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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第4章 上海へ
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出航



「お前ら良く聞け! ついに出航の日取りが決まった」



 高杉サンは久しぶりに藩邸に現れると不敵な笑みを浮かべ、私たちの顔を見渡しつつ言った。


「高杉! お前という奴は、屋敷にちっとも戻らず毎晩遊び歩いて……だいたいだなぁ」


 久坂サンは久しぶりに会う高杉サンに、ここぞとばかりに小言を言う。


「久坂、小言は後だ! それより……お前らは何故驚かない?」


「そりゃあ……ねぇ、もう知っているからだよ?」


 不思議そうな表情を浮かべる高杉サンに、私は言った。


「知っている……だと?」


 私は視線を、久坂サンの隣の人物に向けた。


 その後を追うように、高杉サンも視線を移す。


「っ……五代サン!? アンタが何故ここに居やがる?」


 当然の様に久坂サンの隣で朝餉を摂る五代サンが、高杉サンには不可解に見えたようだ。


「何で……って、こうして好敵手と膳を囲むのもまた一興ですからね。それに、朝から美奈の顔を見られるのは実に気分が良い」


 そう言って五代サンは微笑んだ。


「久坂……お前は何故、黙って飯なぞ食っている?」


「フンっ…………美奈が五代殿とも仲良くしろと言うからな。仕方なく……だ」


 久坂サンは不機嫌そうな表情で、黙々と箸を進める。


「で! 明後日は、ついに出航なんでしょう? 本当に長かったよね……私も、この辺の地理も覚えちゃうくらいだし」


 私は高杉サンに尋ねた。


「そうだ、それだ! 俺ぁその話をしに、わざわざ帰ってきたのさ」


「五代サンから情報は逐一聞いていたから……私たちは、渡航の準備はもう済んでるよ?」


「そう……か、それならば話は早い。お前ら何か聞きてぇことはねぇか?」


 高杉サンの言葉に、私は少し考える。


「うーん。船ってさぁ……沈んだりはしないよね? 長距離なわけだしさ、何だか心配で……」


 史実では、無事に辿り着いているようだが……時代が時代だ。


 どのような船を使うのか、それはやはり心配だった。


「幕艦、千歳丸。千年は使える船、という意味で名づけられたそうですよ? 英国の船で、およそ3万両だそうです」


 五代サンは淡々と説明する。


「さ……3万両!?」


 私は瞬時に、現代の価格に換算した。


 この時代の1両がおよそ5万円だとすると……


「じゅ……15億円!?」


 船ってそんなに高い物なのかと驚いた。


 それ程に高価な船ならば、きっと……大丈夫だろう。


「ところで、何人くらい乗船するの?」


「まずは、俺らの様に清国を視察する者や役人達だろ? 他には医者や通訳、商人に水夫や水手。更には英国人……まぁ、ざっと70人くれぇだろうよ」


「そんなに居るんだぁ。楽しそうだね」


 私は目を輝かせた。


「お前は行動に気を付けろ? これ以上、他の奴に女だとバレるんじゃねぇぞ。俺ぁ面倒事は御免だからな」


「分かってるってば!」


 高杉サンは意外と心配性だな……


 きっと大丈夫に決まってる。


「高杉サン、大丈夫ですよ。私が付いていますからね。危うくなった時は、私が助け船を出しましょう」


「そんな物は結構だ!」


 私の肩を抱きながら話す五代サンに、久坂サンはその手を振り払う。


「やはり……私は五代殿と親しくなどできん!」


「余裕の無い男は嫌われますよ?」


「なっ……!? っ…………もう良い」


 五代サンの言葉に、久坂サンは部屋を出て行ってしまった。



「ちょっ、ちょっと待ってよ!!」



 私は慌てて立ち上がる。



「美奈……久坂のところに行ってやれや」



 高杉サンに言われ、私は久坂サンを追いかけた。



「全く……五代サンも人が悪ぃなぁ。だが、あまり久坂を刺激しねぇでもらえねぇか?」


「フフ……彼は可愛らしいですね。つい、からかいたくなってしまいました。いやぁ……すみませんね」


「アンタが、久坂をからかいてぇだけなら……美奈にちょっかい出すのは止めてもらおうか? あれでも久坂は真剣でねぇ。アイツは面白ぇくらいに真っ直ぐな男なんだよ。それに……俺ぁ、面倒事に巻き込まれるのは御免なんでな」


「それは、できませんよ。彼女を真剣に手に入れたいと願っているのは、私も同じなのですから」


 にこやかに言い切る五代サンに、高杉サンは苦笑いを浮かべた。


「喰えねぇ男だな……」


「それは褒め言葉として受け取っておきましょう。さて……と、私にも支度がありますからね。そろそろ失礼しますよ? それではまた……明後日」


「あぁ……」


 高杉サンは複雑そうな表情を浮かべ、五代サンを見送った。








「待って! ねぇ……待ってってば!」


 私は必死に久坂サンを追いかける。


 私の声は届いているはずなのに、久坂サンは立ち止まるどころか振り返りもしない。


「もうっ! どうして無視するの? ねぇ……久坂サンってば!」


 それでも声をかけながら、その背中を追い続ける。



「あっ!!」



 久坂サンの背中ばかりを見て早歩きをしていた為、私は何かにつまずき体勢を崩してしまった。



「美奈!?」



 私の声に反応し、久坂サンが振り返る。


 瞬時に支えようと手を伸ばすが、若干届かず……私は顔から倒れ込む。



「ちょっと! そこは、格好良く手を差しのべて支えるところでしょ!? ……痛っ。血が出ちゃったじゃない」



 私はすぐに立ち上がると、久坂サンに一言文句を言ってやった。


 擦りむけた鼻の頭には、うっすらと血が滲んでいる。


 久坂サンは突然私の手を掴むと、そのまま自室に戻り、手際よく私の鼻の頭を消毒してくれた。



「すまなかったな……」


「どうして謝るのよ?」


「それは……私に我慢が足りないからだ」


 私は、すまなそうに笑う久坂サンの手をとった。


「我慢させていたなら……ごめんなさい。私が不用意に、仲良くしろだなんて言ったからだよね?誰だって、気が合う合わないがあるもんね」


 顔を合わせれば、いがみ合う五代サンと久坂サン。


 そんな様子を見るのが嫌で、私は一方的に久坂サンに言ってしまった。


 五代サンと仲良くしろと…………


 考えてみれば、誰にだって気の合う人と合わない人が居る。


 それなのに、久坂サンの気持ちも考えずに……自分の考えを押し付けてしまったのだ。



「ごめん……ね?」



 私は久坂サンの顔を覗き込んだ。


「お前が謝るな。私の忍耐が足りないのだ」


「忍耐って……お坊さんじゃないんだから」


「だが……」


「ねぇ、嫌な時は嫌だってちゃんと言って! 久坂サン……いつも我慢してるんでしょう? 私には気を遣わないでよ」


 私は手の力を強める。


「…………美奈?」


「私ね……気が強いみたいで、ハッキリと物を言っちゃうから、気付かない内に人を傷つけちゃうみたいなの。それで離れていく人も結構居た……かな? 久坂サンたちには嫌われたくないから……だから、私に嫌なところがあったら、教えてほしいの」


「嫌なところなど無いさ」


 久坂サンは微笑む。


「本当?」


「本当だ。心配せずとも良い。お前が淑やかになったら、気味が悪いからな」


「気味が悪いって……私だって一応、女なんですけど! たまには女らしい時もあるもん……多分」


「それは是非とも見てみたいものだな」


 そう言って笑う久坂サンを見て、私は頬を膨らませた。






 翌々日


 私たちは、千歳丸に乗り込んだ。


 船旅に不安はあったが、久坂サンや高杉サンが居る。


 そう思うと、少しだけ不安も和らいだ。


 これから約2カ月の間、男としての生活が始まる。


 上海……いや、清国で何が待っているのだろう?


 それを考えると胸が高まった。


 4月29日


 私たちを乗せた幕艦、千歳丸は上海へ向け、ついに出航した。



 

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