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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第3章 長崎での日々
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進歩を願う


 翌日


 私と久坂サンは、再び養生所を訪れた。


 ポンペさんに会うためだ。


 私の周りの人々が不測の事態に陥った時、現代の様に医学が発展していれば彼らの命を救う事が出来るかもしれない。


 例えば、労咳で亡くなる高杉サンや、諸説あるが何らかの病で亡くなった桂サン。


 そんな人々も救えるかもしれない。


 私はそんな期待を胸に秘め、養生所までの道のりを歩いた。







 養生所に着くと、イネさんが笑顔で出迎えてくれた。


 昨日同様、ポンペさんの部屋へと案内される。


 部屋に入ると、見知らぬ男性が一人居りポンペさんと談笑していた。


「よく来たね! 疲れただろう? さあ、座りなさい」


 ポンペさんは笑顔で、そう言った。


「ですが……ご来客中、ですよね?」


「あぁ! 彼なら気にせずとも良い。彼はこの養生所の中にある医学校の者だ。松本良順という」


「ま……松本良順!? あの新選組の医者の!」


 やっと出会えた感激のあまり、自然と口をついて出た。


「ん? お嬢さんは何故私を知っているのかね? しん……せんぐみ? 私は確かに医者ではあるが、その様な物は聞き覚えが無いのだが……」


 良順サンは首をかしげた。

 

「そういえば……美奈は前にもそのような事を言っていたな。あれは確か、私と初めて会った日だ。その新選組というのは何なんだ?」


 久坂サンは私に尋ねた。


 私の素性をポンペさんに話すなら、新選組について少し話しても良いだろうと思った。


「新選組はね、京の街を警護する組織で……みんなすっごく格好良いの! とはいえ……新選組が現れるのは文久3年、つまり今から約1年後なんだけどね。もうねぇ……副長の土方サンとか本当に素敵なの! あ、でも。久坂サンと一緒に居る私は、新選組にとっては敵になっっちゃうね」


「それほどまでに格好が良いのか? 正直、複雑だな。だが……それらが私達の敵とは一体」


「それについては、時期が来ればいずれ話すから! 今はそんな事よりもポンペさんとの話が先!」


 久坂サンはまだ何か言いたそうな表情を浮かべていたが、私は無理矢理話を終わらせた。


「お嬢さん……1年後、というのはどういう事ですか? 何故貴女は先の事を、あたかも見てきたように話すのです?」


 良順サンは訝しげな表情を浮かべる。


「それが、今日ポンペさんに伝えたいことです」


「私に伝えたい事……そうか、私を信用して話す気になってくれたのだね? それは、嬉しいよ」


 ポンペさんは満面の笑みになる。



「その前に、一つだけ約束してください。この話は決して他言しないと……」



「わかった。約束しよう。良順も……良いね?」



「……心得ました」



 二人の言葉を聞いた私は話し始める。


「例えば……ですが。今死病と恐れられている病の原因や、その薬剤の作り方が分かったとしたら……お二人は研究者を用いるなどして、その研究を進めることが出来ますか?」


「それは、一体どんな病の事かね?」


「労咳に瘡毒、それから痢病に流感、麻疹に江戸患い……とにかく色々です」


 私はいくつかの病の名前を挙げる。



 労咳は言わずと知れた結核の事、瘡毒とは梅毒で痢病とは赤痢の事。


 流感とはインフルエンザ、麻疹がはしかで江戸患いというのは脚気の事だ。



「そんなもの……分かっていたら、とうに研究は進められていますよ」


 良順サンは笑いながら言った。


「私は、その病の原因や有効な薬剤を作るもとになる物質が分かる……と言ったら、利害は抜きに民の為に研究をして頂けますか?」


「それは勿論だよ! 私は医者だ。医者というのは患者を治すことに尽力するものだ。それが出来ないのなら、医者になる資格はない」


 ポンペさんは真剣な表情で、ハッキリと言った。


 ポンペさんの残した後世に伝わるあの言葉から考えても、偽りでは無いだろう。


「分かりました……それでは必ずお約束下さい。その薬剤から利害を求めないという事を」


「わかっているさ」


 私はポンペさんに笑顔を向けると、机の上に教科書や実習セットを並べた。





「まず、どんな病にも原因となる物があります。労咳や瘡毒や痢病ならば細菌、流感や麻疹であればウイルス……といった具合です。江戸患いなどはビタミン不足、つまり体に必要な栄養素が足りないことによる病です」


 私は教科書を広げ、説明する。


「細菌は光学顕微鏡で見られるものなので、この時代の顕微鏡で見たことがあるのではないでしょうか? しかし、ウイルスは電子顕微鏡という更に高度なものでないと姿を確認できないので、そちらを開発することが先決ですね」


 ポンペさんと良順サンは顔を見合わせている。


「お嬢さんは、このような物を一体何処で手に入れたのですか? そしてその知識……実に不可解です」


 良順サンは首をかしげた。



「未来……ですよ」



 その言葉に、二人は突然笑いだす。



「そんな、お伽噺のようなこと……あり得ませんよ!」


 先に口を開いたのは、良順サンだった。


「今は信じて頂かなくても結構です。今は……ね? とにかく! この本を読んで頂いてその通りに研究を重ね、実際に薬効が出た際に信用して頂ければ結構です」


「それなら……まぁ、納得は出来るが。だがしかし、そんな物が本当に効果があるのだろうね? 研究には年月を要するものだ。いざ作ってみて、何の効果も無ければ……その年月は全て無駄になってしまう」


「大丈夫です! 日本だけでなく、諸外国の医者や研究者達が一心に研究すればきっと……もっと先の未来に完成するはずだった薬剤すらも、作る事が出来ますよ!」



 私は、笑顔で言い切った。



「ナイチンゲールを知っているから、不思議な娘だなとは思っていたが……そうか。そういう事だったのか」


「ポンペ先生……ナイチンゲールとは一体?」


「クリミアの天使だよ」


「天……使?」


「英国の看護婦の事さ。医学や看護学を学び、看護婦として戦争に従軍した。彼女は衛生環境の改善に努めることで、負傷者や病人の致死率を大幅に下げたのさ。こうなると、看護人とて馬鹿には出来ないだろう?」


 ポンペさんは得意げに言った。


「それにしても……お嬢さんは、何故そのような情報を我々に教えるのですか?」


「それは……私が一人で知っていても、人々を救う事は出来ないからですよ。薬剤の原料が分かっていたところで、抽出もできなければ薬にすることもできません。しかし、この情報を研究者や医者に伝えれば、もしかしたら……それすらも可能になるかもしれないでしょう? 私はその可能性に賭けたいんです」


「そうか……」


「それがきっと……長州の皆を救う事にも繋がりますから!」



 私の言葉の直後、ポンペさんは立ち上がり拍手をした。



「素晴らしいね! 利害を求めないその姿勢……実に高潔だ。貴女は、良い医者になる事は間違いない!」


「お言葉ですが……ポンペさん。私は医者にはなりませんよ」



 私は真剣な表情で、ポンペさんに告げた。



「何!? 医者にならないとはどういう事だ? お前は、長州の藩医になる為に医術を学んでいるのではなかったのか? ならば、何になると言うのだ!」


 久坂サンには、まだ言っていなかったが……私は一晩考えて、既に一つの結論を出していた。


「はじめはね……私も医者になろうと思ったよ。でもね、やっぱり私がなりたいのは医者じゃない! 看護師なの!」


「看護人……だと?」


 納得のいかない様子の久坂サンに、私は話し続けた。


「この国にはたくさんの医者がいる。でも、私の時代の様に看護や医学的な知識を持った看護師は一人も居ない。この国に不足しているものは、やっぱり看護師よ! それに私はもともと、看護師になる為に医学を学んでいたんだもの」


 私は久坂サンに向き直る。


「それに、看護師は医者の診療の補助を行うでしょ。私、萩で久坂サンのお手伝いがしたいの。久坂サンがお医者サンで、私が看護師。ね? そういうのも素敵でしょう?」


「そう……か。お前は、やっとその気になってくれたのか。私は本当に嬉しいよ……美奈が、め」


「妾にはならないからね! そういう意味じゃないから! 勝手に勘違いしないでよね?」


 久坂サンが言う前に、私はキッパリと言い放った。


 ガックリと肩を落とす久坂サンは放っておいて……


 私はポンペさんに話しかける。


「という訳で……私は医者でなく、看護師になりたいんです。折角そう言って頂いたのに……すみません」


「謝る必要は無いさ。そうか……医学を学んだ看護人、いや看護師か。面白いね! 医師だけでなく看護師を育てる……というのも良いのかもしれないね」


「私の時代には、看護師を育てる学校があります。もし宜しければ……そちらもご検討下さい」


「そうだね、考えてみよう」


 そう言うと、ポンペさんは微笑んだ。



 その後は、実習セットに入っている道具数々の、その使い方を二人に教えた。


 実習セットや教科書は、書き写したいと言っていたので、二人を信用してそのまま貸す事にした。



「明日、必ず長州屋敷に届けさせるからね。それにしても……こんなに大切な物を貸して貰えるとは、本当にありがたい。研究の成果が出次第、君には真っ先に報告する事を約束しよう! 当然、薬剤に関してもだ。良順も……良いね?」


「もちろん心得ております。そろそろ暗くなってくる頃でしょう。どうかお気を付けてお帰り下さいね?」



 二人に見送られる中、私たちは養生所を後にした。



  

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