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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第4章 上海へ
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嵐の前触れ



 千歳丸が出航したばかりだったが、私には納得が行かない事が一つだけあった。


 それは、私にとって重大な事であり……久坂サン、それに五代サンまでもが、その件について不満を漏らしていた。


 平然とした表情をしているのは、高杉サンただ一人だ。





「高杉サン! これは、どういう事!? 私、こんなの聞いてないよ!」


 船内に割り当てられた部屋に入るなり、私は高杉サンに詰め寄った。


「そうだぞ、高杉! 私は絶対に認めんからな」


 久坂サンも私の言葉に賛同する。


「どうして、こんな事になってしまったのですか? 高杉サン、何か心当りは無いのですか?」


 五代サンは深い溜息をついた。



 私たちが直面している問題。



 それは……



 部屋割りである。



「ったく……ギャアギャアうるせぇ奴らだな。仕方がねぇだろうが、上が勝手に決めた事だ。今更騒いでも仕方あるまいよ」



 高杉サンは涼しい顔で、私たちに言い放った。



「だからって、何で私が高杉サンと同じ部屋なのよ! 絶対におかしいでしょうが!」



 私は必死に主張する。


「仕方がねぇだろう? 他に小姓なんざ連れている奴はいねぇ。かといって、小姓なぞ一人部屋を与えてやるほどの身分じゃねぇ。無理を言って連れてきた小姓なんだから、そんなモンは自分で面倒見ろ……と、役人にそう言われちゃあ、それ以上は何も言えやしまい」



「でも……私、一応女なんだけど」



「俺ぁなぁ……お前を女だと思った事なぞ、一度もありゃしねぇさ。色気のねぇ女は、女ではあるまいよ。心配せずとも間違いなぞ、絶対に起こりはしねぇさな」


「だっ……だれが女じゃないですって!? 黙って聞いていれば、好き放題言いやがって……その言葉、後で後悔しても遅いんだからね!」


 私は怒りのあまり、高杉サンに掴みかかる。


「クク……面白ぇ。そんな日が来るようには、到底思えねぇが……お前がそうなる日を、俺ぁ楽しみに待つとするかねぇ?」



 高杉サンは、私の額を小突くと更に笑った。



「痛っっ! 数年後……跪いて妾になって欲しいって頼み込んで来ても、絶対に足蹴にしてやるんだから!!」



 私は額をさすりながら、高杉サンをキッと睨む。



「そんな怖ぇ面ぁしてる内は、まだまださな」


 不敵な笑みを浮かべる高杉サンに、私の怒りは収まるどころか更に増していった。



「そもそも! 何故私が他の医者達と同室なのだ!?」



 久坂サンは納得がいかない様子で、突然大声で言った。



「医者だから……さな」


「医者だから……だよ」


「医者だから……でしょうね」



 私たち三人は、同時に同じ言葉を発した。



「クッ……美奈と同室にて、甘い旅路を……などと目論んでいたのだが、同室ではないなどと……これでは、全てが台無しではないか!」



「何それ! 気持ち悪っっ! 私、やっぱり高杉サンと同室で良かったかも」



 うなだれる久坂サンを横目に、吐き捨てるように言った。



「何でしたら……私の部屋にいらしても良いのですよ?」


 五代サンは相変わらずの笑顔で、私にそっと告げた。


「そ……れは……」


 私はつい、五代サンの綺麗な顔に見とれてしまう。


「おやおや、如何しましたか?」


 五代サンは私の肩に手を置き、顔を覗き込んだ。


「えっと……」


 その顔の近さに耐えきれず、全身が紅潮して行くのが自分でも分かる。


 それを久坂サンは、見逃さなかった。


 おもむろに私を自分の方へと引き寄せると、鋭い目付きで五代サンを牽制する。


「美奈に気安く触れないで頂こうか?」


「フフ……貴方は実に面白い。もう少し、貴方と遊んであげたいところですが……こう見えて、私にもすべき事がありますからね。さぁて……今日のところは、おとなしく戻るとしましょうか。今日のところは……ね?」


 五代サンは、笑みを浮かべると足早に去って行った。





「久坂ぁ……お前は戻らなくて良いのか?」


 一連のやり取りを静かに傍観していた高杉サンは、久坂サンに視線を移す。


「あちらに居ても何ら面白味も無いからな。医者ばかりでは、やはり息が詰まる」


「自分も医者なのに?」


 私は首をかしげた。


「医者だからさ。どいつもこいつも、師や医術の自慢ばかり。同じ話題ばかりで何が面白いのか……私には、さっぱり理解ができん」


 久坂サンは深い溜息をつく。


「久坂サンってさ、よく分からないよねぇ。一応、医者なんだろうけど……医術の話題よりも政治の話題の方が好きみたいだし。政治の話をしている時の方が、生き生きとしているよね?」


「……それはだなぁ」


「あ、そういえば! 私、久坂サンの言葉を知ってるよ?」


「私の言葉?」


「そう! 18歳の時に詠んだんでしょう? えっと……我が胸の中にあるのは、病人を治す処方ではない。天下を治療する処方である、だっけ?」



 私はふと思い出した言葉を、おもむろに口にした。



「な……何故それを!?」



 久坂サンはあからさまに困惑している。



「だって……後世に残っているんだもん。未来から来た私が知っていても、全く不思議じゃないでしょう?」


「クク……久坂は相変わらず面白ぇなぁ。流石は村塾一の秀才。天下を治療する処方たぁ恐れ入った」



 高杉サンは、必死に笑いをこらえている。




「うるさい! あの頃は若かったのだ。仕方あるまい」


 久坂サンは顔を真っ赤にして、ふてくされる。


「ねぇ、ごめんって! ちゃんと謝るから、怒らないでよ」


「怒ってなどおらぬわ!」


「怒ってる!」


「怒っていない!」



 私たちのやり取りに、高杉サンはついに大きく笑い出した。



「お前ら……本当に面白ぇなぁ。久坂も美奈も、やはり似たもの同士さな」


「似たもの同士?」


「あぁ。こうやって意地を張りやがるところなど、そっくりじゃねぇか」



 私と久坂サンは顔を見合わせる。



「まぁ……いつまでも、二人して意地張りあってりゃあ、進展するものもしやしねぇなぁ?」


「進展って……何よ!」


「そんなモンは、てめぇらで考えやがれ! 俺ぁ生憎、他人の色恋沙汰にゃ興味は無いんでな」



 そう言うと、高杉サンは口角を上げた。



「色恋って……そんな事あるわけ無いでしょう? ……もう良い。私はこれから、荷物を整理するからね!」


 色恋沙汰など……その言葉に、何だか急に恥ずかしくなった私は、そう一言だけ告げると黙々と荷物の整理を始めた。





 この船旅はまだ始まったばかり……






 私たちは、無事に上海に辿り着けるのだろうか?





 私は、手を動かしながらもそんな事を考えていた。






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