうように言う。



「高杉サン! 馬鹿な事を言ってないで、早く部屋に戻るよ?」



 私は頬を膨らませ、二人に背を向けた。



 揺れに負けじと、一歩一歩ゆっくりと歩きだす。



「クク……そんな面ぁしてると嫁の貰い手が居なくなるぞ?」



 私の右隣りにやって来た高杉サンは、左手で私の頬をつねりながら言う。



「痛っ! もう、何すんのよ。頬が伸びちゃうでしょう!?」



 高杉サンはその反応を楽しんでいるかの様で、クスクスと笑っている。



「嫁になど……私がいつでも貰ってやると言っておろう?」



 私の左隣りにやって来た久坂サンは、少し照れ臭そうに呟く。



「久坂サンには、もう文サンが居るでしょうが!!」


「お前には、もう文が居やがるだろうが!!」



 高杉サンと私は同時に、久坂サンに同じ突っ込みを入れ、顔を見合わせた。



「ならば、妾に!!」



「なりません!!」



「久坂ぁ……お前は、秀才のワリにゃあ……まったくもって要領が悪ぃなぁ」



「高杉こそ……才あるお前は、いつか何かを成す男だと思っているのだがな。それは一体いつになるのだろうなぁ?」



 二人は私を挟んで顔を見合わせ、笑い合う。

 


「やっぱり、仲が良いんじゃない」



 その姿に、私は小さく微笑んだ。



 なんだかんだと言い合いをしつつも、結局はお互いを認め合い、慕い合っている。



 そんな二人が何だか羨ましく感じた。



 嵐は一向に静まる気配はない。



 しかし



 この二人と一緒ならば、どんな苦難も乗り越えて行けるような気がする。



 いつしか私は、禁門の変も肺結核も……すべて乗り越え……



 明治の新しい世すらも、この三人で歩きたい。



 そう考えるようになっていた。



 もしも



 高杉晋作と久坂玄瑞が、明治の世まで生き抜いたとしたら……



「なんだ、急に笑い出したりして……一体、何が可笑しいのだ?」



「独りでニヤニヤしやがって……気持ち悪ぃ奴だな。何だ、面白ぇ事でもあったのか?」



 二人は不思議そうな表情で、私の顔を覗き込む。



「フフ…………何でもなぁい!」



 双璧の二人は、世の中をどんな風に面白くしてくれるのだろうか?










 



 





 




 

























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